少女は息苦しさに、溺れるかのような必死さで目を覚ました。 酸素は喉の壁に貼り付きながら降りていく。ようやく一呼吸分吸い終えると、 それまで気付かなかった全身の汗が、嫌な冷たさを彼女にもたらすのだった。 腰が痛い。背も痛い。頭だって、硬い板に押し付けられた後のように軋む。 事実、彼女は扁平な――そして不愉快につるりとした台の上に、寝かされていたのである。 肌の上を汗が垂れ落ちていく感覚に、少女は自分が何も着ていないことを触覚的に悟った―― 記憶を辿る。確か、風呂に入ったような記憶も雨に打たれたような記憶もない。 そして記憶に不自然な空白がある。何かが起きた、いや――起きている。 動かせるのは目のみ、それも、今にも腐って折れてきそうな梁と天井板が見えるだけ。 眼球に圧迫感を覚えながら無理やりに下を見る――脚先やその奥の壁を見ようとして。 しかし視線は途中で遮られる。見覚えのない、白い塊がそこにある。 その正体は彼女にはわからなかった――先程の息苦しさと連動していることにも。 身体を床に括り付けられているせいで、少女は細かな震動さえも察知する。 間隔は一定で、何かの足音を思わせた。次第にそれは大きくなり始め、 硬い何かが、やはり板張りの通路の上を歩いてくるのが改めて見ずともわかるのだった。 その“何か”は、あるところまで寄ってくると、不意に、歩みを止めた。 自分のものではない鼻息、歯の裏を撫でる呼気、涎の唇を伝う音―― 足音の主が、自分の身体をじっと見つめている――少女はほとんどそう確信した。 太腿に、その何かの熱く湿った息がべたり、べたりと広がってくる。 視界が急に暗くなった。幼い顔の上に、何かの影が掛かっている。 闇に眩んだ目は、その正体をすぐには伝えてくれなかった――やがて朧な輪郭は明確となる。 牛――少女はまずそう思った。縦長の顔に、太い輪の通された鼻があって、 そして目は、人間のそれとは違って頭の側面に分かれて付いており、耳の生え方だって違う。 ご丁寧に耳には黄色い切欠が付いていたし、ずんぐりとした角も、その判断を後押しした。 けれどもそれは、牛ではありえないのだった。どうして牛が――道化のように嗜虐的に笑おうか。 唇は何か呪詛でも呟くように不気味に、もごもごと動くのである。 草を食むための不規則な動きではない。もっと、意志的な、悪意のこもった――動き。 そしていきなり牛の顔が視界から消える。頭を大きく動かし、離したのだ。 代わりに、胸ぐらを掴まれるような圧迫感がある――掴まれている部位に、馴染みはない。 自分の鎖骨から下、腋までの間に――そんな大きな邪魔者はついていないはずだった。 それが肥大化した乳房であることを、少女は指の沈む痛みが襲うまで自覚さえしなかった。 手の厚さぐらいしかなかったはずの膨らみ。内心に抱えるひっそりした不満の種―― 大人の証、成熟した女の証――そんなふうに妬み、憧れた女らしさの象徴は、 彼女の全く預かり知らぬところで、勝手に胸にへばりついていた。 無論、それ以外の部位は――特に違和感なく身体に寄り添っていたから、 胸だけがやたらと、年齢に不釣り合いなほどに膨らまされているのであろう。 己の乳房の大きさに、少女は自分の付き人であり姉のような――一人の女のことを思った。 物心付いてからずっと彼女は側にいた。急激に事業を拡大したやり手の父には敵も多い。 悪意に晒されるであろう愛娘を、せめて真っ当に育て上げたいという親心なのはわかっても、 幼い頃――今もそうではあるが――には、気恥ずかしさが勝つのであった。 それでも、彼女に助けられた記憶は多い。いじめっ子の他愛ない言葉の暴力から、 薬でもやっているかのような与太者、はたまた身代金狙いの連中までを――退けてくれた。 だからこのような異様な状況下に、少女が置かれる道理はないのである。 彼女が無事であったなら、すぐにでも助け出し――いや、そもそも危険になど晒すまい。 その姿に――そして大人らしい身体の線に――内心、少女は憧れていたのだ。 現実逃避から彼女の思考を引き戻すのは、臍を撫でる――熱の塊のような、湿った、重いもの。 怖い。見たくない。逃げたい。助けて――視線を無理やりに下に向けると、 乳房の谷間越しに、それは見えた。赤黒い塊が、下腹部を遡るように添えられている。 それは、脈打っている。それは、今にも暴発しそうなほどに震えている。 それは、彼女の純潔を食い破りたくて――ぴくぴくと、痙攣している。 胃液の逆流するような感覚は、雌としての本能的な拒絶反応によるものである。 望まぬ雄によって無理やり手籠めにされようとしていることを――その行為の意味さえ知らず、 彼女はほとんど直感的に悟ったのだった――当然、それには何の意味も無い。 肉の裂ける感覚――いや、それでは生温い。股間に添えた両手で、いっぺんに引き千切られる、 そんな姿が、少女の脳内にはよぎった。ごりごりと、骨盤を開かれていく痛み―― 未成熟な下半身は、成人男性より二周りは大きな異形の雄を受け入れられるようにできていない。 始めに“牛”が己の性器を彼女の下腹部に添えて見せたのも、どこまでなら入れられるか―― それを測るための行為に過ぎず、恐怖を与えるのは副産物でしかなかった。 内臓の圧迫感で息は詰まり、乳房の重みでなおさら苦しみは増す。 慌てふためいた唾液は気道に容赦なく滑り込み、一層の窒息を促して、 みるみるうちに少女の顔は、酸素不足の様相を呈してくる―― そして身体は、断絶する意識のもと、ふわりと持ち上がるのだった――当然それは、 怪物が彼女の腰を掴み、もう一方の手で拘束具をぶちぶちちぎり取ったからに他ならない。 砕けた鉄輪の破片は、雨粒のように地に落ちて硬い音を立てたが、そんなものは耳に届かず、 少女はただ――己の喉から響く、人ならざるものの悲鳴のような声だけを聞いているのだった。 どくん、と弾けた“何か”は、その勢いで、彼女の身体ごと跳ね上げるかと思わせた。 熱の爆発は――哀れな幼子の意識を刈り取るのに、十分すぎるだけの力を持つ。 次に少女が意識を取り戻したのは、同じく殺風景なぼろぼろの建屋の中である。 意識の復活とともに、全身のあらゆる関節がみしみしと痛み、視界が点滅する。 喉奥からこみ上げる、熱く酸っぱいものを床にぶちまけた彼女は、 そこでようやく、自分のすぐ前に、あの護衛の女が座っていることに気付いたのだった。 優しく気遣う言葉を掛けられて――少女は反射的に、彼女を罵る言葉を投げ付けた。 なぜ守ってくれなかった、役立たず、あんたなんか――と、そこまで口にして、 目の前の女もまた、自分と同じく全裸体。座り方もどこか不自然であることを理解する。 無理やりに押し開かれた股関節を、なんとか戻そうとするような居た堪れなさがそこにあった。 そして――彼女の乳房は、あんな馬鹿らしいまでに大きかっただろうか? 自分の乳房が、ほとんど無の状態から丸々と膨らんでしまっていることはすぐにわかることだ。 呼吸のたびに、重りが邪魔してくるような息苦しさが常につきまとっている―― だが、元から大きな彼女のそれが、一層大きく――少女の頭ぐらいにまでなっていることは、 一見すると、何かの悪い冗談ではないかとも思わせるのだった。 数値にすれば、三桁は優に超えていよう。重量もまたそれに比例するものである。 あんなものを付けていては、かつて少女が内心憧れたあの体捌きなどとてもできまい。 女はただ、仕える主の罵声を受け止めていた。間抜けな爆乳をぶら下げながら。 少女が言葉を失うと、改めて己の受けた仕打ち――胸が膨らみ、牛頭の大男に犯され、 この畜房に放り込まれたこと――を語るのであった。凌辱者の姿を知る理由は、 意識を失った主を担いで、ここに投げ捨てにくる様子を見ていたからである、と。 二人して次の言葉を探すその沈黙を見計らっていたかのように――ぬるりと音もなく、 “それ”は房の死角となる通路の角から、巨体を覗かせるのであった。 天井に角が擦れ、埃と木片とがぼろぼろと落ちる――それが顔に落ちるのも気にせず、 牛男は、雌たちが恐怖のあまり抱き合う様を見るのであった――見せつけるように歯を剥いて。 人間の力では到底空けられないような鉄の塊のような扉を片手で開けて、“それ”は笑う。 だが限界を超えた悪意に晒されると――恐怖は怒りへと転化する。 いかにも鈍重そうなその横っ面に、雷光のような膝蹴りが飛ぶ――が、 鈍い音に反して、一向に効果のある風ではない。当然である。質量が違いすぎるのだ。 女は軽々と上空に持ち上げられた。その振動で乳房だけがたぽたぽと遅れ、揺れている。 騒いだところで滑稽なだけだった。容易く上下を反転させられてしまうのだから。 牛男は彼女の、まだ赤く腫れている膣口に舌を当てて――舐り、陰毛を歯で噛みちぎった。 女は顔の方に垂れ下がってくる邪魔な乳房の隙間から牛男を睨みつけたが、 すぐにその表情は恐怖に逆戻りし――絶望と、哀願とに切り替わっていく。 ずっと、事実上の妹として護っていた主の前で、無力な姿を晒されていることに。 少女と護衛、ではない。圧倒的な雄の力の前には、二人とも、ただの雌でしかないのだ。 雄によって種付けられ、孕まされるだけの存在でしかない―― 女はそのまま、股関節をごきごきと開かれながら、牛男の性器を押し込まれていった。 少女を気遣う言葉、雄への呪詛、そんなものは一分も持たないうちに吐けなくなり、 破壊され――母体として再構築され直していく己の肉体への悲痛な叫び声だけがそこにあった。 彼女が年相応の、繕いもせず、泣き喚く姿を少女は初めて見た。そして、絶望した。 より幼く、弱く、小さな自分は――あれよりも悲惨なことに、なっていくのだと。 ぼろ雑巾のように放り捨てられた姉の姿を少女は横目で見た。頭を向ける気力もなかった。 射精したばかりのはずの牛男のそれは――もう一匹の雌へと、凶悪な姿を反り立たせていた。 二人にとって幸福であってのは、監禁されている場所が同じだったことだろう。 分断されていれば――少女は永遠の孤独の中に、正気を失ってしまっていたろうし、 女もまた、主から引き離され護衛の役割を果たせぬ自責の念に囚われていたろうから。 だからといって、与えられる苦痛と――孕んでしまうやも、との恐怖は目減りしない。 お互いに、無根拠な、大丈夫、助けが来る――そんな呪文を投げ掛け合うしかなかった。 得体のしれぬもの。人の世の理から外れたような、異形のもの――そんなものが、 自分たちをまるで家畜のように扱って、犯し、残飯のような餌を与えてくる。 いっそあれがただのならず者、変態性癖の持ち主であればどれだけよかったか。 先に嘔吐感を覚えたのは少女の方だった――心身ともに不断に重圧を掛けられ続けては、 その均衡が崩れてしまってもおかしくない。あるいは不衛生な環境のせいか―― そんな言葉で主を慰める護衛の側も、同じ胸のむかつきを感じているのである。 何の故か――言うまでもない。だがそれを口にすれば、思考として纏めてしまえば―― それが否定できない真実になってしまうようで、二人は怖かったのだ。 腹部の起こり、乳房の張り――そんなことに、素人医者たちはなんとか理屈を付けようとする。 だがいくら言葉を弄んだところで、子宮に芽吹いたものまでは否定できぬのである。 ぱんぱんに膨れた腹を、牛男の太い指が乱暴に掴む――いや、撫でているつもり、か。 雑巾のように広い舌で、べろべろと舐めたくって唾液をなすりつけられると、 そこから香る嫌な臭いに、二人は顔をしかめる。乳房もまた乱暴に握られ、 先端からは、出したくもない母乳が勢いよく水鉄砲のように吹き散らされる。 二人の腹と胸とは、その細い腰とは全く不釣り合いに膨らんで――異様な胎動を見せている。 中にあるものは、やはり人ならざる姿をしているのであろう――そんなことを考えると、 どちらの目尻も、自然に潤むのだった――泣いてたまるか、と考えるほど、一層。 だが最近、僅かに心の癒される瞬間があった。房の前を、また別の異形が通り過ぎたのである。 肩に、一年前の二人と同じような、気を失った、どこかの女を担いで。 その女が――自分たちと同じ、逃げ場のない闇の中に転がり落ちてくることを想像して。