0 星の断末魔を上げ続けよう 1 目前を通り過ぎる疾剣を紙一重で躱すと、直後に蹴りが、それを避けると蹴った相手は勢いのまま半回転、手を折り曲げて背中から放たれる光線は私の衣装を焼き焦がした。 距離を取ろうと後ろに下がるやいなや、目の前の戦士は手を休めることなく凄まじい速度で突進してくる。 顔に獰猛な笑みを貼り付けた戦士は、何度目かもわからない剣戟を繰り返す。かろうじて避けてはいるが、一撃一撃が必死のもので、気を抜けばそのまま命を取られるという確信があった。 このままでは私は数十秒としない内に捉えられ敗北する。 こうなればいちかばちかの策に出るしかない。 一瞬、目まぐるしい攻撃と攻撃の狭間に私は腕に星力を込める。 「エルゴフォース……!」 「遅い!」 しかし、私の星術は発動せず、それどころか晒した隙を突かれて、星力を乗せた重い蹴りを浴びせられた。 大きく後方に弾き飛ばされて、体勢を崩した獲物を、狂戦士が見逃す道理はない。これまでよりもさらに早く、一直線に追撃を加えようと向かってくる生ける弾丸に、私は腕を構え、小さく呟く。 「デッドエンド・コラプサー」 い 「やめろ!離せ!勝負はこれからだろう!」 「怪我したらもうそこまでだってさっき約束してたぞ!どうしても行きたいなら、あたしの手を払えたら行ってもいいぞ!」 「ぐっ……馬鹿力めぇ……。レイラ!次だ!次こそ私は……!」 抵抗も虚しく、さっさと訓練場の外に運び出される黒天使を見届けると、どっと力が抜けて私もその場にへたり込みました。 「お疲れ様でした、我らが首領」 「からかわないでくださいよ」 いつのまにそばに来たのか、慇懃に笑うモノトーンの少女に向けて、私は不満を露わに頬を膨らませます。 しかし少女、ヴァレリーはどこ吹く風といった様子で回復の星術を使い始めました。 「イングリットの方が傷が深いですから、先にあちらの方に行ってあげてください」 「彼女にはジュリエッテがついています。私の星術は人間の方が効きがよいので、適材適所ですよ。それに、あなたの綺麗な肌に傷を残すわけにもいきません」 「ジュリエッテも見ていたんですか。全く、人を見せ物みたいに」 「我々はなんだかんだあなたの戦う姿をあまり見たことがないので、興味深いんですよ。あのイングリットをこうも容易く御するとは」 「ヨイショも行き過ぎると不快です。見ていたならわかるでしょう。下手したら私死んでましたよ」 イングリットの剣には加減というものがありませんでした。いくらヴァレリーが控えていたとはいえ、首を切り落とされては治る余地もありません。即死です。 こんな身内間のごたごたで二度目の死はごめん被ります。 「謙遜も行き過ぎると悪徳です。全ての傷が致命傷には程遠い。イングリットは攻撃を空振るとその勢いを利用して動き続ける武の化身です。かすり傷で済むのならむしろ受けた方が動きが鈍る」 「いや最後の蹴りとかすごく痛かったんですよ!?」 「それも最初から喰らうつもりだったでしょう」 「ファッ!?」 「イングリットが斬撃と殴打をコンビネーションさせてくると見るや、致命傷となりうる斬撃を避けた直後にあえて隙を晒し、蹴りを利用して距離を取った。蹴りなら心臓と頭さえ守れば行動不能になることはまずありませんから。そして大技で一撃必殺。いやはや、美しい駆け引きでしたよ」 「…………買い被りすぎです」 ヴァレリーの言葉は概ね当たっていた、と思います。戦闘中の細かい思考を言語化できるわけじゃないから完全に正解かどうかは自分でもわかりません。 わかるのは、確かな腕の痛みだけ。 「それにしても、あなたの奉仕精神には脱帽するより他にありません。定期的にメンバーのガス抜きに付き合い、力を示して付き従わせる。まさしく首領の器です」 「そこまでしなきゃいけないのはイングリットくらいですよ」 あの子はアレで一度勝負をすれば、しばらくは大人しくなってくれるのです。上下関係を文字通り力関係として認識しているようなので、敗者として勝者の言うことは聞くとかなんとか。あの子なりのケジメなのでしょう。 しばらくが終わったらまた勝負を挑んでくるのですが。 「いえいえ、私が言いたいのはそうではなく。そこまでしてイングリットを引き留める動機ですよ。言うことを効かないのなら放り出してしまえばいいのに」 「それは、ですから、罪滅ぼしと言いますか……」 「そうでしょうか?イングリットを含め我々がブラックホールに目覚めたことであなたに責任はありません。その後コラプサーに引き入れたことについて?それで我々があなたを恨んでいるとでも?まさか、コラプサーであることを嫌っている人はいませんよ。リーナは正直どうなのかわかりませんが。それでも『お兄ちゃん』に出会えたのはコラプサーになったからですしね。感謝こそされ恨まれる道理はありません」 器用に治療しながら朗々と、どこか喜びを交えて語るヴァレリー。 こちらの逃げ道を潰すかのような物言いにむっときて、思わず言い返します。 「あなたたちはそれでよくても、星騎士の方々にかけた迷惑は償わなければ」 「ああ、確かに、イングリットが星騎士狩りをしたりメテオラが学園の施設を破壊したりしてしまいましたからね。しかしそれもあなた一人の手で足りるのでは?今しがた見せたあの力が対リクリエに向けられるのなら、費用対効果としては十二分でしょう」 「自分のことを棚に上げてよく言いますね。そうだとしても私は十分とは考えていません」 「そうですね。そこは個人の匙加減ですから水掛け論でしょう。私が聞きたいのは、なぜそうまでしてコラプサーを留めようとするのか、という話です。ネビュラ傘下に入る時もコラプサーという括りを外そうとはしなかった」 「バラバラに魔女たちに使われるよりも、一つの組織であるコラプサーを維持した方が有効に動けると判断したためです」 「それはイングリットを御する理由になっていません。わかっているでしょう?いくら力で押さえつけたところで、彼女が命令違反常連の危険分子であることに変わりはありません。組織力が大事というのなら、なおのことリスクを背負ってまで引きつれる人員ではない」 「イングリットが嫌いなのですか?」 「いいえいいえ。私は彼女の武に魅せられた。星騎士として彼女より強い方はいるでしょう。例えばあなたとか、魔王とか。しかし彼女より美しく舞う方は存じません。私はイングリットが好きですよ。──レイラ、あなたも同じなのではないですか?」 「それ、は」 しまった。これは誘導尋問だ。 いつもならもっと心と体力に余裕があるから気づけたでしょうに。まんまとヴァレリーの策にハマってしまったことに気づきます。 「隠すことはありません。ここには私しかいませんし、誰にも言いません。私も貴方と同じです。この奇縁を愛しているのです。同じ力を持っているというだけのまるで無関係なものが一ところに集まった。たとえそれが何者かの意図だったとしても、結ばれた縁は愛おしいものです。幸いにも、みな美しい少女たちですしね」 恥ずかしげもなく言い切るヴァレリー。 こうなっては私も答えないわけにはいきません。なに、恥じることはないのです。いずれ伝えようと思っていたことですから。 「───はい、そうですよ。私はあなたたちのことが好きです。か、家族だと、そうおもっています。だからそばにいて欲しいし、手放したくないんです」 言えました。 顔は赤くなってないでしょうか。声は震えてなかったでしょうか。 隠してたわけではありませんが、いざ真っ向から伝えるととても恥ずかしいです。恥じることはなくても恥ずかしいです。 しかしスッキリした気持ちもあります。なんだかんだ歳上というだけあって、ヴァレリーはコラプサーの中でもどこか頼りにしてる自分がいます。 荒療治じみてましたが、気持ちを言語化させてくれたのは感謝です。 「ふふ、やはりそうですか。安心しました。我らの首領が我らのことを愛してくださっていて」 「むぅ……言わせておいて……。あなたと違って近親相姦に興味はありませんけどね」 むず痒い気持ちでいっぱいです。 なぜヴァレリーはこうも赤裸々に語れるのでしょうか。引きこもり隠キャとはやはり育ちが違うのでしょうか。節々に上流の余裕が見えます。 ヴァレリーはくつくつと笑うと、わざとらしく想起するような仕草を取ります。 真面目な話をしようというのか、私の目を見つめてきました。ついギョッとしてしまいます。照れくさいです。 ああ、一体彼女はこれから私に何を伝えようと──── 「しかし家族、家族ですか。でしたらどうか、私のことは『ヴァレリーお姉ちゃん』とお呼びください」 「……………………………………………(唖然)」 絶句。 「リーナにお姉ちゃんと呼ばれてからどうも癖になってしまいまして。かの魔王が義妹を大量に作っているのにも納得です。お姉ちゃんという言葉には甘美な響きがあります。私は一人っ子でしたから、妹も弟もいないのです。ですがコラプサーの皆が妹と考えると、ああ、柄にもない責任感と脳髄を走る背徳感が湧いてきて──!どうか一言、皮切りに私をお姉ちゃんと!」 依然として絶句。 嘘でしょう。今の長々とした会話と誘導尋問は全部このためだったんですか? バカなんですかこの子?バカでしたね。 そういえばイングリットに並ぶ問題児でした。 誰ですかこの子を頼りにしてるとか言ったの。 私です。 「ヴァレリー」 「『ヴァレリーお姉ちゃん』と」 「ヴァレリー、ふざけていますか?」 「私がふざけたことがあったでしょうか?いつだって真剣ですよ」 「ふざけていてほしかったです」 頭が痛い。 とっとと逃げ出したいところですが、治療中だから必然的に目と鼻の距離にいる彼女と会話を続ける必要があります。 というかいつまで治療してるんですか?私そんなに傷だらけでしたっけ? 「あの、ヴァレリー」 「『ヴァレリーお姉ちゃん』」 「ヴァレリー、治療長くないですか?いつもはもっとパパッと治してくれてるような」 「ああ、バレてしまいましたか。はい。会話が終わるまでここにいてくださるよう、丁寧にやらせてもらっています。ちなみに今動かれると内部に染み込ませた私の星力が回復ではなくブラックホールの属性を取り戻して爆発的に縮小、肉と骨を破砕しますのでご注意を」 「ひぇっ!?」 「一言『ヴァレリーお姉ちゃん』と言ってくだされば終了しましょう」 「脅迫じゃないですか!?」 「取引です。私からすればレイラのきめ細かい白い肌と、ほどよい丸みを帯びたシルエットが破壊される姿はそれはそれで興味があるのでどちらに転ぼうとよいのですが」 「ヴァレリーお姉ちゃんやめてください!!!」 「ああっ……!!!!んくッッッッ!!!!!」 ビクビクと痙攣するヴァレリー。 心を無にします。もう何も見たくありません。 「ふぅ……お見苦しいところをお見せしました。治療は完了したので、もう大丈夫。お姉ちゃんの意地にかけて嫁入り前の妹の身体には一切傷を残させません」 汗を滲ませながら笑うヴァレリーの姿はひどく晴れやかで、今まで見たことがないほど幸福感に溢れていました。 「あなたと絶縁したくなってきましたよ」 「家族の絆はそう簡単に断ち切れませんよ」 「その言葉がこんなに嫌に聞こえることあります?」 厄介な子に言質を取られてしまった後悔と、口でこう言いつつもこの子を放り出す気になれない程度にはこの子たちが好きだという安堵で頭がぐちゃぐちゃになります。 「あなたも一度経験すればわかるはずです。お姉ちゃんという言葉の甘美さを!」 「だまらっしゃい」 私は一人盛り上がるヴァレリーを放置して、訓練場を後にしました。 3 「はあ……」 部屋に戻った私は、椅子に沈み込むと大きくため息をつきます。問題児たちの世話に手を焼くのは今に始まったことではありませんが、魔の手が自分に及んだのはなかなかの新鮮さでした。 いらない鮮度です。 「傷一つ残さないっていうのは本当なんですよねえ……」 イングリットの蹴りを受けた左腕を眺めます。骨が折れてるかのような衝撃があったはずなのに、打ち身の一つもなく綺麗なもの。 他の場所を見ても、今じゃどこを斬られたのかもわかりません。丁寧に治してるというのは案外方便でもなかったのかも。 微妙に憎めないことしますね。 そう思っていると、扉から丁重な3回ノック。 「失礼致しますわ。イングリット様の治療が完了致しましたので、一応ご報告に参りましたのでございます」 返事をすると入ってきたのは小柄な木色をした少女、ジュリエッテでした。 少々言葉遣いが不自然なところはありますが、物腰穏やかで言うことも素直に聞いてくれるいい子です。 ヴァレリーの言を借りるなら、この子も何かコラプサーにいることでメリットを享受しているはずですが、その目的を聞いたことはありません。 案外世界平和、世界の救済という当初のお題目をそのまま信奉しているのかもしれないと思うと、心が痛みます。こんないい子を騙していたなんて。 「お疲れ様です。イングリットは何か言っていましたか?」 「レイラ様へは特に何も。ただ、今回は一言感謝を述べていただきましたわ。ぶっきらぼうでしたけれど」 へえ、それは。 イングリットも成長するものなのですね。 「ありがとうございます。今日はもう休んでもらって構いません。モンスターが大量発生でもしない限りは────あっ、ちょっと待ってください」 「?はい。どうしたのでございましょう」 「……………………………レイラお姉ちゃんと、言ってみてくれませんか?」 ポカンとした顔でこちらを見るジュリエッテ。きっと私もあんな顔をしていたのでしょう。 ですが口に出してしまった以上は仕方ありません。可能な限り平静を装っ言葉を待ちます。 ジュリエッテは数拍間を置いてから、おずおずを口を開きました。 「れ、レイラ、お姉ちゃん?」 「──────なるほど。もう大丈夫です」 「はあ……それでは失礼致しますわ」 唐突で意味不明な要求をされたからでしょう、首を捻りながらジュリエッテは去っていきました。 金属の軋む音を背にジュリエッテの姿が見えなくなると、私は今一度ため息をつきます。 ヴァレリーの言葉が今になって理解できてしまいました。 「確かにこれは、悪くありませんね……」