ヘルガルモンがヴァーミリモンの放った火球を相殺したのを見て、三幸は大きく息を吸って、吐く。ぶつかり合いは勝てない。ハウリングバーストは硬い体に通じない。だが、傷はつけることが出来た。 戦いの熱で煮え始めた思考を、呼吸と右頬の傷の痛みが冷やしていく。まだ落ち着いている。自分にそう言い聞かせヘルガルモンを横目で見ると、魔狼が振り向いた。 「心配するな!オレはああいうのとやり合わずに戦うのは得意だったからな!」 自嘲交じりの鼓舞を、三幸は笑わずに受け止めると、鎧竜の側面についた傷に目をやった (崩すならあの手段……あの、手段?) 閃いた感覚もなく、まるで今まで何度もしてきた事のような策が突如として思考に現れ、その違和感に三幸は困惑したが、すぐにそれを振り払った。 (やった覚えも無い事がなんで……でも、やる価値はある!) 叫んだヴァーミリモンが、勢いをつけて突撃を始めた。まともに迎え撃つと負ける。直前の思考と身構えるヘルガルモンの姿から、すべきことが一気に繋がり、三幸は反射的に叫んだ。 「ヘルガルモン!ハウリングバースト!まず崩しましょう!」 魔狼が放った爆風炎は、砂煙を巻き上げ進む鎧竜の足元を蹌踉めかせ、勢いを削いだ。地に触れて爆ぜた赤黒い地獄の炎の中へ魔狼は迷わず飛び込み、炎の中から巨腕を振り上げ、ヴァーミリモンの頭部を押さえつける。 ヴァーミリモンにはその圧を即座に跳ね返せず、歯を軋ませてじわじわ押し返していく。ヘルガルモンは即座に反対の腕で、側面の傷に爪を突き刺した。 激痛からヴァーミリモンが絶叫と共に更に激しく抵抗し、ヘルガルモンもうめき声を漏らしながら、全力で暴れる鎧竜を抑え続ける。 「ミユキ!デジコア焼却までは抑えられんぞ!」 腕を震わせながらのパートナーの言葉に、三幸は鞴で風を送り込むように、炎の源となるデジヴァイスへ、力を送り込んだ。 「なら!一気に焼き切る!!」 魔狼は纏う炎を突き刺した爪へと収束させ、骨の体を露わにしたまま咆哮して応えた。 それからすぐ、大砲を放ったような爆発的な勢いで、体を覆っていた魔炎を鎧竜の体内へ流し込むと、流し込まれた魔炎は鎧竜の体内を四方八方から杭のように突き破り、即座に勝利判定が現れた。 その光景を引き起こした三幸は、背中に指で線を引かれたように這う異物感から、顔を伏せて呟いた。 「これ、本当に私が思いついたこと……?」 ──── 「なぁミユキ、今のは前から考えてたのか?」 「い、いえ……咄嗟の、思いつき、ですわ……」 VRゴーグルを掛けた三幸は、模擬戦とはいえ想像以上の惨事に遭わせた対戦相手に心中で謝ると、それを思いついた自分に、改めて違和感を覚えた。咄嗟の閃きでも考えていた事でもない。何度もやってきた手の一つのように、思考に表れた。 デジタルワールドに来てから13日目。ファングモンと喧嘩になった時はどうなるかと思ったが、どうにか仲直りを果たし、不思議と多少冷静になり調子も上がってきた。あれから2日、少なくとも究極体以外には、勝っている。 ふと、鳩尾を抑えつけられる感覚を覚えながら、真紅のデジヴァイスを見つめた。選ばれし子供、片桐篤人のかつての仲間が持っていた物、首に掛けた勇気の紋章の所持者のデジヴァイス。 ヒオキレイコ。性格も顔も知らない、漢字で名前をどう書くかも知らない。知っていることは名前から察する性別と、この二つを篤人に託して敵に討たれた事。 どんな人だった?そう思った直後、聞き慣れた足音に反射して、三幸はそれまでのことを思考の隅へと一気に押し込んだ。 「ずっと調子いいね犬童さん……とにかく、仲直りできて僕も、本当に良かったよ」 「ま、こいつが多少冷静になって、オレも多少物言えるようになったから、良しにしてるさ」 篤人から飲み物を受け取り、ファングモンと三幸は喧嘩になった時のことを思い返し苦笑いを浮かべながらストローに口をつける。口から喉を通る柑橘の酸味と冷たさが、頭の隅に追いやったヒオキレイコの話を呼び戻し、三幸はその話を聞こうとしたが、それより早くジャンクモンが口を開いた。 「ミユキちゃん、今確認したが……さっきのアレ、咄嗟に思いついたのか?」 「あ、あれは……その、出来そうだと思って」 「アレはレイコちゃん……その紋章とデジヴァイスの前の持ち主がよくやってたんだ」 ジャンクモンの言葉に、三幸は咄嗟に深紅の太陽が描かれた勇気の紋章を手に取り、内心穏やかではない気持ちを湧き上がらせた。 「デジモンが違うからやり方は違うけど……硬い相手にはさっきみたいに、内側から崩してたんだ。 僕もマネしようとしたけど、全然出来なかったんだ……すごいよ犬童さん」 顔を上げ、まだ気持ちが拭いきれていないまま笑う篤人を見て三幸は、何の根拠も理屈もないまま【女の直感】を働かせると、すぐに思い違いだとそれを引っ込め、消し去ろうとした。それでも、胸中に火種となって残ってしまった熱を、三幸は忘れて冷まそうとした。 「……犬童、さん?」 「ぎゃっ!……ぐ、具合悪いとかじゃなくて考え事です!!」 心配そうな篤人の言葉に三幸は肩をはね上げ、俯いていた自分に気がついた。ジャンクモンと篤人がお互いに顔を見合わせたのを見て、三幸はまた俯くも、何かを察したファングモンが三幸の踵を前足で軽く叩いた。 「聞けよ、はっきりさせとけ」 ファングモンの呆れ混ざりの小声に、気恥ずかしさから呻き、興味と火種の熱を消したい気持ちから、息を吸ってから篤人に向き直った。 「篤人さん!!ヒオキさんってどんなお方で「ようやく見つけた!君達が片桐篤人と犬童三幸だな!!」 言葉を遮られた三幸は、不満で一瞬眉を動かしてから振り返る。胸中の火種の熱は、ガシャガシャと重い金属音を鳴らし近づいてきた奇妙なデジモンの姿を見て、引いた。 檻の中で黒く蠢く金の瞳の何かから銃の取り付けられた腕に、戦っていたヴァーミリモンのような角、更に天使や悪魔の羽根まで生えたその姿に三幸は、なにこれ?とデジモン……生命体に向けるべきではない言葉を思い浮かべた。 「君は……?」 「我はミミックモン……いきなりで悪いが……我々を、助けて欲しい」 「依頼かな?それなら構わないけど……我々?」 「我にはテイマーがいるのだ……待ってくれ、いま引き出す」 三幸は、自分の胸の高さ程の檻のデジモンを訝しむと、ミミックモンから発された0と1の黒い霧はゆっくりと三幸と同じ背の高さの人間の形に変わると、そのまま輪郭を帯び、服が見え始め…やがて、褐色肌の少女が現れた。 「えっ!?人!?中身どうなってますの!?」 「ミミックモンはデジモンを捕まえて取り込む奴だ。人間も取り込んでも不思議じゃないぞ」 突然現れた人間に目を白黒させる三幸の足に、ファングモンは軽く手を当て落ち着くように促した。落ち着きを取り戻した。三幸は信じられないものを見る気持ちのまま瞬きをして、背丈もスタイルも自分と殆ど変わらない少女に目をやった。 三つ編みにした透明感のある金色の髪と宝石のような輝きの碧眼が、褐色の肌に映える少女は、折り目の少ない薄紫のチュニックと白いロングスカートは質の良さを感じさせ、その見た目と雰囲気は直感的に思い浮かぶ【お嬢様】に近いものがあった 三幸は、自分のくすんだえんじ色の髪や暗いブラウンの瞳を、まだ名前も知らない彼女の透明感のある髪や瞳と比べ、暗い羨望の芽生えを胸中に感じ、ほんの少しだけ、奥歯を軋ませた。 篤人の顔をちらりと見る。驚いた、というより、目を見開いて固まっている。それからすぐジャンクモンが彼を小突くと、ようやく我に返ったように慌てて目を白黒させた。ミミックモンの中から現れた少女は、当然の様に困惑か驚愕の二択となるアリーナの利用客の視線に気付き、微笑みながら小さく手を振り始め、やがてその視線と手が自分達にも向く。 子供っぽさと上品さを同居させたその仕草と表情に、三幸の胸中の暗い羨望が少しずつ、根を下ろしていく。そしてそれは、まだ名前も知らない彼女の仕草と視線を受けて肩を跳ね上がらせた後、ジャンクモンに再び小突かれ視線を逸らす篤人を見て、暗い羨望の根が焼き切れると同時に、焼き切った熱に任せて彼の尻を、蹴り飛ばしたくなった。 「……そろそろ話してくれ」 ミミックモンひ呆れた口調で窘められたお嬢様は、咳払いをした後に、ようやく口を開いた。 「Enchante」 発された言葉は、学校の授業で僅かに知った英語でも無かった。篤人もジャンクモンもファングモンも、流石に何を言ったか理解している様子は無く、取るべきリアクションすら分からないまま、黙って聞く事とした。 「Je m'appelle…………Mince」 こちらの様子に構わず和やかな声音で話す少女に、三幸は「I cannot speak English」と叫ぼうとしたが、何かに気付いた少女がスカートのポケットから桜色のデジヴァイスを取り出し、操作を始めると顔を一度伏せて再び話し始めた。 「ごめんなさい。翻訳機能を切ってたわ……初めまして。ワタシはソフィー・カンブルラン。ミミックモンのテイマーで……ワタシの言葉、日本語に聞こえてるかしら?」 バツの悪そうな顔でソフィーは三幸達にも通じる言葉で名乗ると、三幸は言葉が通じたことに安堵し、篤人は僅かに落ち着けない様子で「聞こえてるよ」とまだ硬い笑みで名乗り返し、三幸達もそれに続く。それにソフィーは安心した様子を見せた。 「……お前ら、どこから来たか?」 「こっからだと西から、そしてその前は……ここから更に北のサンドリモンの居城にいたの」 「……逃げてきたワケじゃ、ないみたいだな」 疑いの目を向けていたファングモンは、何かがあったと察して頷いた。 「ひと屋が関わっている話だから、君達を頼った……話を、聞いてくれないか」 「……まず、何をして欲しいか教えて」 篤人と三幸が表情を険しくしたまま頷くと、ミミックモンは目を閉じてから、本題に入った。 「我々と共に、灰かぶりの城へ向かって欲しい。 そしてサンドリモンを、助けて欲しいのだ」 ──── 「……よし!今日はここまで!」 灰色と色鮮やかなガラスで彩られた訓練場で、女が朗らかな声音で手を叩き本日の【舞闘会の予行演習】の終了を告げた。 その言葉の直後、神田颯乃はカラテンモンの進化を解く。両肩に重石のように伸し掛かった疲労を堪て、貸与された桜色のデジヴァイスをしまうと、膝に手をつき顔を俯け、荒くなった息を整えていく。 「お、おいハヤノ……大丈夫か……?」 「ぅ……心配ない。思ったより疲れただけだ」 カラテンモンから退化し、同じく息が荒いまま駆け寄るゴブリモンに視線を合わせ荒い息のまま話す颯乃に、訓練相手だったザンメツモンのテイマーの女もムシャモンに退化させ、ゆっくりと颯乃に近づいた。 「やりますね、神田さん。それにゴブリモンも」 サンドリモンの配下を名乗る生源寺というテイマーの柔らかくも事務的に口調に、颯乃が頭を上げる前に、ゴブリモンが生源寺に早足で近づいた。 「だろ!?なぁ、一回くらい俺とお茶し「ゴブリモン。」 いつもの癖を出したパートナーを颯乃は、低い声で咎め、ゴブリモンは怯みながら渋々と引き下がった。 頭を上げた颯乃は「私のパートナーがすみません」とだけ小声で謝ると、拒否を示すように目を細めていた生源寺は「お気になさらず」と、目を細めたまま返した。 「……サンドリモンはいつ、帰ってきますか?」 「拙者共は王子様候補を鍛え上げろと申された迄でな。何も知らぬ」 質問に身動ぎ一つせず返したムシャモンの言葉の後に、颯乃は各々の足取りで訓練場から去っていく人間とデジモンを見渡していた。 「いつ帰ってくるかはこの際いいがよ?わざわざパートナーのいない人間とデジモンを組ませてまで訓練させるか?そいつは送り返せよ」 「瑠璃も玻璃も照らせば光る。というでしょう。招待状が反応した時点で素質ありということです」 半歩前に出たゴブリモンが問い詰めたが、取りつく島もない様子の生源寺に向かい、颯乃も更に一歩踏み出し、目を細めて見据えた。 「……素質のある者は、招待状を偽装してでも集めろと?」 「……一体なんの話です?」 「シラを切るんじゃ…「はい、そこまで!」 苛立ちを隠さずゴブリモンが大股で前に歩み出た瞬間、グレーの事務服を着た鳥谷部という女が、細い垂れ目で申し訳なさそうに割って入った。 「神田さんもゴブリモンも疲れたでしょ?一旦、夕飯まで休んでて?」 優しげな声音の目の中に、首筋に垂れた巨大な氷柱のような圧を颯乃は感じたが、怯む様子もなく軽く頭を下げた。 「え?いいのかハヤノ?随分あっさり……」 「いいんだゴブリモン、時間の無駄だ」 颯乃は重い足取りのまま、慌てて駆け寄るゴブリモンや他の「王子様候補」達と共に割り当てられた部屋へと戻った。 ──── 「随分、怪しい所に転送されたなゴブリモン」 居室に着いた颯乃は灰色のベッドに腰かけ、ため息と共に窓の外を見る。夕焼けが岩肌と雪原を暗く照らす白と灰色の世界を、何をする訳でもなくしばらく眺めていた。 「あの姉ちゃん達、サンドリモンの手下かも怪しいぜ。あいつなら強引に引っ張ってきそうなモンなのに偽装なんて狡いマネするか……?」 石造りの石に座るゴブリモンに相槌を返し、颯乃は経緯を思い返す。二日前に自分達が居たデジタルワールドは、このデジタルワールド・バロッコと重なった。ダークエリアにある勢力が動いていると悪い噂も聞き、仲間と共に相応に注意を払っていたが、立ち上がるために切り株に手をつけると、それがまさかのサンドリモンの招待状で、転送されてしまった。 それから、サンドリモンの配下と名乗る女テイマー達に王子様候補と認定され、桜色のD3を渡された。機能に問題は無いが、使う度に背中から力が引き抜かれるように消耗してしまうのだ。 幸か不幸か、仲間の手にある自分のディーアークの位置情報から、助けは望める。だが、同じように招待状に触れた人間やデジモンを、そのままには出来ない。 二人の配下らしきテイマーのいないデジモン達はともかく、まだ力を隠しているように思える鳥谷部と生源寺は、自分を含めて現在5人居る王子様候補全員で挑んでも、かなり分が悪い。理由も分からないままデジモンと組まされた者もいる以上、打ち倒して逃げる選択肢はまだ取るべきではない。 颯乃は待つことを選んだが、歯痒さと先行きの不安、日々の演習とそれに伴い利用するこの怪しいデジヴァイスに力を奪われるような感覚に、支柱をノミで削れていく心地で過ごしていた。 「心配するな……は、違うか。でも、堪える所って決めたろ?」 「分かっているさ。でもな……」 「なぁに、ここの演習なんて、ハヤノの稽古に比べたらぬるいモンだよ」 あくまでおどける仕草の、それでも疲れはあるゴブリモンの様子を見て、颯乃は少し悩むと、わざと意地の悪そうな笑みを見せることにした。 「なら食事が終わったら、追加で稽古と行くか」 「ぐげぇっ!さ、流石にそんな冗談はよしてくれよ!!」 「ああ冗談だ……すまないゴブリモン、ここが堪え時なのは本当のことだ」 「心配すんな。飯は美味いし、しっかり食わせてくれるからな、鳥谷部って小綺麗なオバサン。 それに生源寺の姉ちゃんとか美人も多…ふがっ……」 椅子から降り拳を握って語るゴブリモンに近づいた颯乃は、呆れた様子で彼の鼻を摘む。そして少ししてから、食堂に向かうためゴブリモンと共に部屋を出た。 ──── 「ワタシはフランスで暮らしてたのだけど、学校帰りに……これくらいの黒い塊を拾ったら渦に呑まれて……気づいたら捕まってたの」 翌日、山間の道を歩みながらソフィーは路傍の石を顔の近くまで掲げ、放り投げる。篤人が「僕と同じか」と呟いたのを聞き、三幸も自分はどうだったか思い返すが、何故か覚えが全く出てこず、一瞬眉を顰めてそのまま話を聞くことにした。 「それから一気にいろんなことあったけど……最終的にミミックモンに助けてもらってね?西の方の集落で暮らしてたの」 「だがある日、ソフィーがサンドリモンの招待状を拾ってしまい、灰かぶりの城に飛ばされたのが話の始まりでな……我は終わったと思ったぞ」 その後の日々も含め、大変だったことは想像出来る口ぶりと遠い目のソフィーとミミックモンに、三幸は出発前にソフィーや篤人達から受けた説明を思い返す。 デジタルワールド・バロッコの東西南北には各地を治めるデジモンがおり、北はサンドリモンが居を構えている。自分を打ち負かす【王子様】を求め、あちこちからテイマーやデジモンを集めていること。それを聞いた三幸が幼少の頃憧れたシンデレラ像がまるでガラスのように砕け散った。 (まさか、こんな感じのが4体も……?) 世界そのものへ不安を覚える三幸に構うことなく、ミミックモンは話を続けた。 「しばらくは灰かぶりの城で、スパルタでしごかれながら過ごしていたぞ。 だが4日ほど前、突然サンドリモンにひと屋が来ると言われ、他の人間やデジモン共々、路銀を持たされ放り出されたのだ」 「全く、失礼しちゃうわ。敵ならワタシも戦うって言ったのに、問答無用で追い出したのよ?」 「だから戦うために僕達……生き残った選ばれし子供とその仲間を探しにきたってことだよね?」 頬を膨らませ不満気に語るソフィーは、篤人の真剣な目に顔を一瞬背けると、「Tout fait」と顎に指を添えウインクして答えると、篤人が少し顔を赤くして、慌てて顔を背けた。それを見た三幸は、また暗い熱が宿り始めたのを、抑え込んだ。 「な、なァ……聞く限りソフィーちゃんには悪いが……強引で話を聞かない奴に思えるぞ?」 「でしょ?でも彼女、人の保護もして、未熟なテイマーやデジモンには戦い方を叩き込んでたの。いずれ王子様に相応しくなればヨシって」 「王子様は我もソフィーも御免被るが……こうなったならば、黙って逃げたままは嫌でな」 「……アツトの言う通りってことか」 ジャンクモンの言葉に、ミミックモンが目を伏せて短く返した。その言葉に三幸もすぐ納得すると、篤人が「やっぱりか」と小さく呟いたのが、三幸に聞こえた。 「Rendre la pareille……これはサンドリモンへのお返しで、ワタシを攫った連中への仕返しよ。 勿論、一人じゃ出来ないことなんだけど」 力なく笑って語るソフィーの声音に、初めて強い感情が宿っていることを三幸は察して、頷いた。 出発から3時間、晴天は曇り空へ変わり木々の目立たない地肌の山が目立ち始めた。三幸が時間を確認すると11時頃。もう少しでつく。そう考え三幸は重くなり始めた足で進んでいると、前触れもなく身を切るような冷たい風を肌に受け、三幸は寒さからほぼ無意識で、ファングモンを見た。 「おい何見てやが……やめろ!離せ!」 何かを察したファングモンが半歩後ずさるも、三幸は有無を言わせずパートナーを抱きかかえた。暴れるファングモンに構わず、その細長い身体と赤い毛皮で暖を取る三幸を、ソフィーはにこやかに、篤人は困惑しながら眺めていると、首に冷たいものを感じて三幸は空を見上げた。陽光の閉ざされた灰色の空から、白い何かがゆっくりと降り、自分の身体に触れてはすぐに溶け消えていく。 「火山灰か?」 「……雪ですわ、これ」 諦め顔で抱えられたファングモンの話に、冷たさから首に手を触れた三幸は顔を顰めたまま、再び歩き始めた。 それなら乾いた向かい風とそれに乗る細かな雪を体に受け、一行は風の冷たさに耐えかねて視線を時折を落としつつ、あちこちに土や石の混ざった雪が積もり始めた山道を進んでいく。 「ねぇミミックモン!僕はここまで来たことないけど……こういう場所!?」 「雪など降らん!我らがここを離れたのは4日前だぞ!?何があったか聞きたいのは我もだ!!」 目を覆い声を張り上げる篤人に、ミミックモンは困惑と否定を示す。一度向かい風が止まり、三幸が顔を上げた視界に映ったのは、黒い地肌や火山灰の灰色で彩られ、火口から煙を噴き上げる火山ではなく、曇り空がその白さや僅かに残る岩肌を暗く照らす、雪の山。 「ソフィーさん?あの山が目的地ですわよね?」 「……違って欲しい?でも残念。あそこよ」 デジヴァイスの画面を示したソフィーはただ、変貌した雪山を睨みつけ、何も言わずに歩を進めた。 ──── 篤人達は集落に到着してすぐ、住民のデジモンから話を聞き回った、3日前にムシャモンとシーチューモンを連れた女のテイマー二人が山に入り、それから雪が降り始めた事、そして未だに招待状が配られている事を住民から聞き、ひとまず宿のロビーに集まり、テーブルを囲んだ。 「招待状が配られてるなら……サンドリモンを生かす価値があるってことのはずよ」 「ひとまず、生きてると思っていいようだな」 サンドリモンの生存を示唆する情報にソフィーとミミックモンが、胸を撫で下ろす。ストーブから発された橙の熱が、暗めに塗装された木材を僅かに照らすロビーには、主に寒冷地に適応したデジモンが集まっていた。本来生息していたデジモンの大半は、急激に変わった環境を避け別の地域に移ったと住民が話していたことを篤人は思い出すと、すぐ記憶の片隅に放り込んだ。 「問題はここからだ。まずテイマーが二人は確実に居る。多分そのうちの一人は、鳥谷部だな」 「このためにじゃないですが……アリーナでしっかり鍛えてきましたもの!リベンジですわよ!」 「やる気満々だなミユキちゃん……にしても、また生源寺とやりあうのかよ……」 「皆と協力して勝てたけど、パートナーを仕留めた訳じゃないしね。勝てる保証は無い相手だよ」 思い思い、城に居ると思われる敵のテイマーの整理をすると、ミミックモンが苦々しく口を開いた 「まずは残念な情報だが……空から攻めたいが、飛んでいたデジモンが突然退化して墜落しかけたとも聞いた。多分、デストロモンで移動は出来ぬ」 「……ってこと、山に登るしか無いのか」 山登り。その答えに空気が重くなり始めた瞬間、入り口から冷たい風が入り込んだ。急な風に篤人が思わず入り口に視線をやると、来客らしいブルコモンを連れた少女がこちらを一瞥して、通り過ぎた。 篤人もただ、テイマーが来た。それだけ思った瞬間、煙のように現れた考えを反射的に口走った。 「招待状を見つけて、深夜に奇襲をかけるのは?」 「あっ!そうすれば山に登らなくても……」 篤人の提案に三幸が手を打って期待の色を目に見せたが、ミミックモンは「悪い手ではないが」と未だ苦い声音で前置して、腕を組みながら目を細めた。 「ここに着くまでに招待状は無かった故、近隣には意図的に配ってないのかもしれぬぞ」 「なら……あったらラッキー、くらいかな。探すのに時間かける訳にもいかないしね」 「……多分、山登りは避けられないな。相当大変だぞこれは」 ファングモンの沈んだ声音に、ソフィーが苦笑いを浮かべながら立ち上がった。 「山登りは織り込み済み。あ、終わったら灰かぶりの城に一泊して、スキーを楽しんでから下山する予定よ?」 「ソフィー。我はスキー無理だからソリで」 あくまで冗談めかしたソフィーとミミックモンの言葉に、苦しい見通しが少しだけ和らぎ、三幸もまだ硬さが残しつつ、楽しげな笑みを浮かべ、それに釣られて篤人も柔らかい表情を浮かべた。 「僕はスキーもスノボーも出来ないから、雪だるまでも作ってるよソフィーさん」 「ここで笑って返せる貴方達となら、きっとやれるわよ……さて」 それからソフィーがデジヴァイスで時刻を確認すると、リュックから袋に包まれたパンを、デジヴァイスからマグカップを取り出した。 「そろそろ休みましょ?本当はショコラ・ショーを淹れてあげたいけど……今日のところは粉末のカフェオレで我慢して?」 「ソフィーさん……そのパンはどこで?」 「灰かぶりの城に居た時に作ったのよ。日持ちはする奴だから安心して食べ「貴様ー!本気で言っておるのではなかろうな!?」 急な怒鳴り声に篤人達な一斉に振り返ると、ロビーの一角で、先程通り過ぎた少女とブルコモン、そして赤い除雪機のようなデジモンフが、剣呑な雰囲気で言い合っており、周囲のデジモンが慌てて距離を取っていた。 「いや、さ……おれ達はおれ達でちゃんと対策はあるからってさっきも言ったよな……?」 「ならんならん!そんな用意で雪山に入ることなど!このフロゾモンが絶対に許さーん!!」 「話聞いてって!友達が灰かぶりの城にいるの! 行かないと友達がどうなるか、分からないの!!」 「……ファングモン、あの除雪機みたいなデジモンは?」 「フロゾモンだ。雪の降る所には大概いて、救助のためなら誰にでも容赦しないやつ」 むず痒そうな細目で喧騒を眺めるファングモンの返答に、三幸は相槌を返して、聞こえたやり取りを思案し、ゆっくり立ち上がった。 「あの人も城に行きたいようですし……声、かけてみません?」 「だな。もし一緒に来てくれるなら願ったり叶ったりだ」 三幸とファングモンが動くに続いて、篤人とジャンクモンが立ち上がろうとした所、ソフィーか手で制し、顎に人差し指を添えて笑った。 「それならワタシに任せて頂戴。スマートに解決してみせるわ……ミミックモン」 「うむ。我らに任せよ……よし。これにしようか」 ミミックモンのデッドリーガンへ檻の暗い霧が送り込まれると、それは瞬く間にバチリバチリと激しい音を掻き鳴らし、青白い電光が走り始めた。 「ちょっ…ソフィーさん!それじゃスマートじゃなくてスパークで解決!」 「一発で大人しく出来るから、一番スマートよ……ミミックモン、tir」 「プラズマクラック…ロード……デットリーガン!」 慌てて制止に入る三幸に構わずソフィーは指でピストルを作ると、悪戯な笑みを浮かべなからの撃つ仕草と号令に応えたミミックモンは、フロゾモンに向けて青白い稲妻を放った。 「貴様ー!それでも行くというのならば吾輩がこの場で叩きのグワーッ!?」 突如稲妻を浴び硬直したフロゾモンに仰天した少女とブルコモンは、恐る恐るプラズマが飛んできた方向を振り返る。視線の先でソフィーは口に人差し指を当て「お静かに」と片目を閉じたジェスチャーを見せた。少女達は心の底から何かを言いたげな視線に構わず、 「あなた達も押し問答よりカフェオレはいかが?」 「誰ェ!?というか何てことをしたのぉ!?」 ──── 「温か……甘……うん。落ち着いてきた。ありがとう……あと、ごめんねフロゾモン」 「全くである!……そこの貴様!よくも吾輩に電撃を浴びせてくれたな!?だが今回はこのパン・オ・ショコラとやらで見逃してやろう!!」 「此奴、割と現金だなソフィー」 篤人達の元で湯気の立つカフェオレの温かみから安堵を漏らした少女は一度、フロゾモンに小さく頭を下げる。それをフロゾモンは受け入れ、すぐに電撃を浴びせたソフィーに向けて声を荒げるが、怒りはあっという間に引っ込めた様子で、手渡されたパンを口に放り込むと、そのまま顔を表情を緩ませた。 ひとまず落ち着いたと判断した篤人達が順々に少女とブルコモンに名乗ると、少女は咀嚼中のクロワッサンを飲み込んだ。 「わたしは霜桐雪奈でこの子はパートナーのブルコモン」 「よろしく……聞こえたかもしれんが、おれ達も灰かぶりの城に行きたくてな」 「それは私達もですが……霜桐さんは何故?」 三幸の問い掛けに、雪奈は一息おいて鞄から篤人達には見慣れないデジヴァイスを取り出すと、少し顔を俯けながら話を始めた。 「これ友達の……神田颯乃って子のディーアークなんだけど、切り株に偽装された招待状に触れちゃってさ……」 雪奈の発言に、ソフィーが僅かに表情を固くした。 「招待状の偽装?サンドリモンはそんなマネして人を集めないわよ」 「我々は4日前に灰かぶりの城から逃げてきて、そこの二人に助けを求めたのだが……君達の友達はいつ転送された?」 「二日前だよ。あたし達は別のデジタルワールドに居たけど、ここと重なっちゃって なんか……色々危ない噂がある場所みたいだから、気を付けてたつもりなんだけどなぁ……」 手で顔を覆い後悔する雪奈に、カフェオレを飲み干した三幸が、優しげな声音で話しかけた。 「霜桐さん。私達も灰かぶりの城に行きたくて……まず、招待状を探してるのですが……」 「……あたしも同じこと考えて東の方から来たんだけど……全然無かった……」 顔から手を離し、目に期待の色が現れた直後、策を察して俯いていた答える雪奈の言葉に、三幸は残念そうに小さく唸った。 「おれ達、雪山なら対策はあるんだが……今思えば当然だったが、止められてしまってな……」 「当たり前だ!大事にする気か!!」 「流石に依頼掲示板で誰かに来てもらうつもりだったけど……最悪、あたし達だけでとは考えてたよ」 雪奈ら蒸気を噴き上げ声を荒げるフロゾモンに再び申し訳なさそうな顔を向け、希望が芽生え始めた顔でため息をつくと、カフェオレに砂糖を注ぎ足した篤人が、雪奈とフロゾモンを表情を変えないまま交互に見て、口を開いた。 「霜桐さん、そしてフロゾモン。良かったら……僕らと一緒に来てくれないかな」 雪奈とブルコモンは目を輝かせ、フロゾモンは予想外の言葉に瞬きをして、沈黙した。 「おれ達は頼みたいくらいだったが……フロゾモンもか?」 クロワッサンを食べ終えたブルコモンに頷きだけを返した篤人は、続いてフロゾモンに視線を移した。 「雪山なら彼の力が必要になるよ。霜桐さんの友達もサンドリモンも助けたいし……灰かぶりの城には多分、僕が倒したい奴らがいる」 「……片桐くん、訳ありなんだね」 「うん。ちょっと、ね」 篤人はあくまで笑って同意したが、雪奈は篤人の黒い目の中に見えた更に暗いものを察し、ただ無言で頷いた。 「勿論行くよ!ブルコモンの言う通り、むしろ頼みたかったくらいだから!フロゾモンは?」 2つ目のブリオッシュを口にした雪奈は、視線をフロゾモンに移すと、何かしら計算をしていたフロゾモンがまた蒸気を噴き上げ、朗らかな声音で叫んだ、 「良い心掛けであるな!ならばこの後、我は明日出発が出来るように準備といたそう。貴様らは今日は招待状を探しておくと良い!! ……無論タダではやらん!そのパン・オ・レザンとやら引き換えでな!」 「こやつ、お主のパンが相当気に入ったようだな、ソフィー」 「いや、確かに美味しいですこれ……その……もう一つ、ダメですか?」 「あたしも、なんか安心したらお腹減っちゃった……4つ目になっちゃうけど、いいかな……」 「お前らもよく食べ……ミユキもセツナもオレに唸るな!お前らはガルルモンか!?」 ミミックモンは呆れ、三幸と雪奈がファングモンを睨んで唸る中、ソフィーは笑いながら、今度はデジヴァイスからパンを取りだした。 ────  机に置かれた写真立ての前に朝食を置き、そこに写る殺された娘を、何も言わずに見つめる。ひと屋に所属して1年以上、鳥谷部は毎朝これを繰り返していた。 何も言えない理由は分かっている。自分と同じように愛する存在を失った愛甲社長の無念を、晴らすことを選んでしまった。本当の意味で無念を晴らす第一歩、デジタルワールド・バロッコへの侵略が始まると、鳥谷部も、愛甲の無念を選んだ。 (六華……お母さん、もう引き返せない所に来たわ……) 「お仕事行ってくるね」とすら言えない今に、針が突き刺さる痛みを感じたまま、首に下げた【愛情の紋章】に意味なく手を触れる。シーチューモンも木の実を娘の写真の前に置くと、やはりしばらく沈黙し、そのまま何も言わずに部屋を出た。 「シーチューモン。あの子達、来たのよね?」 「はっ。サンドリモンの許にいたらしい、ソフィー・カンブルランと共に」 灰かぶりの城の廊下、娘の遺影の前では無言でいた鳥谷部は、配下から受けた報告をシーチューモンと確認する。ソフィーの名前を聞き、鳥谷部は思い出した様子を見せたが、話にすることはせずに会話を続けた。 「なら城は百蓮ちゃんに任せて、私達が迎え撃ちましょ……明日には来るはずよ」 「一応、部下も迎え撃つ用意がありますが……確実に戦うことになるでしょう」 「あの年頃の子なんて切欠一つでどんどん成長するものよ。六華もそうだったもの。 強くなってるとだけ、思わないと」 鳥谷部は既にいない娘を思い出し悲しげに笑うと、それからまた無言で歩き続け、沈黙を嫌がってまた口を開いた。 「シーチューモン。あなたのいた集落はどうなってるか聞いた?」 「……向ける顔がない故郷の話は、聞かぬようにしています」 鳥谷部は低い声で顔を伏せたシーチューモンの頭を撫で、再び無言で廊下を歩き始めた。