「お前たち!降伏しろ!」  グランセートカイラムが拳を構える。魔族とヤクザは示し合わせたが如く、同時に駆け出した。 「くっ……!」  ゴーレムは武装を展開し……躊躇った。 「ナメてくれてありがたいですねェー!!」  ルドリスがブレスを吐く。濃厚な霧が視界を遮る。武装がようやく火を吹いたが、二者は既にそこにいない。長い尾がグランセートカイラムの首に絡みつく。 「なっ!?」  驚愕の声に、甲高い囀りが答えた。ルドリスはその巨体に似合わぬ身軽さで、ヤモリの如く建物の壁を這い上がっていた。昆虫の如き六肢が広がり、ゴーレムの顔面に絡みつき視界を奪う。引き剥がそうとする両腕に尾が巻き付いた。 「この……離せ!!」 「いやはやいやはや、もう少し手こずるかと思っていましたが……」  魔族とはいえ生身である。ゴーレムのパワーがあれば、脚や尾を毟り取ることも容易いはずだ。だがグランセートカイラムは、振り解こうと身をよじるばかり、攻撃には一向に移らない。 「くたばれァァァ!!」  ゴーレムの足元、踏み出しかけた膝関節の隙間に、カクのドスが差し込まれた。グランセートカイラムの装甲は、その程度では傷つかない。だが関節の動きを阻まれ、体勢を崩した、その隙にルドリスは拘束を解き、肩から背へと這い降りる。 「出逢ったばかりで残念ですが、お別れですねェ!!」  長い尾が振るわれた。ドスとは逆の膝裏に叩き込まれた尾が、グランセートカイラムに膝を折らせる。 「往生せいやあああ!!」  カクが跳躍する。長ドスが閃く。首の装甲の隙間を目掛けて振るわれた刃は、しかし寸前で軌道を変えた。鋭い金属音。鉛玉がぱらぱらと地に落ちる。 「サツじゃあ!!!」 「撤退ィィィ!!」  二つの叫びが轟く。ギャン・スブツグは躊躇わず、再度引き金を絞った。再びブレスの霧が立つ。霧の中を、足音が遠ざかっていく。ギャンはその後を追おうとして、膝をついたゴーレムの前で足を止めた。 「連中だ。場所を伝える。先回りしてくれ」  別働隊に連絡を取り、早口で話しながら、横目にゴーレムの巨体を見上げる。何だこいつは? 「僕たちは友人を探しているだけなんです!どうしてわかってくれないんだ!」  美貌の技師、エイブリーが頬を赤くして抗議する。サカエトル警察に連行された二人……一人と一体の片割れだ。 「……」  エイブリーが弁舌を振るう傍ら、相棒のセートは窮屈そうに体育座りをしていた。その隣にエイブリーのマシン、ダイカイラム改が佇む。ハチローとキューちゃんが二体のマシンを、奇異の目で見つめている。ゴーレムの巨体は取り調べ室に収まりきらず、彼らは車庫に間借りしているのだった。 「それともサカエトルには、ゴーレムを入国させない法律でもあるんですか!?差別ですよそれは!」  なおも言募ろうとするエイブリーを制し、ギャンは攻撃に移った。 「あんた、ノースカイラムの出だろ。サカエトルで問題起こしたら、下手すりゃ国際問題だぞ」 「友情に国籍がなぜ関係ありますか!」  紅潮した顔に潤んだ目、彼/彼女は怒ってますます美しかった。ギャンは眉をしかめた。 「国に帰れなくなってもいいのか」 「卑怯ですよ、国の話は」  エイブリーは唇を噛んだ。ノースカイラムは魔法禁制の国。しかし、サカエトル内を、大型ゴーレムが目立たず移動するのは、ほぼ不可能だ。セートとダイカイラム改を呼び出すには、転移魔法を使うしかない。  彼らは言い訳を用意していた。エイブリーが持っているのは、転移門の出口のみが刻まれた魔法陣だ。魔法の起動を行うのはセート、エイブリーは彼に連絡を入れただけ。だが、ノースカイラムにそんな理屈は通用しない。知られれば、二度と故郷の土は踏めまい。 「お前さん、撃てなかっただろ」  エイブリーの頑固さを見て、ギャンはセートに矛先を向けた。 「撃てなきゃ死ぬんだぞ。わかってたよな」  セートはかすかに頷いた。それが普通の感覚だ。ゴーレムの武装は生身の生き物など、一瞬でばらばらに引き裂いてしまう。敵対者であれ、撃てば確実に相手が死ぬと、わかっていてどうして撃てるだろうか。 「奴らは撃てるんだよ。相手が誰だろうとな。見境なく首突っ込めば、いずれ虎の尾を踏む」  ギャングにはそんな躊躇はない。奴らの武器は、確実な死をもたらすために振るわれる。 「次は死ぬぞ。お友達も一緒にな。諦めて帰んな」  セートは少し俯いた。歳を取らないゴーレムの顔に、少年じみた表情が浮かぶ。 「我々はただ、ラネットとユッキーに会いたいのです。急にいなくなってしまったから……お別れの一つも言えませんでした。友達だったのに」 「もう友達じゃないさ……ヤクザに友なんて上等なものはいない」 「いいえ、友達ですよ!一言の相談もなくいなくなる不義理な連中だって、友達には変わりありません!」  エイブリーが鋭く叫んだ。  ギャンは知っている。誰もが望んで裏社会に踏み入るわけではない。飢えて苦しみ犯罪に走った者も、騙されてがんじがらめになった者も、ユッキーのように絶望に呑まれた者も、ラネットのように生まれつき道が決まっていた者もいる。  ギャンは撃つ。敵の事情など考えない。躊躇すれば無辜の誰かが死ぬのだ。しかし、自分が殺す者も普通の人間だったのだと、目の前に突きつけられるのは、やはりいい気分ではなかった。  無性に煙草が吸いたくなった。きっと、煙は苦いだろう。