「ムシャモン!とどめを!」 「お任せあれっ!!」  振り下ろされた太刀が相対するデジモンを真っ二つに切り裂く。ターゲットであった菱形から触手を伸ばしたような禍々しいデジモンは断未魔の声をあげながら崩壊し、やがて卵となって虚空へと消えていった。 「ふう、これで仕事終了ですね。お疲れさまでした、ムシャモン」 「がっはっは!拙者の手にかかれば容易いものでござるよ!!」  豪快に笑う相棒を、テイマー…生源寺百蓮は平たんな声でねぎらった。 「今回は報酬を出し渋りされなければいいんですけど…」 「いざとなれば奴らにもこの刀を突き付けてやれば済むでござろう」 「……それで前回厄介な事態になったから言っているんですよ」  相棒と駄弁りながら歩く百蓮は、目的地の反社会組織の事務所を目に入れながら、なぜ自分がこんなことをしているのかぼんやりと思い返していた。 〜〜〜〜〜〜〜〜  生来の自分は、まあ碌でもない人間であったと思う。いわゆる成金家系である父の唐君を受け自分は特別な存在であると認識して威張り散らし、権威に群がる者たちを従えて気に入らない者は排斥した。そんな様子で高校生まで生きてきたものだから、あの時に顔面に消えない傷を刻まれたのは天罰であったのだろう。あまりの衝撃で前後の記憶がぼんやりしてしまっているが、肝要なのは相手の反撃で顔に刃物を突き立てられたということ。  その後は転校したもののこのような顔面では当然のごとく馴染めず、高校卒業と同時に引きこもりに突入、それでも何とか通信で大卒認定は得られたので父のコネを使い某有名巨大企業に入社することができた。あとは親の敷いたレールに乗ってのんべんだらりと人生を過ごそう……なんて考えていた矢先に、会社は裏に隠されていた黒い部分が全世界に公開され倒産、父も法に触れる取引に加担していた事が発覚した為に家は没落した。  父は夜逃げしたため母は実家に帰ったが、曲がりなりにも成人していたし母も色々大変だろうからと自分は独り立ちしてみたものの、この顔の傷では表に立てるような仕事に受かるわけもなく、引きこもっている頃に手遊びで取得したハッキング能力と、健康を心配する母がプレゼントしてくれたバイタルブレスを武器にハッカーという限りなく黒に近いグレーな存在に堕することとなる。ダメ押しに生源寺の汚名は思いの外広まっており、社会的な立場が保証される代わりに身元証明が必須なホワイトな職場では働けず、反社会的な組織相手にどぶさらいの如く金を稼ぐしかなくなるのであった。  幸いだったのは、昨今のハッカー界隈で重要視されるデジモンのパートナーを早期に発見できたこと。異常が発生したさるサーバーを覗いた所見つけた鎧武者の姿をした異形の生命体・ムシャモン。彼が人外なれど会話ができるくらいの情緒を持っていてくれた事もあり、『主に使える侍』というロールプレイに付き合う形で、何とか言いくるめてパートナー契約を結ぶことに成功した。デジモンの本能故に好戦的な面もあるが、それでも要求に答えてやれば喜び答えられなくても話せばわかってくれる一本木な性格だったことも幸運であっただろう。 〜〜〜〜〜〜〜〜  そんな今までのことをぼんやりと思い返していれば、いつの間にか先方への報告は終わっていたようだった。封筒の中身を覗けば、ちゃんと提示された料金が満額入っていた。 「これで今月もなんとかなりそうです」 「なればこの間面白そうな戦国小説を見つけた故…」 「はいはい」  剣呑な一仕事を終えたとは思えないほどに暢気な会話を垂れ流しながら歩いていた二人であったが、不意に足を止める。視線の先には、闇の中から歩いてくる影が一つ。歩を進めた先で街灯の光に照らし出されたその影は、百蓮と年のころもさほど変わらない一人の女であった。 「こんばんは、お嬢さん。私は愛甲と言う者だ」 「………こんばんは」 「あのクリサリモンを倒したのは君たちだね?」 「…………………ええ、あのデジモンに困らされていた人たちから助けを乞われたものでして」  一見穏やかな会話であったが、表情を変えない愛甲に対して百蓮は顔をこわばらせていた。百蓮はそれなりの数の『仕事』をこなしており、ある程度の修羅場は潜り抜けて今ここにいるものの、その期間はおよそ一年弱とそう長くは無い。その駆け出しの経験でですら、愛甲が目前で隙を晒してはいけない相手だと即座に理解できた。 「なるほどね…彼はあの反社共に対する所謂斥候役だったんだが、まさか君のような光り輝く原石と引き合わせてくれるなんてな」 「…何やらお裏めいただけているのでしょうか?」 「ああ、君程の才能を秘めた子は中々居ないさ……だから、試させてほしい」  愛甲は穏やかな笑みを浮かべながら、変わらぬ声音で続ける。 「行け、フウマモン」  瞬間、躍り出た影が百蓮たちに襲い掛かった。  飛来した黒い影に、ムシャモンはとっさに太刀を構える。大きな金属音が鳴り響き、その勢いにムシャモンは後方に大きく後退り、同時に肩鎧には切り傷が刻まれていた。 「うぐうっ!!?」 「ムシャモン!?」  傷口を抑えながら痛みに顔を歪めるムシャモンに、百蓮は思わず声をあげる。そんな光景を眺めながら、影は笑い声をあげる。 「ケェーヘッへ!成熟期の分際で俺の攻撃をかわすとは生意気な!」 影……フウマモンはその言葉と裏腹に、愉快そうな様子で嗜虐的な笑みを浮かべていた。しかし次の瞬間、再びフウマモンは二人の視界から姿を消す。 「罰として…貴様らはじわじわとなぶり殺しにしてくれるわっ!ケェーヘッへ!」 その声は、二人の周囲360度から響いた。見れば。周囲を無数のフウマモンが取り囲んでいた……否、フウマモンが凄まじい速度で二人の周りを駆けるあまり、その場に残像が残っていたのであった。 「くっ、どれが本物……」 「百蓮殿危ない!?」 「っ」  絶叫とともに百蓮の目前に差し向けられたムシャモンの腕に、突如飛来したクナイが突き刺さった。それを皮切りに、四方八方から手裏剣やクナイといった暗鬼が嵐のごとく二人に襲い掛かる。ムシャモンは太刀を構えて防御を試みるも、百蓮をかばいながらではままならず、その体に次々と傷が刻まれていく。 「ケェーヘッへ!成熟期の雑魚と弱っちい人間一匹狩るだけでテイマーをつけてもらえるなんてぼろ儲けだぜ!俺様の栄達のために死ねえええ!!」 フウマモンの高笑いに、ムシャモンは屈辱で歯を食いしばる。対照的に、百蓮は落ち着き払った表情でバイタルブレスを構えていた。 「完全体…相手をするとなると成熟期とは比べ物にならないほどに厄介ですね。ムシャモン、切り札を切ります」 「おおっ、此度は許可してくれるでござるか!」 「格上相手に出し惜しみする理由もないですからね」  一転無邪気に声をあげるムシャモン相手に変わらず平坦な口調で返しながらも百蓮は腕の機器を操作し始め、次いでムシャモンも連動して光をまとう。 「て、テメエら、何暢気にくっちゃべってやがる!?」  そんな二人の様子に侮られたと思ったのか、フウマモンが声を荒げながら暗器を射出する。迫る刃物を前に、しかし全く臆する様子もない平坦な声で、百蓮は宜誓した。 【武士獣 進化】 【残滅獣】  瞬間、閃光が走り、四方八方から百蓮に迫る凶刃はすべて切り払われた。光がやんだその場所にて、ムシャモンは五本の刀を携えた恐るべき獣竜へと姿を変えていた。 「ぐわっはっは!!この全身にみなぎる力ぁ!!やはりこの姿は良いでござる!!!」 「よく言いますね、最近までうまく制御できなくて四苦八苦していましたのに」 「そ、それは言いっこなしでござるよ〜!」  そんな姿になってもノリの変わらないムシャモンに、百蓮も変わらぬ様子で返す。そんな二人を見て愛甲までもが満足そうに微笑む隣で、ただ一人フウマモンは憎々しげに二人を睨んでいた。 「か、完全体に進化だとぉ、そんなの聞いて…...いや関係ねぇ、俺の速さにはどうせついてこれねえ!!!」  己の中の恐れをかき消すようにがなり立てると、フウマモン再び駆け出し残像を作り出す。しかし対する百蓮は変わらぬ無表情の中に僅かに侮蔑を含ませながら、面倒くさそうに吐き捨てた。 「これを見て変わらない戦法とは、随分と自分の腕前に自身がおありのようで……ザンメツモン!」 「お任せあれ!!」  言うや否や、ザンメツモンは携える五刀を構える。 「秘技… 伍連断霊斬」  掛け声と共に振るわれた刀から放たれた鎌鼬が、360度周囲を薙ぎ払った。二人を囲むフウマモンの残像も、嵐の如く一気呵成に消し飛ばしていく。 「ちいっ!糞があっ!!」  次々と残像が切り払われていく中、そのうちの一つが空中へと飛び出した。本体であるそれは、その勢いのままに上方からザンメツモンの首を狩ろうと小刀を突き出す。 「ケェーヘッへ!死ね…え?」  勝利を確信し哄笑をあげるフウマモンであったが、それが不意に止まる。意識外からの攻撃であるはずなのに、ザンメツモンの斬意の籠った瞳がフウマモンを射抜いていたのだ。 「地上を刈り取れば上から攻めてくる…とはいえ、まさかここまで綺麗に嵌ってくれるとは流石に思いませんでしたが」  感慨もなさげに呟きながら、意表を突かれて言葉を吐くことすらできないほどに動揺するフウマモンを尻目に、百蓮はバイタルブレスを再び構える。そして、百蓮とザンメツモンーーー二人のシンクロした叫びが木霊した。 「「必殺ーーー伍重螺旋断」」 「ーーあ、あれ?なんともねえ…」 二人の迫力に圧されて攻撃を放てずに着地したフウマモンであったが、自身の体を見返してみても何ともない。恐怖で挙動不審になっていたフウマモンであったが、その様を確認すると不遜な態度を取り戻す。 「は、はは、なんだこけおどしかよ、ビビ」「ら」「せ」「や」「がっ」「て」「え?」  ずるり、はらり、ぽろぽろ。  次の瞬間、フウマモンの体は無数の賽の目の欠片となり崩れ落ちた。 「え」「な」「な」「に」「こ」「れ」 「ザンメツモンの剣術はこけおどしではないので。斬られた感覚すらなかったでしょう?」  勝利の余韻を一編たりとも感じていないであろう平坦な声音で語りかけながらも、もはや百蓮達はフウマモンに意識を向けていなかった。事ここに至ってフウマモンは己の状態を悟り、絶望に声を上げる。 「あ」「あ」「あ」「た」「す」「け」  ぱちぱちぱち。 「お見事。ふふ、私の目に狂いはなかったようだ」  フウマモンのか細い懇願は、愛甲の小さな拍手にかき消された。彼女がもはや自身に一片たりとも興味を抱いていないことに気づいたフウマモンは発狂して以降奇声を漏らすだけになるのだが、それに気にも留めずに愛甲は話し出す。 「いきなりごめんね?一応組織のトップとして、仮にも仕事を邪魔した相手を手放しで置くわけにも行けなくてね」 「…まあ理解はできます。私もそれなりにそういう『面子が大事なその筋の方々』と仕事で関わってきましたので。それで、まだ何かあるのですか?」  変わらず平坦な声ながら百蓮は愛甲から片時も目を離さず、ザンメツモンはもはや進化は不要とムシャモンに戻りながらも、太刀に掛けた手に力を込めている。そんな驚戒を一切解かない二人に対して、愛甲は穏やかな笑みを浮かべながら続けた。 「うん、君たちを私が率いる組織に招き入れたいんだ」 「「・・・・・・・あ?」」  愛甲の申し出に、百蓮とムシャモンは揃って目を点にする。今しがた刺客を差し向けてこちらの命を奪おうとした相手が、自分の仲間になってほしいといけしゃあしゃあと言ってきた。流石に理解が及ばずに固まる二人に、なおも愛甲は朗々と続ける。 「私は君のように才能あふれるテイマーを集めていてね。見たところ、君はテイマーになってさほど長くないだろう?」 「…比較対象が周りにいないのでわかりませんが、一応この子とコンビを組んで1年弱といったところでしょうか」 「物騒なあっちと違って基本的に平和なこっちの世界で暮らしてきて、たったそれだけの期間で完全体の力を完璧に使いこなしているとあれば、十二分に優秀だよ。ぜひとも君たちにも私とともに来てほしいんだ」  愛甲がそこまで話したあたりで、やっと理解が追いついたムシャモンは顔を赤くさせながら刃の切っ先を愛甲に向ける。 「貴様、拙者たちを愚弄しているのでござるか!?貴様のような無礼者についていくなどおこと」「わかりました、貴女と共に行きましょう」「わりでござるってええええええつ!!??」  ムシャモンの啖呵に割って入った百蓮の返答に、ムシャモンは思わず目を丸くした。ちょっとタンマでござる!と百蓮とともに愛甲に背を向けると、百蓮のその唐突な発言を追及しだす。 「ちょっとちょっと何考えているでござるか!?彼奴は拙者たちに狼藉を働いたでござるよ!?」 「ええそうですね、完全体のデジモンを試金石として差し向けて。私たちが苦労してやっと制御できるようになった完全体のデジモンを、使い捨てにして」 「むっ……」 「あとさっき『物騒なあっちと違って基本的に平和なこっちの世界で』と言っていましたよね?それはつまり、彼女は貴方が元居たデジモンの世界を知っている……その上恐らく、あちらとこちらの世界を自由に行き来できると思われます。デジモンである貴方ができないのに、です」 「ぬう……」 「……正直私は、デジモンについてはあなたから見聞きしたことしか知りません。それでも、彼女が只人でありながら私とは比べ物にならないくらい強大なデジモンの力を使いこなしているというのは、なんとなしにですがわかります。流石に、逆らわない方が身のためでしょう」 「し、しかし……」  百蓮の説明にぐうの音も出ないが、さりとて正直に従うのも癪ではある…そんな感情でムシャモンは今一度愛甲をちらりと見やる。その時、ムシャモンの片手に携えている数珠がわずかに光った。 「…..…ーーーー」  ムシャモンは目を見開き、そして向き直ると、先ほどまでと打って変わってひそやかな声で、百蓮に言った。 「……拙者も百連殿に従うでござる」 「……そうですか、ありがとうございます」  強い霊力が込められているムシャモンの数珠が光を湛え、同時期に愛甲を見ていたムシャモンが急に意見を翻した。彼がそうした理由……愛甲に見たものについては推して知るべしであろうと、百蓮は言及しなかった。 「相棒君も納得してくれたかい?」 「ええ、大丈夫です」  愛甲は今一度にこやかに笑うと同時にその背後の空間にひびが現れ、そして割れた。 「まずは私たちの拠点に招待しよう、私の仲間たちにさっそく紹介を…っと、そういえばまだ名前を聞いていなかったね。改めまして、私は愛甲真優美、君の名前は?」  なんとなしだが、ここが運命の分かれ目であろう、と百蓮は直感した。ここで答えたら、もう元の貧しいし薄汚れているがまだ平穏な日々には戻れないだろうと。されども、生き残りたいのなら選択肢は一つしかない。せめて、彼女の組織が傭兵団や剣闘士チームなどの血なまぐさいだけでまだ人道にもとったところだといいな、麻薬作ってたり人身売買するような外道じゃなければいいな……そんなことをぼんやりと考えながら、変わらぬ平たんな声で、答えた。 「ー一生源寺百蓮。ムシャモンと、生源寺百蓮です」