今日も今日とて千本桜 冥梨栖はイレイザーベースを襲撃していた。 だが今回は意外な人物も同行している。彼の名は逆井 平介__光のスピリットに選ばれし者にして冥梨栖の従姪である千年桜 織姫の友人……そしておめでたであまり無茶をさせられない織姫に代わり強引に連れて来られた可哀想な被害者だ。 ベース内を奥へと進みながら冥梨栖が懸命に何かを指南している。どうやら未だお上りさんの抜け切らない平介に都会人のレジャーであるというイレイザー狩りの大まかな流れをレクチャーしてやっている……らしい。 「よろしくて?平介さん。身の周りで起きる理不尽な出来事は全てデジモンイレイザーの仕業……であるからこそ日々の暮らしに疲れた方々の憂さ晴らしとしてイレイザー狩りが親しまれているのですわ。」 「……ん、んだ」 正直なところ、冥梨栖の言っている事の9割以上が平介には理解できていない。 だがその様な事を口にする事もまた叶わなかった。 彼の狼としての本能が、常時訴え続けているのだ。”この人はヤバい”と…。 そんな平介の様相を察してか、先を行く冥梨栖が振り返りながら問いかける。 「何をそんなに畏まっていますの?もっと気楽になさいな。これはレジャーだと申した筈ですわよ」 何気ない一言でさえも平介にとっては全てを見透かされた様にすら感じる。 下手な事を考えれば何かとまずい事になる…、より強い緊張が平介に走った。 そんな彼に冥梨栖は距離を詰め、ニコッと微笑みながら再度問いかける。 「……何がまずいのかしら?言ってみなさい」 ____________________ 場所は代わってイレイザーベース内の別エリア。祭後終とそのパートナー、ユキアグモンの姿がそこにはあった。 とある人物を捜し求め、今日もまた東奔西走を続けている。 ここには目当てとなる人間が居るのだろうか…ベース内を探索中のシュウであったが何かを感じ取ったのか、はたと足を止めた。 「シュウ、どうした?」 「何が…と問われても上手く説明は出来ない。だが、何かとてつもなく嫌な予感が……そんな気がする。」 ユキアグモンの質問に対するシュウの答えは今一つ要領を得ていないが、ユキアグモンにもシュウの言っている事は何となくわかる様な気がする。 彼等が見据えた通路の先…。そこにはただただ暗がりが広がるだけであった。 ____________________ 冥梨栖の問いかけに答える事が出来ず、沈黙してしまう平介。時間にすればものの数秒程度のものであろう。だが彼にはそれが途方もなく長い時間に感じた。 そんな折、不意に冥梨栖が視線を背後へと向けた。 「お出ましの様ですわね。」 冥梨栖が察知した何者かの気配、それは平介にも感じ取る事ができた。 それほどまでに強大な敵がすぐそこまで迫っている。 本来ならばただならぬ強敵との鉢合せなど御免被りたいところではあるが、今度ばかりは例外だ。 このまま冥梨栖と二人きりで居た方が遥かに骨が折れる…そんな風に思った平介はまだ見ぬ刺客に心の中でひっそりと感謝をした。 より強くなる何者かの気配。それはどうやら目の前の壁を隔てた向こう側から来ている様だ。 平介は御神体を取り出し身構える。 次の瞬間、壁が崩れ落ちたと同時に一直線にこちらへと向かって来る黒い影。 間一髪、咄嗟にベオウルフモンへと姿を変えた平介が冥梨栖を抱えて跳び退いた。初撃の回避は間に合ったものの、すぐに次が来る事は明白だ。平介は再び身構えた。 「随分と張り切っておいでですのね。一刻も早くアレと戦いたくてうずうずしている……そうお見受けできましたわ。」 背後から冥梨栖の声がする。 背後?何故背後に? 平介は理解が追いつかなかった。本来ならば自分の腕の中に居る筈の冥梨栖の姿がどこにも無い。 だが考えるのは後回しだ。今は目の前の敵に集中しなくてはならない。 壁の向こう側から現れたこの漆黒の騎士に… 「俺の名は日竜将軍オメガモンズワルトノワールブラックシュバルツ!! 貴様達だな、ベースに侵入した輩というのは!このオメガモンズワルトノワールブラックシュバルツが成敗してくれる!」 声高らかに名乗りをあげる暗黒騎士。 オメガモンズワルトノワールブラックシュバルツ。どうやらそれが奴の名らしい。 オメガモン黒黒黒黒。バカなのか?こいつはと平介は思わざるを得なかった。 だがそんな頓痴気な名前とは裏腹にこの全身黒ずくめのオメガモンから感じ取れる強者としてのオーラは紛れもなく本物であり、底知れぬ相手である事が嫌というほどに伝わって来る。 こんな奴にどうやって勝てば良い?…そもそも生きてここから出られるのか…黒いオメガモンと対峙する平介の脳裏を様々な考えが過った。 「やる気満々ですのね、平介さん… わかりました。ではあなたのお手並み…拝見させていただきますわ。そこの日竜将軍、見事一人で倒してご覧なさい。」 「えぇ!?なんで!?」 急な無茶振りに驚き、思わず振り返ったベオウルフモン。その刹那の事だった…。 「よそ見しない!」 冥梨栖の怒声と共に何か巨大な、熱の塊が彼のすぐ側を横切った。 ベオウルフモンの頬を掠めたそれは瞬く間にオメガモンズワルトノワールブラックシュバルツを捉え、その漆黒の身体を吹き飛ばした。 「嘘ぉん……。何だず、今の…」 何が起きたのか…平介の理解が追い付くまでに少々の時間を要した。 冥梨栖が何か火球の様なものを出して、日竜将軍を倒してしまった。一先ずそれだけは理解出来たのだが、何故か彼女はとても憤慨している様に見える。 「ちょっと平介さん!今のは一体どういうおつもりですの!?期待させる様な真似をしてあの体たらく……!あなたは見込みのある方だと思っていましたのに…とんだ買い被りだった様ですわね!確かに気楽にやれとは申しましたが、いい加減な気持ちで適当にやれなどとは一言も申していなくてよ!…平介さん!?ちゃんと聞いていますの!?」 怒涛の勢いで責め立てる冥梨栖に対し、平介は何も言い返せない。言葉は通じるのに会話は通じないとはこの事を言うのだろうか…。 兎にも角にも、今は一刻も早くこの場から解放されたいとただただ願うばかりの平介なのであった。 ____________________ 「シュウ!今何か向こうで凄い音がしたぞ!」 「あぁ、行ってみるか」 イレイザーベースを絶賛探索中の祭後終とユキアグモン。 たった今、物凄い爆発音を耳にしたところだ。 自分以外にもこのベースに潜入した者が居て、イレイザーの手下と交戦しているのかもしれない。 周囲への警戒は怠らず、二人は音のした方へと向かった。 次第に見えてくる二つのシルエット。片方はシュウの見知った人物だ。だがそれは同時にあまり会いたくない人物でもあった。 千本桜 冥梨栖。己が気の向くままに周りを振り回す彼女の傍若無人ぶりにはシュウもほとほと呆れ返っている。 次に見かけても見なかった事にしようと心に決めていたシュウであったが、これほどまでにガッツリと目が合ってしまった以上そういうわけにもいかない。 「あら、シュウさん ちょうど良いタイミングですわ、平介さん! この方は祭後終さん。デジモンイレイザー狩りのインストラクターを努めていらっしゃる方ですわ。」 「いや、ちょっと待て。デジモンイレイザー狩りって何だ。それにインストラクターって……俺はそんなもんになったつもりは無い。」 シュウのはリアクションは尤もだ。しかしそんな話にも一切聞く耳を持たないのがこの千本桜 冥梨栖という女なのである。 「良いですか?平介さん、あなたは一度彼からイレイザー狩りのいろはを一から叩き込んで貰う事べきだと私は思いますの。 というわけですのでシュウさん!彼の事よろしく頼みましたわよ」 「お、おい!」 シュウの都合など一切構う事無く、冥梨栖は一方的に要件を伝えてこの場を去って行った。 「行っちまいやがった…」 「相変わらずだったな…」 唖然と冥梨栖を見送る二人の傍らでずっと泣いているデジモン。彼がその平介なる人物との事だが… 「うぅ……なして…」 「……心中、お察しする。」 その様子から冥梨栖に散々振り回されてきた事は明白だ。 シュウは泣いているデジモン__ベオウルフモンの肩にそっと手を置き、労いの言葉をかけてやった。 「おのれ〜、ここにはデジモンイレイザー様に関わる最高機密が秘匿されているのだ!何としてもここを通すわけには…ごふっ!?」 と、そこへ現れたのはボロボロになりながらも尚、侵入者の行く手を阻もうとする日竜将軍オメガモンズワルトノワールブラックシュバルツだ。 だが冥梨栖にやられたダメージが相当のものだったのか…直後に両腕が千切れ落ち、幼年期のモクモンへと退化してしまった。 「イレイザーに関わる最高機密だと!?」 「の割りにはめちゃくちゃあっさり存在をバラしやがったぞ…」 ネオデスジェネラルと言えど、幼年期になるまでに力を失ってしまっては形無しだ。 今の日竜将軍から最高機密とやらを吐かせるのは容易いだろう。 「ふん!誰が教えるものか!!」 だがそれでも七将軍としての矜持は持ち合わせているらしい。話す気は更々無い様だ。 「そうか、わかった…」 そう言ってユキアグモンが徐ろに向かったのは室内に設置されている換気扇。 その電源を入れると大きなファンが回り出し、文字通り全身が煙なモクモンは換気扇の方へと引っ張られてしまう。 「うわーーっ!?やめろーー!! せっかくナノモンサイズでコールドスリープ状態にある20億3000万人のイレイザー様の護衛を直々に任されるまでに出世したのに!!こんなところで終わるなんて嫌だぁーーーー!!」 そして全てをベラベラと話しながら、換気扇に吸い込まれたモクモンはイレイザーベースの外へと放り出されてしまった。 「聞いたか?シュウ」 「あぁ、20億3000万人のデジモンイレイザー……かなり眉唾物ではあるが…」 「とりあえず今はあいつを安全な場所まで送ってやんねぇか?何か……居た堪れないぜ」 「そうだな」 こうして話し合いの結果、二人はベオウルフモンこと逆井 平介を無事安全なところまで送り出してやる事にしたのであった。 ____________________ その同じ頃…… イレイザーベース最深部へと辿り着いた冥梨栖はあるものを見つけた。 部屋の中央に浮かぶ、まるでUFOを彷彿とさせる様な謎の円盤…。 冥梨栖は早速円盤をこじ開け、中身を確認した。 「これはこれは…。随分と面白い物を見つけてしまいましたわね…。」 円盤を閉めた冥梨栖は指をパチンと鳴らしてデジタルゲートを開ける。 「さ、お祭りの会場へ行って打ち上げ花火の申請をしませんと…今年の夏祭りは忙しくなりますわよ!」 思い立ったが吉日、それが彼女の信条だ。 20億3000万発の花火が入った容器を抱え、デジタルゲートの中へと冥梨栖は消えて行った。