ハロウィン、またはハロウィーン。 年に一度、目に見えない「門」が開き、死者の魂達があの世より戻ってくるという。 その者達に対して行うことは、国や時代によって異なるが。 この国では概ね怪物の仮装をして街を歩き回り、民家を訪ねて「悪戯されるかお菓子を寄越すか選べ(トリック・オア・トリート)」と言ってお菓子を集めて回る… というものをベースに、ただコスプレして街を練り歩くだけ、が一般的だろうか。 さて、ここで一つ問題だ。 ─綴へ、お姉ちゃんハロウィンくらいにそっちへ帰ります。 ハロウィンに煉獄の底より生者が帰ってきたとしたら、何をするべきだと思う? ─ 「んーと、こんなものかな」 部屋の姿見で服を整えなつつ、片手間でスマートフォンをスライドする。 目的はメッセージアプリだ、指先で軽くアイコンを叩くと、すぐさま最後に開いていたメッセージの画面へと遷移した。 ─綴がどんな仮装をしてるか、お姉ちゃん見たい。 私、七津綴(つづり)には姉が居る。 満面の笑みをしたリリスモンと、カメラのスタンプが添えられたメッセージは、その姉からのものだ。 姉は私達家族が住んでいるお台場近辺のマンションとは一人離れた場所に暮らしており、こうして定期的にメッセージを送っては此方に帰って来る。 理由はだいたい季節ごとのイベントか家族の誰かの誕生日で、今回は前者にあたる。 折角のハロウィンなので二人で仮装して出かけよう、という趣旨だ。 「……」 私は手早く指先をスワイプして、気の早まった姉への返答を送る。 ─ダメです、帰ってきてからのお楽しみ。 送ってから数秒も経たず、頬を膨らませたリリスモンのスタンプが姉から返って来た。 私はそれには返さずスマートフォンをポケットに仕舞い込む、姉との約束の時間には今出るのが頃合いだ。 「ロップモン、そろそろ行こっか」 「うむ」 私はベッドの上でだらけるパートナーデジモン…ウサギのような長い耳と3本の角を持つ成長期のデジモン、ロップモンへと声をかける。 ロップモンはのそっとした動きで体を起こすと、その場でぴょん、と勢いよく飛び跳ねた。 着地点は私の頭部だ、長い耳を器用に使って私の頭を掴むと、くるりと回転して「定位置」に収まる。 最近のお気に入りのポジション、私の後頭部だ。 これで出かける準備は出来た、あとは…。 私はベッドの上で壁に寄りかかっているもう一体のデジモンの名を呼ぶ。 「ベルフェモンはどうする?」 その名はベルフェモン。 マスコットのような外見も相まってロップモンと並んでいると両者共にぬいぐるみしか見えないが、その実態は『七大魔王』と呼ばれる凶悪な究極体デジモンなのだと言う。 「……」 『スリープモード』の名の通り、座り込んで目を瞑っている姿はとても私の言葉を聞いているようには見えない。 だがベルフェモンは音も立てずにふわり、と浮かび上がると私のすぐ後ろの位置をキープする、どうやら付いてくるようだ。 「ん、じゃあ行こっか、二人共」 3人で私の部屋を後にする、今この家に居るのは私達だけだ、両親は今日も二人とも仕事で遅い。 お姉ちゃんと楽しんでおいで、とだけメッセージが残されていた。 「行ってきます」 防犯のため点けっぱなしにしたリビング以外、明かりの消えた虚空に向けて言葉を投げる。 …このまま家を出る前に一つだけ、気がかりな事がある。 「隠者」「死神」「月」 今日の占いの結果だ、意味はそれぞれ探索、思慮深さを示す隠者、死からの再生、やり直しを示す逆位置の死神。 そして不安定、幻惑を示す月の三枚だ。 タロット占いは、単純なようで難しい、出たカードに与えられた意味が先を啓示することもあれば、カードの絵柄そのものに意味があることもある。 めくられたカード達から何を読み取り、情報をどう組み立てるのか。 結局は受け取り側の力が物を言う。 が、何にせよこれが『起こる』ことだけは確実だ。 「ツヅリ?」 「おっと、ごめんごめん」 考え込んでいたらいつの間にか足まで止めていた。 私は思考を切り上げ、今度こそ家の玄関を跨ぐ。 そうして仮装した私、後頭部に貼り付いたロップモン、そしてふわふわと浮かぶベルフェモン。 いかにもハロウィンらしい獣の群れが、街へと繰り出した。 ─ モノレールの線路沿いの道が仮装した人々とデジモン達で溢れかえっている、目的地は皆同じで、ハロウィンイベントを開催している各種ランドマークだろう。 当然私達もだ、姉との待ち合わせは駅前の商業施設に建てられた、メタルグレイモンの等身大立像前にしてある。 「ベルフェモン?ちゃんとついて来てる?」 時折後ろを振り返ってベルフェモンの存在を確認する、頭にへばりついているロップモンはまだしも、この人混みでは浮いてるだけのベルフェモンははぐれかねない。 「……」 ベルフェモンは付かず離れず、一定の距離を保ってそこに居続けている。 周りではしゃぎ回るバケモンやソウルモンらと同じく、今日の日にピッタリの『悪霊』らしい雰囲気だ。 「…大丈夫そうだね」 やがて待ち合わせの場所へとたどり着き、手持ち無沙汰にスマートフォンを弄っていると。 「綴!」 そう待たずして、待ち合わせの相手から声が掛かった。 人混みの中を小さい身体を駆使してすり抜け、私のもとへと駆け寄ってくる小さな姿。 「お姉ちゃん」 名は『七津真』、一見すると子供にしか見えないが、これでも立派な私の姉だ。 「おかえり、お姉ちゃん」 姉は軽く息を整えると、私達3人を一瞥して。 「ふぅ…久しぶりだね、綴、ロップモン」 ロップモンは私の後頭部から身を乗り出して返す。 「うむ、マコトも息災のようでなにより」 軽く挨拶を交わすと、次に姉は身体を軽く傾け私の後ろに居るベルフェモンの方を見る。 「ベルフェモンも」 「……」 もちろん、返事はない。 「相変わらずだね、こうして飛び回ってるということは、起きてるんだと思うけれど」 そう言ってベルフェモンの指先で頬を突くと、続ける。 「でも昔よりずっと元気そう、あの頃は今みたいに動き回りすらしなかったから」 ベルフェモン、この子は私のパートナーデジモンではない。 私のパートナーはあくまでもロップモンで、本来ベルフェモンは5年前に姉が『こちらの世界』に残して行った、姉の仲間だ。 現在、姉は家族の元を離れて遠方で暮らしている、その場所は国内でも海外でもない。 世界すら隔てた場所、デジタルワールドだ。 それも過去の戦いの記録で舞台とされたり、時折不運にも誰かが迷い込むような、言うなれば表側のデジタルワールドではなく。 死んだデジモンが行き着くとされるあの世、ダークエリアすら超えた最下層『コキュートス』 そう言った伝説として語られるような場所が、今の姉の住処だ。 何故そのような場所に行き着いたのか、5年前に突然姿を消した理由だとか。 そういった詳しいこと全て。 ─私達のやっていることは、誰も気にする必要のない事。 ─生きていく上で知る必要のない世界の裏側、システムの話だから。 と言って誤魔化して教えてくれない。 どうやら姉は自身のパートナーデジモンの力によって、想像よりも気軽にこちらの世界に帰ってこられれるらしく。 コキュートスという異世界の果てに居るにも関わらず、実感としては隣の県の住んでいる、くらいの距離感だ。 「さて、と」 一通り再開の挨拶を終えた姉が、私に向き直って両腕を大きく横に広げる。 「ん〜」 ハグを求める動きだ、家族の再会とすると自然だが、私と姉の体格差でこれをやると抱っこをねだる子供にしか見えない。 「はいはい」 求められるままに姉を抱き寄せ、そのまま持ち上げる。 「ぎゅ〜…」 適当な擬音も添えると、姉の顔がにへら、と崩れていく。 「ふへへ〜綴大好き〜」 「相も変わらず、お前の姉はツヅリが絡むとダメダメだな」 ロップモンの言う通り、昔からやたらと姉は私に甘えたがる。 こうしてハグしたり、膝枕を要求してきたり、大体のスキンシップはやったと思う。 これではどっちが姉なのかわからない、と言っても今のようにふやけた顔をするだけだ。 ……まぁ、『そうなるように』私が振る舞い続けたのだから、想定通りなのだが。 そうやってしばらく姉を抱きしめてから。 「満足した?」 脇の下あたりを掴んで姉を引き剥がす、適当なところで切り上げないと一日中こうしているだろう。 「うん、不足していた綴成分を補給できた」 時々両親すら口走るその謎の成分は一体何なのか。 「じゃあ、そろそろ行こっか」 「おっと、その前に」 姉は常用している白衣のポケットからスマートフォンを取り出し、私に向ける。 「綴ちゃんレイジモードを写真に残しておかないと」 言葉と同時にスマートフォンからシャッター音が小さく響く、直後にメッセージの送信音が聞こえるのを見るに、誰かに今の写真を送ったらしい。 そしてレイジモード、というのは私の仮装のことだ。 後ろで浮かんでいるベルフェモンには眠りを覚ました真の姿があり、衣装はその時の姿をイメージして作られている。 「お父さんとお母さん?」 「そうだよ、可愛いので新鮮なうちに送らないといけないから」 写真の送信先は両親だ、理屈はよくわからないが。 私も同じくスマートフォンを取り出し、姉の仮装姿を撮る事にする。 実はこちらも両親から姉の写真を送るように言われているのだ。 「お姉ちゃんのは…フランケンシュタインの怪物?」 姉の仮装のモチーフは、多分フランケンシュタイン博士が死体を繋ぎ合わせて作った『怪物』だろう。 ツインテール部分の髪留めには頭部を貫通して見えるボルトの意匠、顔には縫合跡のステッカー、そしてハロウィンとは無関係に常用している白衣には、真っ赤な塗料が返り血のとしてぶちまけられている。 「そうそう、…似合う?」 姉はその場でゆっくりと一回転し、衣装をじっくりと見せてくる、が。 フランケンシュタインの怪物とするには流石に背丈が小さすぎると思うし、何より。 「うーん、お姉ちゃんはどちらかと言うと怪物を作った博士側じゃない?」 「…別に科学者とかではないんだけどね、私」 と苦笑して見せた。 ─ その後、先に早めの夕食を取ってから本格的に見て回ろう、という流れになった。 「何にしようかな」 周囲は商業施設に囲まれていて、メニューは選び放題だ。 予算もまぁ、持ってきたお小遣いで足りるだろう、と考えていると。 「今日はお姉ちゃんの奢りです、好きなものを食べていいよ」 と、隣で手を繋ぐ姉が、小さな身体で胸を張って言う。 「本当?お姉ちゃんありがとう!」 こういう場面で年少者の役割とは、どれだけ年長者の財布の紐を緩めるかにある。 なので感謝の表現は少しオーバー気味に、合わせて繋いだ手を上に軽く振るなどするとなお良いだろう。 これで予算の問題は消滅した、お言葉に甘えて好きなものを選ぶとしよう。 「駄姉…」 後頭部でロップモンがぼそっと呟くが、姉は聞いていないようだ。 ─ 施設内にある適当なテーブル席に4人で座り込み、今買ってきたものを開封する。 ロップモンとの厳重な協議の結果、今晩のメニューはハンバーガーに決定した。 ハロウィン限定セットメニューと称されたそれを3人分テイクアウトだ、折角なのでいつものファストフードチェーンではなくちょっと高い店を選んだ。 ベルフェモンは食べるかどうかわからないので今は見送り。 「では」 「いただきます」 3人で一斉にハンバーガーに齧り付く、姉とロップモンのは通常版、私はパティ増量とベーコンとチーズが入った一番豪華なバージョンだ。 さて、肝心の味だが 「美味しい、けど」 ベーコンもファストフード店のようなペラペラではないし、パティだって厚みがしっかりとあり肉汁も出てくる。 ハロウィンをイメージしたメープルソースを使用したと言うだけあって、甘みと塩気のシナジーが発揮されて美味しい。 だが 「これハロウィン…かな?」 姉の言う通り、これって全部常設メニューで使われてる物じゃないだろうか。 ハロウィン要素としているメープルソースだって、モーニングメニューのパンケーキとかに使用されていたはずだ。 「なに慌てるでない、まだセットのパンプキンポタージュがある」 そう言うとロップモンはテイクアウト容器に入ったスープをすすりだす。 「む、二人共、こっちのスープも美味いぞ」 「へぇ…」 ロップモンに続き、姉と二人でテイクアウト容器を傾ける。 「ん、甘くて美味しい」 糖度の高い北海道の特産品を使用したと称するだけあって、甘みが強い。 だが甘さの奥にかすかなスパイス感があって、それがアクセントとして引き締まっている。 上に乗せられた砕いたナッツも食感が良い。 この時期にしか出回らないかぼちゃを使用しているらしいし、こっちの方がよっぽどハロウィン限定メニューじゃないんだろうか。 その後は3人で他愛ない会話をしながら、食事の時間は過ぎていった。 そして 「ポタージュが一番アタリだった、かな」 そんな風に姉が総評して、早めの夕食は終わりを告げた。 ─ 「あれ?」 夕食を終えて、施設内と適当にウィンドウショッピングしていると、ふとあることに気がついた。 「どうしたの、綴」 ガス式ランタンのデザインが施された施設の電灯の、その内一つがおかしい。 「あのランタン、一つだけ青色だ」 他全てが夕刻をイメージしたオレンジ色に点灯している中、一個だけ青色に輝いている。 色が違うどころか、他がただのLEDなのに対して本当に炎が揺れているようだ。 中にプチメラモンが入ってイタズラしているのか、と一瞬思ったが、炎の色がそれを否定する。 「お宝探しか、なにかそういうイベントでも催しているのか?」 「……うーん、そういう情報は施設のサイトにはないね」 スマートフォンでざっと調べてみるが、特に情報は載っていなかった。 「…成る程ね」 と、姉がなにか納得した様子を見せる。 「お姉ちゃん?」 「こういう不可解な事象の大半は、デジモンの仕業だよ」 姉の言葉からは強い確信が見て取れる、長年デジタルワールドで過ごしてきた経験則という奴だろう。 「というわけで早速行ってみよう」 目を輝かせながら飛び出そうとする姉を 「待って」 「ぐえっ」 首元を掴んで引き止める、相変わらず好奇心だけで行動する姉だ。 私は姉を引き止めながら、今日の占いの結果をもう一度思い返す。 「…隠者」 死者の再生や幻惑、幻覚を意味する死神と月から、ハロウィンという今日そのものを示していると思っていたが、隠者だけは不明だった。 カードの絵柄そのものが意味だとしたら、描かれた隠者の持つランタンがそれなのだろう。 だが、ここから先はどうなる?ただ眼の前の不可思議な現象を予測しただけだった? そうやって先の対応を考えていると、突如として青色のランタン内部で揺らめく炎に『目』と『口』が現れる。 「カンの良いガキだ、もう少しで引きずり込めたのに」 「っ」 『ウィル・オー・ウィスプ』 どうやら姉の言う通り、正体はデジモンらしい。 謎のデジモンが身体と思われる炎を大きく揺らめかせると、周囲にどこからともなく複数のデジモンが出現する。 「面倒だ、こうなりゃ力付くで連れていく」 カブテリモン、マリンエンジェモン、パタモン…全く関連性の見えないデジモン達には、ある共通点があった。 「半透明…?」 全員向こう側が透けて見えるほど身体が半透明で、足元が不確かに揺らぐ。 その姿を一言で言うなら『幽霊』だ。 「行け」 不明デジモンの号令で一斉に飛びかかってくるデジモン達。 もちろん、こちらも黙って見ていたわけではない。 「ロップモン!」 『ブレイジングアイス!』 出現と同時に臨戦態勢を取っていたロップモンが、私の後頭部から飛び出して必殺の冷凍弾を。 『ベレンヘーナ』 虚空から銃剣を取り出した姉が散弾を放つ。 撃ち出された冷凍弾と散弾は、それぞれパタモンとマリンエンジェモンにヒット、的が大きいカブテリモンには流れ弾を当てる形になった。 が。 「効いて無い」 姉の言葉通り、確実に当たっているにも関わらず、3体ともに身じろぎ一つせず真っ直ぐ突っ込んでくる。 「『プチツイス…』ぎゃっ!」 「ロップモン!?」 接近してくるパタモンに対して、回転による吹き飛ばしを選択したロップモンから悲鳴が上がる。 「離せ!痴れ者がっ!」 そちらを向くと、そこには半透明のクラモン複数体に組み付かれ身動きの取れなくなったロップモンが居た。 「伏兵っ!?」 月のカードが持つもう一つの意味『隠れた敵』、示してたのはこのことか! 「ぐっ…綴!ロップモン!」 姉の方も突っ込んできたカブテリモンに応戦するが、4本腕を巧みに振り回すのに対して剣一本では全く足りず押されている。 「ベルフェモン!」 姉がベルフェモンの名を叫ぶが、肝心の姿がどこにも見当たらない。 「あの寝坊助ならもう、あっち側だ」 そう言った謎のデジモンの後ろ側には、空間が歪むように穴を開けていて。 穴の向こうの景色に、地面に転がるベルフェモンが映し出されていた。 「あれは…ゲート!?向こう側は何処に!?」 どうやら姉はあの穴が何なのか把握しているようだが、詳しく聞いている余裕はない。 「『お祭』さ、オレがもっともっと盛り上げてやるってんだよ」 姉の言葉に対しニタリ、と笑い謎のデジモンは告げる。 「だから」 そうして攻め手を欠いている内に。 「お前たちも楽しいハロウィンパーティーにご招待だ」 『オーシャンラブ』 マリンエンジェモンの必殺技、あらゆる戦意を喪失させる唄によって、私は意識を失った。 ─ 「う…ん…」 周囲から聞こえてくる喧騒で目が覚める。 「……ええと、何があったんだっけ」 身体を起こしつつ記憶を探る、確か姉とハロウィンに遊びに出て、そこで謎のデジモンと遭遇して… 「っ!ロップモン!」 直前の記憶までたどり着くと、私は跳ね起きて辺りを見渡す。 落ち着け私、占いの結果から『なにか』が起こることはすでに知っていた、これは起こるべくして起こった事だ。 なら今すべきことは、状況の確認だ。 薄暗くて狭い道幅、左右の壁面から飛び出す室外機達、道の先から聞こえてくる喧騒。 次にスマートフォンを取り出して時間を確認……意識を無くしてから数分しか経っていないようだ。 何処かの路地裏だろうかと、そう思って地図アプリを開くが、位置情報がエラーを起こして認識しない。 デジヴァイスを取り出すがこちらもほぼ同じだ、ロップモンの現在位置を特定できない。 「皆はどこだろう」 とにかく、今ははぐれたロップモン達と合流しよう。 立ち上がって喧騒の聞こえる方にへと歩き出す、ここが路地裏だとするなら表通りに出られるだろう。 ─ 路地裏から出ると、そこは歴史を感じるアーケード商店街だった。 どこもかしこも仮装した人々で溢れているのを見ると、ここもハロウィンイベント中のようだ。 商店街の入口、アーケード上に取り付けられた看板にはこうある。 「あわせみそ通り商店街」 名前だけでは具体的にここが日本のどこなのかはわからないが、少なくとも姉同様異世界に飛ばされたわけではないらしい。 いや、異世界ではないが異常はあるか。 私は歩いてきた道を振り返り、ぐるりと見渡す。 「菓子類95%OFF」 「発注担当号泣の出血大サービス」 「仮装者限定」 などと、そこら中に登りや看板が立てられている。 「95%OFFって…」 間違いなく異常だ、店一つの閉店セールとかではなく商店街全体なんて。 「おや、そこのベルフェモンガール」 そのまま商店街を見回しながら歩いていると、突然後ろから声をかけられる。 振り返ると、そこには魔女の仮装をした女性と 「さっきからキョロキョロしてるがどうした、連れとはぐれでもしたか?」 背中にコウモリの羽を付けたルガモンの二人組が居た。 「…えーと」 私は反射的に助けを求めようして言い淀む。 連れとはぐれた、というのは事実だがそこに付随した現状をどこまで説明するべきか。 『一瞬にして遠く離れた場所から移動した』というのは、いつだって荒唐無稽の部類に入る、もちろん姉は例外で。 一昔前は頻繁にこちらの世界にデジタルゲートが開き、デジモン達が迷い込んでいたらしいがそれも過去の話だ。 姉が言うには今デジタルワールドから訪れるデジモン達は、そういう偶発的な事故ではなくもっとシステム化されたものなのだ、と。 その辺りを考慮して、当たり障りなさそうな質問から始めることにした。 「ここ、どこですか?」 私の言葉に二人は顔を見合わせる、怪訝そうというよりはどこか納得したような顔でだ。 「ノドカ」 「えぇ、彼女も被害者のようですね」 「『も』?」 どういう意味だろうと、逆にこちらが怪訝な顔になってしまう。 私の疑問符に頷き、女性は続けた。 「只今この商店街ではちょっとした事件が発生してまして、ベルフェモンガール同様に異なる場所からデジモンや人間が迷い込んでいるんです」 「!」 「その犯人はランタモンというデジモンです、ベルフェモンガールがここに飛ばされる前、青い炎が灯ったランタンを見ませんでしたか?」 青い炎のランタン、異なる場所への転移。 正しく私が置かれている現状だ、まさか事件として認知される規模だなんて。 「見ました、やっぱりアレ、デジモンなんですね」 「ええ、ええ、この異常な大安売りも半透明のデジモンも何もかも、全部アレの仕業です」 「お陰で俺たちはずっと、商店街中を対処して回る羽目になった訳だ」 二人は苦虫を噛み潰したような顔で答える、そういえば今ルガモンが気になることを言った気がする。 「対処…って言うと」 「はい、ちょうど今あそこに半透明の、まさに幽霊って感じのレオモンが居ますね?」 「アレ、レオモンなんですね」 パンジャモンかと思った。 「まずお菓子を取り出します」 そう言うと女性は、ハロウィン用のラッピングが施された包からチョコレートを取り出す。 「次にこれを」 女性はその場で足を半歩出し、右手を後ろへと動かす、投擲の姿勢だ。 「口に放り込みます」 ほんの一瞬だけ、どこか無表情めいていた女性の目付きが鋭く変わる。 『狩る者』の目だ。 「シッ」 短く吐いた息と同時に、凄まじい勢いでチョコレートが右手から打ち出される。 それはまっすぐに幽霊のようなレオモンの口目掛けて飛んでいき。 「もがっ!?」 半開きの口内へと見事にヒットする。 口に放り込まれたそれを嚥下した瞬間、レオモンの身体が末端の方から0と1に分解されて解けるように消えていく。 「ぎゃあぁぁぁぁぁ!?」 そしてレオモンが自身の身体の異変に気がついたのと同時に、大きな悲鳴を上げて完全に姿が消失した。 「と、この様に商店街のセールで買ったお菓子を食べさせると成ぶ……送り返せます」 「原理は一切不明…だったんだが、ランタモンの仕業と考えると全て説明が付いた」 「とどのつまり、これら全部『イタズラ』なんです、ランタモンの」 一通りの説明を聞いた私は、一旦頭の中で情報を整理することにする。 私達が見た青いランタンの正体はデジモンで、今私がこの商店街に居るのはランタモンの仕業。 ランタモンの目的はイタズラであり、つまりは現状を引き起こすこと自体が目的である。 仕掛けられたイタズラ…Trickに対してお菓子をTreatしてやれば、呼び出された存在は元の場所へと帰れる…。 あれ?だったら 「えーと、なら私はここのお菓子を食べれば元の場所に帰れるんですか?」 私の疑問に、二人は揃って首を横に振った。 「そう言いたいんだがな」 「ランタモンに呼び出された存在は基本、先程のレオモンのように半透明なんです、死者であれ生者であれ」 「けど、お前ははっきりと実体を持ってる」 「どうやらベルフェモンガールは少し事情が異なるようです、簡単にはいかないかと」 女性の言う通り、そう一筋縄では行かないようだ。 なら、当初の予定通りロップモン達との合流を優先しよう。 「そうですか…じゃあまずははぐれた連れと合流しようと思います、この辺でロップモンとベルフェモン、あとは私に似た小さい子を見ませんでした?」 「ベルフェモン…ベルフェモン!?あの七大魔王のか?」 私の言葉を聞いたルガモンに二度見される、そんなに驚くようなこと言っただろうか。 「どのベルフェモンかは知りませんが、それらしきキュートなゴートならあちらに」 「え?」 女性の指差す方を見ると、そこには自販機とリサイクルボックスの丁度いいスキマにすっぽりと収まるベルフェモンが居た。 「ベルフェモン!」 「あ、待ってください」 思わず駆け寄ろうとしたところを女性に呼び止められる。 「他のお連れ様ですが、今迷子センターに迷い込んできた人達が集まっています、もしかしたらそちらに居るかも知れません」 女性は商店街の反対側の入口を指差す、自治会の雑居ビルを臨時で迷子センターにしているそうだ。 「それとこちらも」 そう言うと女性は、抱えていた袋のうち一つを私に投げ渡してくる。 「これは?」 開けてみると、中身はお菓子の詰め合わせだった。 「ランタモンに呼び出された幽霊を見かけたらお菓子を口にねじ込んでください、今はとにかく人手が必要なんです」 どうやら私にランタモンのイタズラへの対処を手伝って欲しいらしい。 「ベルフェモンガールが元の場所へ帰るためには、今のところ事態の終息が最も可能性が高いです」 私はそれに頷き、答える。 「わかりました…あの!色々ありがとうございます!」 私は二人に別れを告げ、今度こそベルフェモンの元へ向かった。 「……あ」 「どうした?」 「ベルフェモンガールの名前、聞きそびれました」 ─ 「きろ…起きろ!」 「うぅ…ん」 目が覚めて初めに感じたのは、誰かの声と頬をぺちぺち、と叩かれる感覚だ。 「起きろ!マコト!」 「っ!」 それがロップモンの声であることに気がついた私は、即座に飛び起きる。 「ようやく目を覚ましたか」 「ロップモン?……えぇと」 自分は今までどうしてたんだっけ?と私は直前の記憶を探り出す、綴との楽しいデート、そして夕食を終えた直後に出会った青色のランタン… 「っ!綴ッ!」 そこまでたどり着いた私は、そのまま飛び出そうとして。 「落ち着け阿呆、『ブレイジングアイス!』」 「うわっ!ぷ!」 ロップモンが放つ冷気を顔に浴びせかけられ、一瞬呼吸ができなくなる。 「頭は冷えたか?まずは現状の確認から始めるぞ?」 「……うん、ごめんロップモン」 その行動が私を落ち着かせるためのものだと理解した私は、顔を拭ってゆっくりと立ち上がる。 それと同時、ロップモンが説明を始めた。 「お前が気を失ってる間に『すまーとふぉん』で現在位置を確認した、結果は現在地不明だ、位置情報を取得できないとかなんとか」 「じゃあ、見守りアプリで綴の居場所もトラッキング出来ない、か」 私はスマートフォンを取り出してアプリの画面を開くが、予想通りエラーを起こしている。 なんならネットワークの接続状態を示すアイコンたちすらおかしい。 「周辺を軽く見て回ったが、ここはどこかの商店街のようだ、ハロウィンイベント真っ最中のな」 通りの向こうから聞こえてくる人々の喧騒は、それが理由か。 「なにか地名の入ったものは見つかった?看板とか、お店の名前とか」 ロップモンは頷く 「うむ、ここは『あわせみそ通り商店街』だそうだ、聞き覚えはあるか?」 「…ないね」 スマートフォンから検索を試みるが、インターネットブラウザを立ち上げた瞬間、あの青いランタンの笑い声とともにブラウザが強制終了する。 これはネットワークの状態を示すアイコンから想定の内だ、次の手を考えよう。 「そうだ、デジヴァイス」 私のデジヴァイスに搭載された『門』の力を使えば、お台場へのゲートを作り出せるはずだ。 そう思ってデジヴァイスを取り出すが。 「駄目か…」 デジヴァイスのスリープを解除すると、そこにはスマートフォン同様に青いランタンが笑い転げていた。 どうやら簡単には解決させてくれないらしい。 「それで、これからどうするのだ」 ロップモンの言葉で、私は目を閉じて考えをまとめ始める。 「……うん」 見知らぬ土地で闇雲に動き回っても仕方がない。 ロップモンの話によると、ここはハロウィンイベント中の商店街らしい。 ならば。 「多分、どこかに迷子の案内をしてる場所がある…と思う、ハロウィンなら小さい子供達も来るだろうし」 周辺を視線を高めにぐるり、と一周見渡すと、目当てのものが見つかる。 「あった、アナウンス用のスピーカーがあちこちの電柱にあるね、これを使って呼びかけてもらうのが一番早いと思うよ」 それに飛ばされる直前に聞いた、デジモンと思われるあの青いランタンの言葉だ。 ─『お祭』さ、オレがもっともっと盛り上げてやるってんだよ。 ─だから、お前たちも楽しいハロウィンパーティーにご招待だ。 真意は不明だが、アレの目的がこの場所へ転移させること自体にあるとするなら、私達と綴をあまりにも離れた場所に転移させるとは思えない。 何より、全く異なる場所のハロウィンイベントへランダム転送…なんてことは流石に考えたくない。 この商店街の別な場所に居る、と仮定して動くとしよう。 「そうか、ならば早速出発するとしよう」 ロップモンはそう言うと、私に向かって両腕を突き出してくる。 「ほれ」 「…?」 意味を測りかねていると、ロップモンは両腕をぱたぱたと上下に振りだした。 「何を呆けておる、早くわれを抱きかかえろ、まさかわれにこの足で歩けと言うのか」 「えぇ…」 どうやら綴と同じように自分を抱えて移動しろと言っているらしい、 「嫌だよ、重いし」 ぬいぐるみのような見た目をしているだけで、ロップモンは成長期デジモン分の体重をしっかりと持っている。 抱えたままずっと移動するなんて事は勘弁してほしい。 「下らん事を言うな、お前は普段から重たそうな剣を自由に振り回しているではないか」 「あれは8割位オグドモンの力だよ」 私自身にあんな大剣を扱う体力はない。 「何でも良いが、われはこの場を動く気はないぞ」 そう言うと、ロップモンむすっとした顔で腕を突き出したまま固まってしまった。 「…成る程」 5年前に比べ遥かに元気に動き回る様になったベルフェモン。 その力の源である『怠惰』はどこから来ているのか、と前々から思っていたが、やはりロップモンで間違いないようだ。 「はぁ…今日だけだよ?」 その功績に免じて、私はロップモンを両腕で抱きかかえて移動することにする。 「うむ、わかれば良い」 この状況で両手が塞がることは避けたかったのに。 「よっ、と」 ロップモンを抱えると両腕にずしり、とした重みを感じる。 これをずっと頭の後ろに貼り付けていた綴の体力はどうなっているのか。 「よし、行こう」 私は喧騒の聞こえる方へと足を向け、歩き出す。 そこで私はふと、ある疑問を抱いた。 「あれ?」 「どうした、マコト」 先程ロップモンは私が意識を取り戻す前に地図アプリを開いたと言っていたが。 「そういえば、スマートフォンのロックはどうやって解除したの?」 私が聞くと、ロップモンは呆れた顔で答える。 「はぁ……お前、暗証番号をツヅリの誕生日にするのは止めるべきだぞ」 「ぐっ…」 何も言い返せなかった。 ─ 「ベルフェモン!」 自販機横で鎮座していたベルフェモンを持ち上げて回収する、とりあえず一人合流できた。 「ベルフェモン、お姉ちゃん達知らない?」 ベルフェモンは答えない。 これは寝ているからではない、そうとしか見えなくても普段は体を動かして反応を示してくれる。 無反応なのは、知らないという意思表示だ。 「…そっか」 ベルフェモンを抱きしめながら、今後の方針を考えることにする。 まずスマートフォンだが、もう一度よく見たところ地図アプリどころか携帯電話としての機能すら異常を起こしている。 アンテナのマークがあるべきところが、イタズラっぽく笑うランタモンに置き換えられているのだ、もちろんどこにも繋がらない。 現在地は不明、連絡は取れない、パートナーデジモンとはぐれた状態。 この状況、はたして姉ならどうするだろうか。 「……よし」 考えをまとめた私は、抱きしめていたベルフェモンを小脇に抱えなおす。 そして、もう片方の手にはお菓子をの袋を握る。 ルガモンから『ノドカ』と呼ばれていたあの女性の言う通り、まずは迷子センターを目指してみよう。 きっと姉も同じ考えにたどり着き、そこを目指すはずだ。 「行こう、ベルフェモン」 なにより『月』のカードの示す通り、私達は惑わされた迷子なのだから。