■2-1 息も絶え絶えの声:はぁ、ふぅ…。 乱暴な声:はっ、はっ、んっ…。 低い呻きと喘ぎが、汗と熱と張り詰めた筋肉に満ちた空間の中で響く。 乱暴な声:ここ…硬くなってきてるな。 息も絶え絶えの声:んっ、んんんっ! 乱暴な声:おいおい、びしょ濡れじゃねぇか。最高だぜ…。 息も絶え絶えの声:も、もう我慢できない…!んんっ! 乱暴な声:ダメだ。最後までするって言っただろ? お前が俺に頼んだんだ。もう後戻りはできねぇぞ? 息も絶え絶えの声:んんっ…あっ、ああっ! 虎獣人:はっ、はっ。 兎獣人:そうだ、その調子!もう1回!あと1回! 虎獣人:うおおおおっ! 兎獣人:よくやった!すごいぞ、またデカくなったな! Flybo:…。 そうか、これがフィットネスってやつか…。 有機生命体って大変なんだな。オイルを差すだけじゃダメなのか。 剛久:うん、そう、その調子。完璧なフォームだ。ベンチプレスにはこういう力の入れ方が必要なんだ。 Flyboちゃん、ようやくこのムキムキマッスル・フィットネスクラブでウォーミングアップする気になったのか? 背中を鍛えてみないか?飛行能力が上がるかもよ? Flybo:…。 機械が鍛えて飛行システムをアップグレードできるわけがねぇだろ!? 剛久:いてっ! Flybo:もし俺が近距離エネルギーデータを剛久から集める必要がなかったら、汗とフェロモンまみれの筋肉野郎の穴ぐらになんて転がり込んでねぇんだよ! 剛久:筋肉と汗とフェロモンまみれ、か。その通りだな。でもこのムキムキマッスル・ジムはそれだけじゃないんだぜ。どういうことか知りたいか? Flybo:メモリの節約のために、その宣伝文句を聞くのは拒否する。もう5回も聞いたんだが。 剛久:ムキムキマッスル・ジムは猛漢町で最高のトレーニング施設だ。リフティング、有酸素、マッサージ、栄養指導…俺たちはあらゆるタイプのトレーニングを提供してるんだ。ここで全部が完結する。 戦略的に練り込まれた俺たちのトレーニングシステムは全メンバーを虜にする。さあ、公式アプリをダウンロードして今すぐ入会… Flybo:…今すぐ入会して一週間の無料体験をしよう!だろ。 そういう話をしてるんじゃねえんだよ。 体を鍛えるんじゃなくて、むしろ俺は例の不思議な力を鍛えてほしいわけ。 あのコウモリが「猛漢町は始まりにすぎない」って言ってただろ。 解析によれば、コウモリとその裏にいる誰かはもっとデカい何かを企んでるみたいだ。 これを無視して、WOOFIA全体が猛漢町みてえに襲われたとしたら、世界の終わりだぞ。 何が起こってもいいように、例の緑色の力を使いこなせるようになることをマジにおすすめするぜ。なるはやで、な。 剛久:気楽に行こうぜ、ゼリーはあれからトラブルを起こしてないんだし。 考えてもみろよ。もしかしたらゼリーの発情期か何かに巻き込まれただけかもしれないだろ? イケてる俺があの日事件を解決してから、住民たちはみんな元に戻ったんだし。もしWOOFIAの別な場所で同じようなことが起こっても、俺たちなら楽勝だろ! だから落ち着けよ、Flybo。 イライラしてないで、俺たちいっしょにウェイトリフティングしようぜ? Flybo:ウェイトトレーニングとメンテナンスだったら、俺はメンテナンスを選ぶぜ。 例のコウモリがまた猛漢町を襲ったら、とか考えないのか? 剛久:うーん…君は猛漢町を侮ってるな。 WOOFIAのバックには大資本が控えてるんだ。NTU、北境商業連合がな。 NTUの技術と資金で、この前の襲撃の後、防衛システムは即座に整備された。これはWOOFIA最高の軍事水準だよ。 もし超巨大ゼリーが大量に押し寄せてきたって、猛漢町は払いのけられるだろうな。 Flybo:ただの観光都市なのに、軍事レベルの防衛力を持ってるのか。 猛漢町にしてもNTUにしても、あり得ないくらいの資金力があるんだな。 剛久:わかった?だから心配ないって。 今は時間があるから、一週間無料トレーニングプランを考えてやろうか?新入りさん。 どれ、もっとよく飛べるようになるためには背中を鍛えて、コア部分のために必要なのは毎日の…。 Flybo:俺の背中には筋肉なんてねぇよ。これはターボ推進だ。 剛久:おお、Flyboちゃんやっと入会してくれんの? Jeffery:俺のダンスレッスンはすぐ埋まっちゃうよ。受けたいなら早く入会しろよな。 Flybo:俺が…ダンス? 剛久:あっ、jeffery!おはよう! Jeffery:2人ともおはよう!今日もカスタム高プロテインシェイク日和だ。 ゼリー騒動の話してたけど、カフカの回復は順調だったんだろ? 何日も休まずに剛久を置いて出ていって、征嵐倭国の登山ルートに挑戦しに行ったって聞いたけど。 剛久:ううっ…その話はするなってば。 だけどしょうがない。ロッククライミングがカフカの本当の恋人ってことだからな。 Jeffery:確かにな。 あ、そのままお喋りしてていいぞ。俺はプロテインシェイクを混ぜに行くから。タンパク質吸収のゴールデンタイムを逃しちまうからな。 あれ…? 剛久:えっ? Jeffery:なんで!?あり得ない! ちょっと待って、配達日は、ストックは…。 ええええ!? 剛久:Jeffery!どうしたんだ? Jeffery:最悪だ…。 これは猛漢町が直面する、この前の事件以来の最大の危機だ…! ■2-4 Jeffery:これは猛漢町が直面する、この前の事件以来の最大の危機だ…! 剛久:なんだって!?どういうことだ…? Jeffery:プロテインのストックが…完全に切れてる! 剛久:!! 館内放送:皆様、注意してください。レベル1アラートが発令。レベル1アラートが発令。 警報が鳴り響き、警告灯が光った。瞬時にジムに緊張が走る中、緊急事態を告げる真紅の灯りが光っていた。 剛久:マジかよ…? Jeffery:調べた限り、これはムキムキマッスルジムだけじゃない…。 猛漢町全体でプロテインがなくなってる! 剛久:いや、なんで!? ジム会員A:ありえねえ! ジム内に混乱が巻き起こった。嘆きと叫びが響き渡った。 ジム会員B:じゃ、じゃあ、どうやって筋肉に栄養を与えればいいんだよ!? ジム会員C:俺の筋トレルーチンに…プロテインがないなんて…そんな不完全…うわああああ…! 剛久:俺たちいつもしっかり、大量に荷物を受け取ってるはずだよな?どうしてこんなことに!? トイレットペーパーの奪い合いや卵の買い溜め騒動みたいだ。今度はプロテインってわけかよ!? Jeffery:業者に確認したら、ダロー牧場の牛乳生産がおかしくなってるらしい。そのせいでプロテインの生産ラインもめちゃくちゃになってるんだってさ。 剛久:どうして!?ダロー牧場って安定した高品質の牛乳生産で有名なのに…一体全体何が起こったんだよ? ジム会員D:お…俺たちはどうやって生きてけばいいんだよ!? ジム会員E:俺の目の前で世界が崩壊していくみたいだ…! Jeffery:ん?待てよ、これって…。 剛久:ちょっ、まだ何か悪いニュースがあるのか!? Jeffery:そうじゃない、聞けよ剛久。 信頼できる情報筋によれば、ダロー牧場の牛乳問題は、牛獣人たちが奇妙な集団スランプに陥ったことに端を発してるみたいだが、この明確な原因はわからないらしい。 どこかで聞いたような話だと思わないか? 剛久:つまりこれって…。 パディやカフカに起こったのと同じ…!? Flybo:統計によれば、76.59%の確率で猛漢町を襲った事件と同じことがダロー牧場でも起こった可能性あり。 剛久、だから例の力を鍛えろって言ったんだ。 今がその力を使うときだ。 剛久:…わかった。 みんな!落ち着け! 今すぐダロー牧場に行ってこの問題を解決してくる! Flybo:ビーッ? 剛久:プロテインシェイクをいっぱい持って帰ってきてやるよ。待ってな! ジム会員B:剛久さまバンザイ! ジム会員A:頼りにしてるぞ、無事帰って来いよ! Jeffery:剛久、全部はお前にかかってるよ! Flybo:ビーッ…? 毎日ずっと3回はしつこく言って聞かせてたのに、聞く耳持たなかったよな。 なのにプロテインが切れたからって、急にやる気になりやがって! 有機生命体ってタンパク質が欠乏しないと存在の危機に直面しないってことか? 剛久はジムのドアから思いっきり飛び出していった。日光が降り注ぎ、風が彼の汗に濡れた髪を波立たせた。 剛久:Flybo、君にはわからないのか? ジム野郎にとって… 筋肉の成長が妨げられるようになったら…それこそが世界の終わりなんだよ! ■2-7 Flybo:採取したサンプルによれば、このエリアの空気は俺がWOOFIAに来てから一番新鮮だぜ。 猛漢町みたいな汗臭い場所よりもずっと、人間が生きやすい場所だ。 あんな汗でショートしちまうような場所には帰りたくねぇぜ…。 剛久:猛漢町はそこまで悪くはねぇよ…。 Flybo:いいや、最悪だね。 剛久:あのゾクゾクするような乳酸の蓄積を感じ取れないなんて、かわいそ。 Flybo:データベースによれば、乳酸の蓄積は筋肉痛を悪化させるそうだ。マッサージや休息が回復を促進し…。 剛久:もういい、やめろ、やめろ!そんなこと分かってるって!説明しなくていいよ。 Flybo:解説モード、終了。 剛久:ふぅ、試験勉強の悪夢が蘇るところだったぜ…。 Flybo:ともかく、WOOFIAの全体が猛漢町みたいにハイテク都市なのかと思ってた。 電車でちょっと行けばこんなに自然に近い場所があるとはな。 剛久:WOOFIA全土にはそれぞれの雰囲気があるんだ。猛漢町はハデな夜とスポーツ関連ビジネスで有名だけど。 Rodney火山島は自然の資源が豊富で、東黎市はポップ・カルチャーを牽引してる、などなど。 猛漢町の後援者の北境商業連合も最高だ。この連合は地域を超えた大資本なんだ。 ここ、ダロー牧場も、そのNTUの傘下なんだぜ。 Flybo:ああ、例の胡散臭さ満載の組織か。 剛久:胡散臭くはねぇよ!?さっき乗った超特急があっただろ?あれもNTUの大プロジェクトの一環だ。あの列車のおかげでどこにだって行けるし、駅弁は最高だ。 Flybo:速さで言えば、俺の最高速度はマッハ20だから、あんな電車はそれには及ばねぇな。 でもそんなに飛ばしたらバッテリーの消耗が激しいから、目的地に着いたら省電力モードになっちまう。使えるのは緊急時だけだ。 剛久:うーん、よくわからねぇな…。 Flybo:わからない?大丈夫だ、解説モードを…。 剛久:次の機会でいいよ、もう目的地に着いたんだから! Flybo:わざわざ解説モードを起動したのに…。 Flybo:ビーッ、ブーッ!? 圧倒的な存在感を放つ、そびえ立つ石造りの門を前にして、彼らは目をしばたかせた。この門の壁は両脇に数キロも伸びている。 この迷宮のような建物の中央部は空高くそびえていた。つまりこの現代的な建物は台形になっており、その頂点には陽光に煌めく黄金の牛の像が冠されている。 この建物の頂点の光とは対照的に、石造りの門と壁の間から見えるのは古代の迷宮のような構造だった。そこから寒々しい風が吹き抜けてくる。 Flybo:こんな外観、データベースにある「牧場」の概要と適合しないんだが? 剛久:ダロー牧場のオーナーは、牧場全体をこの迷宮の中に移し替えたって聞いた。牛乳生産の秘密を守るために、な。 Flybo:牛乳の生産にどんな秘密があるって言うんだ? 他の怪しい理由を検知。 剛久:それだけじゃない。この迷宮にはもっと逸話があって…。 昔々、ここには野蛮な人食いミノタウロスがいたらしいんだ。 Flybo:ビーッ…? 剛久:ミノタウロスは毎週2人の生贄を要求した。でないと村人全員を食い尽くすって。 それで捧げものとして送られた人はどうなったと思う?誰も生きて戻ることはなかったって…。 ???:モォ〜、おめぇら2人が今回の生贄か…? Flybo:ビーーーーッ!俺の隣のこの剛久ってやつの方が美味いぞ!こいつを食え! 剛久:ちょっ、なんで!? どけよFlybo! Flybo:うわああああ! 剛久:牛だか豚だかの化け物め、受けてみろ!Mikeroo直伝、古代カンガルー拳!! はあああ!食らえっ!! ■2-9 剛久:うおっ!?この化け物の皮、すげぇ硬ぇぞ! ???:ふーん、へへへ…いいパンチだ。生きの良いお客様だぜ。 落ち着いてよく見ると、「ミノタウロス」呼ばわりされていたのは長身で逞しい体躯の牛獣人で、彼の筋肉ははち切れんばかりだった。 この牛獣人の堂々とした出で立ちを見て、2人は数秒固まっていたが、牛獣人の笑い声がこの緊張を解いた。 ダラワン:ハッハッハ!すまねぇ、おめぇら2人がこの迷宮の昔話をしていたのを聞いちまったもんだから、つい悪ふざけしたくなっちまった。 おめぇら、うちの牡牛ミルクの生産障害について電話で聞いてきたヤツらだろ? 俺はダラワン。ダロー牧場のオーナーだ。 Flybo:は、はい、それ俺たちです。どうも! ダラワン:いいぞ、元気のいいヤツだ。入れ。 Flybo:すみません…。 石造りの古代めいた雰囲気にも関わらず、迷宮の内部は清潔で管理が行き届いていた。 ここは現代的な建物であり、ハイテクなスポーツ・レジャー施設もあったので、剛久は古代にタイムスリップしたような気持ちにはかろうじてならなかった。 ダラワン:見ての通り、俺は迷宮内に色んな施設を作ったんだ。 ここから離れなくとも、ダロー牧場の従業員は豊かで楽しい生活が送れるってわけだ。 俺のためにミルクを生産してくれる従業員だ、福利厚生の充実は譲れねぇ。 ハァ、ハァ…。 俺がこの高い基準を維持したおかげで、NTU従業員幸福度ランキングでダロー牧場は3年連続1位を獲得したんだ。 最高純度の雪解け水、草、空気、健康状態も大事だな。ハァ、ハァ…。 剛久:休憩しませんか?息が切れてるようですけど…。 ダラワン:ふぅ…ハッハッハ!坊主、俺たち牛獣人を侮るんじゃねぇぜ。こんな散歩で息切れするわけねぇよ。 これは俺が試してる歩行呼吸法ってだけだ。代謝を促進して健康にもいいんだ、モォ〜。 剛久:へぇ…なら良いですが。 Flybo:データベースによると、ここにある施設はすべてスポーツ関連のようですが…? ダラワン:そうだ。 俺の仕事のモットーは「完璧なミルクは…」 剛久:「完璧な肉体から」ですね! ダラワン:ふむ、坊主、わかってるじゃねぇか。 剛久:もちろん。ムキムキマッスルジムでは何年もあなたの牧場についての研修を行っていますから! ダロー牧場の牛獣人の肉体は全WOOFIA最高だって俺が保証しますよ! ダラワン:ハッハッハ! ダラワンの笑い声は迷宮の高い壁に響き渡ったが、それはまるで迷宮内部に獰猛なミノタウロスが潜んでいるかのような雰囲気を醸し出していた。 ダラワン:ハッハ…ゲホッ、ゲホッ。おめぇの素直さは好きだぜ。 でもなんで俺の目じゃなくて乳首ばっかり見て話すんだ? 剛久:あっ…? 近寄ってみると、強く濃厚で、クラクラするような牡牛ミルクの香りがダラワンの逞しい胸から漂っていた。 剛久:…。 あっ、すみません! えっと、で、なんで俺がここに来たかと言うとですね…。最高の牛獣人たちに何があって、彼らは牡牛ミルクをだせなくなってしまったんですか? ダラワン:ダロー牧場についての基本的なことを知っても、その原因がそこにあるとは思えねぇだろ? おめぇら2人がこれから見るものは、ダロー牧場の評判を台無しにするかもしれねぇ。部外者には一言も漏らさねぇと誓ってくれ。 剛久:もちろん心配ご無用ですよ! Flybo:了解。ダロー牧場はレベル2の機密情報に分類。 ダラワン:ってことで、こっちだ。