天羽生ヤチホがホーリードラモンのテイマーとなった事件から少し時が経ち、ある人物の弟子となってからテイマーとしてデジヴァイスの手馴染みもユキミボタモンとの生活にも慣れてきた頃にふと届いたメッセージ それは大学の講義研究の一環で一時的に海外へと旅立っていたせいで再会を果たせずにいた従姉妹からのものだった 「らんなおねーちゃーん」 駅のホーム、雑踏に負けぬよう小さな体で大きく手を振る…と、間髪入れずパッと振り返った金髪の女性が満面の笑みを浮かべて再会のハグが迫りくる 「ヤチホ久しぶりー元気してた?おねえちゃん寂しかったよ会いたかったー!」 「わぷっ…抱っこ禁止!らんなおねえちゃんに抱っこされると苦しいの」 「そんなこと言わないでよー!せっかく生きて再会できたんだもん」 ───天羽生らんな。普段こことは離れた遠くの大学に通う従姉妹 快活で陽気でスタイルも良くオシャレに敏感だが、その実バリバリの理系を専攻しておりヤチホにとっては頼れる姉貴分であり、そのバイタリティには昔から憧れてる女性 バイト先のビアガーデンの制服姿を写真で見せてもらった際にはとても似合うと言う感想と同時に、その制服が"ディアンドル"風ゆえの露出度にちょっと大人びすぎてるとか破廉恥なものを見てしまってる気がして戸惑ったのは秘密だ 遠路はるばる従姉妹の天羽生ヤチホに会うためやってきた彼女の芯を食う言葉に息を呑む 「隙あり」 「わぁむぅ…!」 「すぐにお見舞い行きたかったのに向こうで事故やデモが立て続けにあってトラブル続きで全然日本に帰れなくってゴメーン!でもホントに、ホントによかったぁ…わあーん!神様ありがとー!!」 「…神様だけじゃないよ、らんなおねーちゃん」 少し前に起きたある街の焼失事件。ヤチホはそこに巻き込まれたのち、ある青年と警察官の助力の下に生き残った もしあの縁が無かったのなら、今こうしてらんなとの再会は二度とかなわなかったのかもと考えると怖くて何も言えなくなった 「あ…そうだね。ヤチホを助けてくれた人がいるんだよね」 「うん……うん…ぐすっ」 先よりも抵抗する気力が失せたまま胸に埋められた小さな頭を撫でる手。甘んじて受け入れる 恥ずかしいし苦しいが、それ以上にとても嬉しい気持ちで満たされる 「おねーちゃんにも会いたかった。事件のことはちゃんと話したかったから」 「うんうんっ、こっち来るためにたっぷり時間は用意したしゆっくり聞かせてほしいな。叔父さんの家にお泊まりしてー、一緒にご飯食べたりお風呂入ったり…あっ一緒に寝ていい?」 はしゃぎだし止まらなくなってきたらんなの様子を見ていた初老の男性がヤチホに助け舟とばかりに咳払いでカットインする 「あーオホン、よかったなヤチホ」 「おっとと…ゴメンナサイ。あなたはもしかしてさっきメールでやり取りしたお方」 「ああワシはしがない町中華屋のオーナーさね。すまんな今日は鉄塚のボウズの代理とこの子の引率ってトコだ」 「いつもはオーナーさんがデジモンのお世話のこといろいろ教えてくれてるんだよ」 「おおっとデジモンの師匠さんでしたかー、ウチのかわいいかわいいヤチホがお世話になってます!鉄塚くんって子は今はDWに行っちゃったんだっけ」 「うん。だかららんなおねーちゃんに紹介できなくてごめんね」 命の恩人の1人、鉄塚クロウはいまDWで旅をしている。死んでしまったもう1人の恩人のおまわりさんの敵討を終えて、新たな目標のため仲間の手助けをしていきたいといっていた彼はヤチホにとってテイマーの先輩でもあり、大きな目標の1人でもある らんなに自慢したいのは山々だがそれはまた別の機会のたのしみというやつだ 「しかし良いのか、鉄塚のボウズに礼を言って連れ回すならともかくピクニックだと言うのにこんなジイさんがいて。せっかくなら従姉妹水入らずで遊びに行くってもんじゃないか」 「いいんですよーオーナーさんもアタシのかわいいかわいい従姉妹がお世話になってるお師匠さんということですからっ!普段どんな事してるかとか、ぜひお話聞かせてくださいっ」 「ああ喜んで。しかしお師匠さんねぇ…裏じゃワシを小っ恥ずかしい呼び方してるなヤチホ」 「あっええとーそのー…」 「まぁ悪くない気分さね。ワシの弟子の話を語らせてもらうとするさ」 まだ通勤時間帯で人の波も引き切らない中、ホームを歩き乗り換え先の電車を待つ。目指すはここから少し離れた高原公園。再会を祝したピクニックだ。なぜピクニックかと言われたら家族や知り合いとそういうおでかけやお外で食べるご飯とお話が好きだから……という理由 らんなに語りたいことは山ほどある。同級生の友達が出来たこと、クロウたち助けてくれた恩人のこと、彼らと一緒にユキミボタモンを助け出したこと そのひとつひとつを楽しみ選びながら道すがらに語らい始めてどれくらいが経っただろう───…… 「───ヤチホ、ヤチホおきて」 「ふわぁ…ってユキミボタモンだめだよ!人前で勝手に……」 いつの間にか眠ってしまったのかとヤチホが目を覚ましたとき、自らの意思でスマホ型デジヴァイスから飛び出したらしい膝上のパートナーを見つけ慌てて抱き隠そうとして違和感を覚えて 「あれっここどこ。みんな寝てるの…なんで?」 いやに静かな車内に電車の走行音だけがクリアに聞こえる。窓の外にトンネルの黒が途切れてまもなく、鈍い赤とブレーキの音…そして扉が開く 「ここは…」 吸い寄せられるように降り立ったホーム。眼前に出迎えた赤錆の浮いた看板に連なる文字を口にする 「───"きさらぎ駅"…?」 「うそ…うそうそうそ都市伝説でしょあんなのーーっ!!」 向こうにらんなの声。オーナーが続く 「信じられんが……どうやら我々は都市伝説とか怪異ってやつに巻き込まれたらしいな」 「「え…ええーっ!」」 ────────── 【天羽生ヤチホ/ストーリー:きさらぎ駅に出会う】 ────────── 夕焼けの赤が張り付いた薄暗い空 ひぐらしの囁きが聞こえるというのに空気は暑さを全く感じぬほど無機質にひんやりとしており夏の終わりのような風情は感じられない ここは現実世界ではない 異空間 怪異 ……夏休みになると決まって父親がチャンネルを回すテレビのホラー番組におびえる母とヤチホは偶然にも『きさらぎ駅』の特集を薄目で見たことがあった そこで語られた状況とほぼ完璧に合致する。 人間が来てはいけない場所に彼女たちは立っている。冷や汗が背筋を伝い足が震え出しかけ 「ヤチホ」 「はっ…ユキミボタモン」 パートナーデジモンの言葉に我に帰る。抱きかかえたパートナーに不安が伝わってしまったのだろうと慌てて謝る彼女にユキミボタモンはフンとカラダと自信を膨らませて強気に応える 「だいじょぶだよヤチホ、ぼくオバケなんかへっちゃらだから。もしバトルするならまかせてっ。ホーリードラモンになってどっかーんとやっつけちゃうもんね」 「我もいよう」 「…?」 聞き覚えのない声。バッと振り返るが誰もいない ふと足元に妙な影を見た気がして視線をゆっくりとゆっくりと落とすと… 「はじめましてになるな天羽生ヤチホ。らんなの縁者だと聞いているよろしく頼む」 「ら、らんなおねーちゃんのカバンがしゃべったーーっ!?」 早速怪異のお出迎えを受けてしまったと悲鳴 従姉妹が背負っていたあの妙に大きなリュックサック物音もなく直立不動のままスライドするように迫りくる パチ、ジイイ… ひとりでにファスナーが解け、まるで歯軋りのように唸り威嚇されているようにも感じられたことでへたりと腰を抜かし、ヤチホは口をぱくつかせることしかできない そして─── 「我が名は……エビバーガモン」 「……へっ?」 しゅぽん。と間の抜けた音 飛び出したゴマのように小さいくりくり目、渋い口調、バンズ帽子───それらを纏う丸いシルエットが飛翔…手に掲げた謎の物体を聞き覚えのあるエフェクト音で延伸させながら見得を切り語りかけてくる 「亡霊風情恐るるに足らず…この秘剣"ポテトセイバー"の錆にしてくれよう」 「……ええーっデジモン!?まってまってそれライトセーバ…じゃないっ見覚えのあるお店のポテトが光って伸びる剣になってる!?」 「ゲームを参考に我がリアライズした、いざという時これを食せば体力回復も果たせる優れ物だ。詳しくは"デスバーガー"で検索だ人類よ……冗談はさておき、らんなの縁者たる其方は護るべき者の1人に違いない。案ずるな我々は其方らの仲間であるからな」 「…もしかしておねーちゃんのパートナーさんなの?」 「概ねその認識で良い」 「よかったぁーオバケかと思ったぁ…」 あらためて確認できたのはヤチホたちが決定的に違うのは独りじゃないこと。頼れる大人とデジモンたちがいる 特に修行の日々で見たオーナーのホットギリードゥモンについて……まさかヤチホの指揮するホーリードラモンに一歩も引かない戦いぶりを見せてくれた彼がいる。なぜあれほどに強いかと聞いたら 『アイヤーワタシこう見えて究極体!でも他の究極体比べるとチカラ比べ弱い方ヨ。お勉強シテ経験値積んでけばコレくらい飲茶(ヤムチャ)前ヨー』だそうだ なんだか無茶苦茶な仲間たちだと思い始めたら途端に肩の力が抜けて少しリラックスしてきた しゃがみこんで礼を込めてユキミボタモンとエビバーガモンの頭をなでる 「ありがとう」 それからオーナーの召集がかかる。電車はまだ動く気配もなく乗客、さらには運転席には車掌たちも何の反応も示さず気絶したように眠ったままなのを見つけたそうだ 霊現象に詳しい知り合いにも連絡を取れないか確認したそうだがあいにくの留守。電波は悪く途切れ途切れなので外部からの助けは期待できそうにないようだ 「ここを脱出するヒントが無いか、ひとまずこの駅の中と周りを見てみるか。敵襲に備えて集団行動、前後はワシとホットギリードゥモンで固める。エビバーガモンとらんなちゃんは左右に気を配りつつヤチホを側で見てやってくれ」 「あのオーナーさん、わたしとユキミボタモンも何か」 「オマエさんは一番小さいからな」 「……」 「だが、いざって時イチバン強く戦えるのはお前たちのホーリードラモンだ。ワシらの切り札ってワケさね頼りにしてるぜワシの弟子」 「はいっがんばります!」 「いい返事だ。こう言う時にへたれて泣きべそかいて疼くまらない芯の強さはお前さんのいいトコだ───が、だからって何でもかんでも丸投げするのは大人が廃るってもんだ。お互い肩組んで行こうや」 「肩を組む……そ、それだとわたし背の高いオーナーさんとらんなおねーちゃんに肩を組んで挟まれたら脚が宙ぶらりんで歩けないです…!」 「あーそう言うノリというか例え話だ例え話だ」 ────────── 「んーと次は…こっちだー!」 探索方向自体はらんなが気になるものを随時ピックアップしていった まず駅構内。ひたすら寂れていて人の気配はゼロ。駅員さんもおらず券売機は錆だらけ…画面だけ砂嵐のノイズが明滅してたが、この施設に電源は通ってるのだろうか 一旦外に出ると駅のそばには線路を渡るための踏み切りが見える。だが森を切り拓いたような立地なのか右を見ても左を見ても高い木に囲われて人工物のようなものは遠目に確認できなかった 「看板じゃこの先に町があるそうだが…どうにも気が進まんな」 「線路を歩いて来た方向を戻るとか、逆にこの先のトンネルを見に行くとか…」 進展らしい進展が得られないまま駅周辺を調べ終わろうとした時、ふとユキミボタモンが背後に向き直り跳ねてゆく ここに立ち止まっている者たちとは別の足音のようなものを聞いた気がしたからだった 「あれっ……あーっ!ま、まってユキミボタモン!」 「こっち、誰かいるよー…うわわぁ落ちるーっ!」 「えっ、わーっ!?」 ユキミボタモンの足元が突然途切れて雪玉が緩やかな坂を転げ落ちてゆく。迂闊に追いかけて来たヤチホもそのトラップに気づかず足を滑らせ……墜落 ゴロゴロゴロゴロ…ドサッ ひっくり返って目を回す1人と1匹の頭上に───人影 「───こんにちは。キミたち大丈夫?こんなところでろどうしたんだい」 優しい声色がした。痩躯の青年が垂れ目を少し目を見開いた様子でヤチホの視界の中で手を振り丁寧な挨拶を交わす ───かっこいい 何かを言おうとした頭に浮かんだ最初の一言。思わず顔にポッと血が上りあわあわと跳ね起きるものの口が回らなくなる 「え、ええとわたし、わたしは…電車に乗ってたら急に」 と、けたたましい腹の虫の悲鳴がこだました青年の顔がみるみる青ざめてゆき、風に吹かれた枯れ草のように…コロン 「お腹すいた…」 「あ、あの大丈夫ですかお兄さん!」 「安心したら力が抜けちゃったなぁあはは…あっひもじい…」 「おおいヤチホ無事かー!々 「オーナーさぁーーーん!かっこいいお兄さんが倒れてるようーーー!!」 「はぁあっ!?」 (救助中………) 「わぁーユキミボタモンだ、ふわふわモチモチでかわいいなぁー!あっキミはエビバーガモンだねハンバーガーの帽子似合ってるねー!そしてキミ、赤いギリードゥモンなんてボク初めて見たよ名前は?亜種?それとも派生進化なのかなぁかっこいいー!」 「あらやだスマートな塩顔のイケメンじゃなーい…!」 「なんだお前が連れてきた若造、デジモン相手に随分元気そうじゃないか」 ぐぎゅるるるーーー…… 「アッフ…」 「ああっまたしなしなになっちゃったー!」 「すまん勘違いだったようだ。弁当を用意しよう」 「口を開けろ人類。先ずは我のエビバーガーを食すがいい…そしてらんなやオーナー殿のお弁当もな」 「い、いただきまぁす…」 ───数分後。上品なわんぱく食いとでも言おうか、青年はすっかり生気を取り戻したツヤツヤの面持ちで広げられたお弁当を丁寧な食べ方で頬張り満面の笑みを浮かべる 「おいしい…これも、これもおいしいっ…ああっすっごくすっごくおいひいですっ!こんな美味しいもの久しぶりに食べました!!」 おうおう元気が戻ってきたな。事情はわからんが腹ペコで倒れてるやつを放っておくのは料理人の名が廃るってモンだ」 「プロの料理人さんなんですか、すごい!」 「まぁな。昔は中華の道で"星"を取ったそこそこ名の知れた……っといけねえや、そんな褒められるとつい口が滑っちまいそうだ」 オーナーはかつてミシュランの星を得た料理人だったが今は正体を隠し町中華屋を営んでいる身だ。そうなったのはDWでホットギリードゥモンと出会い旅の料理人として行き先でデジモンや人間の子供たちにご飯を振る舞った経験から思い立ったそうで、目の前の腹を空かせたお客を満足させたいという気持ちを大切にした結果名誉や肩書きに凝り固まった自分を捨ててこんな姿になった───という過去を知ってる人間はほとんど存在しない。彼の下で働いていた鉄塚クロウやヤチホたちすらも ただ心意気と悪い人ではないと身をもって知ってるからこそオーナーは2人の弟子から懐かれていた 照れを隠すようにオーナーは話を逸らし、あらためて少し前に問いただした青年の名を復唱する 「《マシロ》といったなオマエさん」 「あっはい、《暁月(あかつき)マシロ》といいます」 「せっかく弁当を気に入ってくれたのは嬉しいが、まさかこんなホラーゲームみてぇな世界のど真ん中でピクニックするハメになるたぁな。鉄塚のボウズがいたらひっくり返っちまうだろうな」 「テヅカ…彼はオバケが苦手なんですね。お友達ですか?」─── 「ぶぇっくしょい!!」 「汚ねえぞクロウちゃんと手で押さえろ!」 「なんだァ俺の噂話でもしてんのか誰か。やめろよ照れくせー」 ───「どっちかと言えば料理の弟子やらバイトやら、だがそこのヤチホにとっちゃ命の恩人さね」 「あっはい。あの…お茶おかわりいりますか?」 「うん、ありがとうヤチホちゃん」 「……っ」 唐突に名指しされ、ふとらんなに突かれたヤチホがお茶汲みを買って出るがマシロの屈託のない笑みに目を合わせられない。激辛料理を食べたり煮えたぎったお茶を注いでるわけでもないのに顔周りがポカポカしてしまい冷静に返事ができなかった 「なるほどすごくいい人なんですね。そっか命の恩人……ボクにとってもヤチホちゃんは命の恩人だね」 「ふひゃ…そ、そそそそんな大層なことないですっ…!」 ハムスターのようにサンドイッチを高速で齧り誤魔化す従姉妹のリアクションをまじまじと見ながら目を丸くしたらんなに電流はしる 小学6年にもなり男子より先に少しずつ大人びてくる年代の女の子が、こんなイケメンに優しくされたどうなる? 「うおやっぱりヤチホがすごい照れてる…無論、無論だ…そんなの無論にきまってるじゃない!これってやっぱ初こ…───!!」 現役JDのデバガメスイッチが入り余計なことを口走りかけた彼女の口へ、伸びてきた小さな手が突き出した香ばしいバンズが蓋をした 「むっむー!?」 「人類よ食事は楽しめているか」 「そうそうさっきエビバーガモンが出してくれたエビバーガーもすごくおいしかったよ。フワフワパンにサクサクぷりぷりのエビでとってもしあわせだ!」 「フッ当然。我の繰り出すエビバーガー即ち至高なり…おかわりも用意できるぞ、存分に味わうが良い」 かわいい見た目と相反する渋い喋り方、しみじみとドヤ顔で腕組む背中。なんともギャップがすごいデジモンだなと、ヤチホは冷静さを取り戻してから隣のらんなのように豪語に違わぬおいしさのバーガーを頬張りながら率直な感想をらんなに耳打つ 「らんなお姉ちゃんのパートナーさん、時代劇みたいな喋り方するね」 「もごもごもぐもぐ…ぷはー!かっこいいでしょー。ああ見えて腕っぷしも強くて頼れるボディーガードなのよ」 「正確には我とらんなはデジヴァイスを介したパートナー関係ではないがな。だがらんなには暫くぶりのエビバーガーを恵んでもらった一宿一飯の恩義ゆえ助太刀することと決めた」 「もう随分一緒だから一宿一飯どころじゃないけどねー。でもパパやママは喋るウーパールーパーだってずっと思ってるのよ」 それを聞いたマシロが笑い出す。たしかにエビバーガモンという成長期デジモンのルックス、武者や武士のような彼の古風で堂々とした立ち振る舞いには到底見合わないギャップある姿に違いない 「あははっなにそれー。きっと将来は大物だね」 「左様、これでも我は元々究極体にまで上り詰めたデジモンだからな。いいか我は…」 「うん、うんうん………ええーっエビバーガモンくん《タクティモン》なのぉっ!?」 驚愕……したのはなんとマシロだけ 「えっタクティモンって何?」 「タクティモン…はて何だったか。いやー思い出せん歳は取りたくねえもんだな」 「気にするならんな、オーナー殿。すべて過ぎた事だ今更語る理由も無い。ただひとつ真実なのは、我がエビバーガーと出会い感銘を受けエビバーガーたることを自ら選び、誇りに思っているということだ」 「すごいな…タクティモンと仲良くなったり、タクティモン自身もこの姿になった自分の選択を後悔せずそこまで言い切れるなんて」 それから会話は続いた。予定とは随分と食い違ってしまったが、マシロという話し相手が増えた中であらためてヤチホの皆と語りたかったことの続きも交えて そしてお弁当箱が空になり、お腹も会話にも満足げなマシロが柔和に微笑む 「───なるほど、そんなふうに貴方たち"も"デジモンと一緒に過ごしてるんですね。素敵だなぁ」 「も…ということは、やはりお前さんも《デジモンテイマー》なのかね」 「…テイマーですか、人にそう呼ばれるのは初めてかもしれないな───けど、そんなところです」 マシロがこの異空間に訪れた理由を語りだす 「少し前にこの異空間に僕の相棒が飲み込まれてしまってボクは探しにきました。彼は今…ほとんど深い眠りにいるから自分で動いたりできない事も多いんです、僕が探し出さないと」 何か言い淀んだ気もするが…ひとまずはパートナーデジモンがこの怪異に巻き込まれてしまい、助け出すために単身自らも飛び込んだはいいが単独行動の限界にぶちあたりあのようなザマを晒してしまったのだというとてもシンプルで分かりやすい動機が彼にはあり、皆は容易に状況を飲み込む 運良く敵襲らしきものはなかったそうだが、これ以上独り長居していたのならどのようなまだ見ぬ脅威が迫ってくるのかはあまり考えたく無かった 「そうなのか。となればこんな場所に無防備のまま転がってたんじゃマズイな」 「オーナーさん」 「ああ悪いな、らんなちゃん少しばかり寄り道になりそうだが」 「探しましょうっ!こんなイケメンのお兄さんが困ってるんですからーアタシたちも協力しなくっちゃねっヤチホ!」 「う、うんそうだね!」 「おおっ!?ず、随分と張り切ってんならんなちゃん…」 「ありがとうございます。探し終わったらまたここへ戻りましょう、皆さんと出会う前にも探索しててこの線路の先にここから出られそうな場所の目星はついてるんです」 「本当ですか!」 「ならひと安心かも…いやいやでもマシロくんのパートナー探すためにこの薄暗い森を行かなきゃダメなのかーひいいっ」 「案ずるな。先にヤチホとも約束したからな、我々が其方らを護る」 「オオー、エビバーガモンカッコいいヨー」 「ヤチホ、少しいいか」 「はいっなんですかオーナーさん」 「あいつの事だが…年寄りの冷や水かもしれんが念には念を入れて一応言っとくぞ」 ヤツを信用しすぎるなよ 「え…」 ────────── 「ああ…ヤチホの背中が大きく見える」 「ヤチホの嬢ちゃんはあのマシロという青年に懐いてるみてえだな。…フクザツそうな顔しているならんなちゃん」 森を縫う道を行く一同の後方、オーナーとらんなは密かに言葉を交わす 「あのコ引っ込み思案で一緒にいるといつもアタシの背中に隠れて『おねーちゃーん』って目をうるうるさせながらくっついてきて、ちっちゃくてモチモチしててホント可愛かったんですよーあっ今も当然可愛いケド!でもね…」 いまその従姉妹は先導する件の青年の後ろにぴたりと付き添ってしっかりと歩んでいる 「女の子の成長ってはやいって自覚しちゃって…しかもあのお兄さんにほっぺも真っ赤でもじもじしながら自分から頑張ってお話してて!あんな顔のヤチホ初めて見ましたよ…」 「ほほう恋のライバルが従姉妹ってのもなかなか酷なハナシさね」 「違いますよオーナーさんっ。確かにアタシ彼氏欲しいしあの人めちゃくちゃカッコいいけどぉ……あの子たぶん人生はじめて恋する乙女になっちゃったんですよっ!ヤチホのあんな顔見ちゃったらなんだか見守りたくなっちゃってェ…ああっ可愛すぎりゅう…!」 「悩ましい良い"おねえちゃん"じゃあねえかお前さん。だが……素直に喜ぶのはちと難しいかもなぁ」 オーナーがニヤついていた口角をスッと下げ顎髭を訝しげに撫でた 「怪しいと思わんのか、こんな怪異の地で都合よくワシらに味方してくれる人間と鉢合わせるだなんて。それもワシらと同じテイマー…いやワシら以上にデジモンに精通してそうなヤツだった」 「どういうことですか」 「……デジモンの特性や能力を活かし、この状況をヤツが仕込んだ首謀者の可能性もあり得るということだ。こちらより先に線路の向こうにこの世界の出口に通じる場所を既に見つけていると言うのも些か都合が良すぎないか」 「ふむ一理あるな。我がDWにいた頃に人間を攫うデジモン関係の組織というのは無い話ではなかった。その手先がこうして罠を張っていたと考えられなくもないか」 「ちょ、エビバーガモンっ」 「だが……我は思う、エビバーガーを好む者に悪人はいないと。自らの手料理にあれほど舌鼓を打ってくれた者だ、オーナー殿も思うところがあるのではないか」 「……そう言われちまうと弱いなァ」 「うーんモチロンいい人の方がありがたいケド、ちょっと今回ばかりは判断基準エビのハンバーガーに任してていいのか迷うわね…!」 大人たちのやりとりはおそらく先頭を行くマシロには聞こえていない。少しだけ近いヤチホの耳にもほとんど内容が届かなかったくらいだ。それでも、皆の間の距離からかすかに聞こえてしまったマシロへの懐疑 前をゆく青年の背後へ歩調を上げて、勇気を出して少女は声をかける 「あの」 「なんだい」 見上げる高い横顔、物腰落ち着いた人当たりの良い喋り口調と声。悪い人には見えない 『信用しすぎるなよ』 オーナーの言葉がリフレインし、ヤチホは跳ねる鼓動の中に混じる一抹の不安ごと胸を抱えながらマシロに尋ねる 「マシロさんのパートナーデジモンはいつどんなふうに出会ったんですか」 「そうだね…僕がまだキミと同じくらいの背丈だった頃かな」 突然の転移とパートナーとの出会い。初めてのデジモンとの遭遇から生まれた交流や敵対。 多くの選ばれし子供たちが味わってきたであろうありふれたデジモンとの旅の始まり。それでも現実世界にやってきたデジモンとテイマーとなったヤチホには、自分たちとは別の世界と景色の中で繰り広げられてきたファンタジー小説のような未知の冒険に胸踊らないわけがなかった もちろん、このきさらぎ駅のような場所ばかりの異世界はとても嫌なのだが… 「───そしてボクは進化したホーリーエンジェモンと一緒に、デジタルワールドの脅威を打ち倒して冒険を終えたんだ」 「すごいですねマシロさん。たったひとりで世界を救っちゃったなんて」 「ボクの頃にはまだ仲間の選ばれし子供たちが召喚されなかったんだ。プレッシャーももちろんあったけど…あの時は本当にかけがえの無い良い旅をしたんだと思う」 「いいな…わたしもデジタルワールドを見てみたい。そんな大きな冒険できるかは不安だけど憧れちゃうかも」 「鉄塚くんについて行くとかはできないの?」 「鉄塚さんのデジタルゲートを開くiDカード───あっデジヴァイスに使える拡張アイテムらしいんですけど、いろいろ制約があるみたいで。たとえば……一度使ったら次使えるタイミングが不安定だったり、鉄塚さんが向こうでツユホさんって人を現実世界に送り返そうとしたときは鉄塚さん以外ゲートに弾かれて入れなかったって」 「そっか彼も気軽に行き来できるわけじゃないんだね。残念だなぁ…あの世界はいつかキミにも見てもらいたい」 「ヤチホちゃんもさっきは色々と話してくれてありがとう。大変な目にあったけどそれを乗り越えてユキミボタモンと一緒にいられるようになったの、とても素敵だと思うよ」 「はいっ」 「鉄塚くんとも一度話してみたいな。直接聞いてみたいことがいっぱいあるよ、ルドモンくんのこととかデジソウルの事とか…」 やっぱり優しい人だ。人にもデジモンにも思いやりを持って接してくれている こんな人のパートナーになったのはどんな子だろう。この人と一緒に旅をしてお話をして、どんな景色を見て何をしてきたんだろう そんな期待に彼女は胸を膨らませていた ───だからそれを見たとき驚愕した 「え……あれがマシロさんのパートナー?」 「アイヤー真っ黒なノイズまみれヨ!」 「でもこれ……この…傷……?」 「───ボクのパートナーは大きな戦いを繰り返して、繰り返して……途方もなく深く深く傷つきました。その果てにこうなってしまった」 「これはボクの未熟さが招いた結果です」 マシロの導きでたどり着いた大きなコンクリートの廃屋でさっきまでデジモンと楽しげに戯れ喜びに満ちていた青年に刺す影。疑問と悲しさと恐怖のような冷たいものが伝播している 戦いの中で?誰にやられて?どうしてこんなひどい目に?───聞けるわけがない この"惨状"を見据える背中にかける言葉が見つからない それほどまでに形容し難い悍ましさが、マシロが追い求めたパートナーの姿を蝕んでいる もはや小さく真っ黒に滲んだデジタマのように見える『もや』を大切に抱きしめてマシロは静かに存在を確かめる 「だからボクのパートナーはみんなのようにお喋りしたり、自分で動き回ったり、ご飯を食べたりできない……寂しい思いをさせたね、ごめんよ」 「それ以上は言わんでいい。今日会ったばかりの人間に語れないことはいくらでもあるだろう」 「……げんきだしてマシロ」 「ありがとうユキミボタモン…ボクは大丈夫だよ、きっとこの子も」 「……」 「これはボクのデジヴァイスです」 オーナーとのテイマーとしての特訓の最中、座学で見知ったどのデジヴァイスとも違う未だ見たことのない形状の機械はパートナー同様におびただしい古い傷跡に晒されてひび割れていた。彼がパートナーの場所をおおよそ探り当てたのもこのデバイスに届いた救難信号によるものだという それはまるでヤチホが生まれる前のユキミボタモンからのメッセージを受け続けた日を想起させる。「探して」「助けて」───この子は声無き声を張り上げ必死に相棒を呼んでいたのだ 「おかえり、そしておやすみ…」 労い謝罪を口にしたマシロのデジヴァイスに鈍い光が灯り、ゆりかごのように『もや』を包んで飲み込んでいくのを見届けた デジモンと生きることは、死のように残酷な悲しみに時として向き合うことを迫られる。それに立ち向かう……自分はそれだけの覚悟を持てる日がくるのだろうか。秋月光太郎や鉄塚クロウという恩人たちのように、暁月マシロのように もし、もしユキミボタモンが黒い羽車に堕ちてしまっていたら?もしユキミボタモンが自分を見つけることができなかったなら? 不意に沸き立つのは覚悟ではなく、恐れと不安。そのような末路へ転がるタイミングはいくらでもあったはずだと───邪推が首をもたげ即座に振り払おうとする 「帰りましょう、この異空間を出て皆さんの元の世界へ。ボクが引き続き案内します」 ────────── 「あっ…電車がいなくなってる!?」 駅へ戻った彼女らを乗せてきた車両がいつの間にかいなくなっていた。あれだけ時間をかけ探索すれば当たり前なのだろうが…もしあのまま電車に乗っていれば運良く元の世界に戻れただろうかと考え…首を横に振る そんなことをしていたらマシロには出会えなかった。彼がパートナーとも再会できずこのまま独り倒れてしまってたかもしれないと思うとそちらのほうがゾッとする 自分たちの身の安全が確保されたわけでもないのにそんな心配と安堵は能天気やお人よしなのかもしれない。でもマシロが見たという帰るためのヒントがまだ残されている。絶望感に締め付けられずに済んでいる 「このトンネルの奥だよ。見た目より短くて先に外に通じてそうな光のゲートがあったんだ…おそらく電車もそっちへ向かったはず」 彼の言葉を信じるしかない。皆が腹を括って暗闇にスマホの光源を差し向けた その時、 「……いけないそこから離れて!」 「えっ…きゃああああーーー!?」 「らんなおねーちゃん!」 らんなの躯体が突如謎の引力に浮き上がる ヤチホが見たトンネルの向こうから伸びる錆びた鎖の群れ。手を伸ばし、指先だけが掠めた直後らんなの胴を絡め取ったまま、たちまち闇の中へと連れ去ってゆく 「逃すか!」 遠ざかる従姉妹が見えなくなって。無我夢中に駆け抜けたトンネルがあっという間に途切れ、他の無数のトンネルが口を開けた高い壁に切り取られた丸い空を見上げる ちょうど『転車台』と呼ばれる汽車を方向転換させるための機械を有する車両基地のような場所 ……やがて現る不気味な金属音を引きずりなが巨大な転車台に乗り上げ、ゆっくりと回転する異形の影。音の割れた何者かのアナウンス 「―――ご乗車ありがとうございます」 動物の脊椎を肥大化したような歪な胴体。その節々から生え、縋るように…あるいは身を捩り抱き締め付けるように絡みつく無数の骨腕、 その主がやがてヤチホらの前に機体前面を覆い尽くす骸骨の主顔をもたげ、喉の奥に潜む一つ目が不気味に睨みつけた 「次は終着、きさらぎ…キサラギ……イヒヒヒ……!!」 「こいつは…!」 ───【スカルトレイルモン】 ある男の実験で生み出された、ブラックデジゾイドの骸骨の車体を捩り闇の異空間を駆ける汽車のような完全体デジモン 次元の狭間から民間電鉄の先頭へ自身の後部と無数の腕を巻きつけ寄生連結することで車両を丸ごと奪取し人間を異世界へ連れ去ってしまうぞ 必殺技は車両に巻きつく無数の骸腕で敵を攻撃する『デモンズグラップル』車輪から火花を散らしながら急加速し敵を轢殺する『カラミティチャージ』標的や拉致した人間を深い眠りへと誘う催眠黒煙『ブラインドフォッグ』だ 「最後の最後にまんまと誘い込まれたようだが…」 青年を一瞥。その顔に浮かぶ色を嗅ぎ分けたオーナーは……しかし瞬時に"同調"を選択した 「…なるほどワシの馬鹿馬鹿しいアテは完全に外れてくれたようだな。良いことだ」 どのみち先の光景を見てからずっと考え改めるほかなかった ───マシロという男は『この事変の首謀者ではない』。デジモンと我々と共に現状打開を望み戦わんとする一員だと判断することとした 「そんな…すみません、さっき見たときは何も居なかったのにまさかこんなヤツがいたなんて!」 「謝るのはワシのほうだ謝罪する……が、コイツをどうにかするのはちと骨が折れそうだ。オマエさんも当然手伝ってくれるんだろう?」 「当たり前です!ボクのせいでみんなに迷惑かけて…」 「オーケーだ話が早くて助かる。とはいえパートナーはまだ動けんのだろう、ひとまずデジモンに戦わせてる間ヤチホたちの身の安全を最優先に頼めるか」 「は、はいっ!」 身構えるヤチホ・オーナー・マシロ3人の前にエビバーガモン・ホットギリードゥモン・ユキミボタモンが躍り出て戦闘体制に入りスカルトレイルモンが嗤う 「このスカルトレイルモンの根城をこそこそ嗅ぎ回るとは大した度胸だ人間。しかもデジモンテイマーとはな……まぁ良い、そこに先程連れ去った者たち同様、我が主人への手土産が向こうからやってきたとしよう」 ただならぬ敵襲。だがそれよりも確認すべきは従姉妹の安否 「おねーちゃん…らんなおねーちゃんはどこ!」 「いた…クレーンの上に縛られてる!」 「おねーちゃーん!」 先の鎖によって錆びついたクレーンの頂上に捕えられたらんなの姿を目視。あの高さでは下手に身動きすれば墜落してタダでは済まないだろう 「うう高っ……アタシはまだだいじょぶっ…それよりアイツの後ろに電車ーっ!」 それだけではない。らんなの言う通り骸骨汽車の背後のレールに車両が見える。あの中に怪異…いや、デジモンの仕組んだ罠にかかった人々が取り残されているに違いない 口を継いで出た憤り 「どうしてこんな、こんなヒドイことをするの…!」 「なんだ小娘…知りたいか」 口答えしてきた人間の娘に骸骨汽車がカタカタと顎骨を揺らす 「我が主人"イレイザー"殿の研究のためにはイキの良いモルモットが大量に必要なのだ。光栄に思え、いずれデジタルワールドを掌握し人の頂点と未来に名を知ろしめす偉大なるお方の糧となれるのだからな…」 「何いってるの……研究…頂点?」 「所詮ガキには理解できぬか。ここにいる貴様ら人間も、それ以外の連中もいずれ、全員我らのための『実験動物として死ぬ』ことでしか世界の役に立たんのだと言ってるのだよバカめが」 「何それ…ふざけないでっ!」 「ヤチホちゃん、アイツの言葉に耳を傾けても無駄だよ」 「アレはボクらの【敵】だ」 ぞわり 一瞬、背筋がかつてないほど泡だった気がした 人と同じくデジモンにも個性がある。そして善悪もまた然り。それすらも理解して皆の前でずっとデジモンに対して優しさと寂しさを抱え慈しんでいた人間が、このような断絶を即座に口にするとは 【イレイザー】という言葉 青年が先ほどまでとは全く別人となってしまったような冷たさ。いつの間にかマシロが掌に収めたデジヴァイスを翳す様は鋭い刃物を獲物に躊躇いなく突きつけるようで……意思に呼応するように黒いもやが画面から這い出ようとしている気がした 「だめ…!」 「…っ、ヤチホちゃん」 腕にしがみつき食い止めていたのは無意識。驚き振り返ったマシロから引いた冷たさに触れた指先には震えがわずかに残っていた 「戦っちゃダメ……だめだよ……あなたが壊れちゃう…」 うわごとのように溢れた言葉はきっとデジヴァイスの中からマシロを見つめる気配に対してだろう。ヤチホの願いに気配が小さくなり、やがて沈黙する 「………ボク以外の言うことを聞くなんて珍しいな───ごめん、そしてありがとうヤチホちゃんキミの言うとおりだ」 「…はい」 「でもこの子の代わりに傷つくのはキミたちのパートナーやキミたち自身になってしまうかもしれない……こんな危険な橋を渡らせてしまってごめんなさい」 マシロがあれほどまでに自ら戦う姿勢を見せたのは何か事情があるのだろう。それを無理に引き止めてしまったが、ヤツを倒さなきゃならないのは変わらない……それだけは避けられないとわかっていた 助けなければいけない人、ここで食い止めなければいけない人間を襲う脅威、その果てに今日ここで大切なものを傷つけて致命的な代償を払わされるかもしれない可能性 全部理解してしまっているからもう逃げ場なんてない ───命の恩人たちは燃える街で、デジタルワールドの危機で……それでも立ち向かっていったはずだ 「ヤチホ、それでもぼくやるよ……戦わせて!」 「ユキミボタモン…」 この異世界に来てから気持ちが憤りと不安と恐怖でぐちゃぐちゃになってしまっている 忘れよう、振り払おうと目の前の使命にヤチホは抱え込んだ感情をひたすらに燃やして自らを奮い立たせる 「助けなきゃ…やらなくちゃ……みんなを元の世界にかえして!」 絞り出す声、震えを押し殺しデジヴァイスを構えて前へ アプリケーション起動、画面から解き放たれた連なる円環の光がユキミボタモンを染め上げて脈動する力が高みへと押し上げる 「ユキミボタモンっ!」 「ユキミボタモン、ワープ進化ぁーっ!───ホーリードラモン!!」 顕現するたおやかな桜花の毛並みを持つ聖竜が牙を剥き、骸骨汽車の驚嘆 「幼年期から究極体へとワープ進化だと!?」 「スカルトレイルモン、みんなを怖がらせたお前をぼくはゆるさないぞ!」 「小童が…だがホーリードラモンとは貴重なサンプルになりそうだ、痛めつけてイレイザー様への特上のモルモットにしてやろう。かかってくるがいい!」 突撃するデジモンたち 「ブラインドフォッグ!」 間合いに飛び込んだ敵へ黒煙を放ち、きさらぎ駅へと誘い込んだ時のように昏倒を狙う その最中、金色の刃を翻し加速するシルエット パァン!と剣圧をかざし黒煙を一蹴したエビバーガモンの姿 「つまらん小細工だ」 「よかろう殴り合いだ、デモンズグラップル!」 躯体に絡みついた黒骨の帯がはがれ、無数の腕となって襲いくる。一本一本の練度はエビバーガモンにとってそれほど驚異ではなかったが数が多く、小柄なエビバーガモンの姿では払い切るのに手間取っていると───銃声。骨腕を弾き生まれた隙間へ赤いギリースーツがライフルを立て続けに撃ち込んだ 「隙アリ……アイヤー跳弾したヨ!?」 だがホットギリードゥモンの斉射へスカルトレイルモンは不動。その身に一切の揺らぎを見せない 「無駄だ。このカラダは骨の一片に至るまでブラックデジゾイドで出来ているのだ、そのような鉄砲玉で射抜くことなど不可能…イヒヒヒヒ」 「だったらわたしたちが!」 「待てヤチホ、前に出過ぎるな!」 スカルトレイルモンの挑発に乗せられヤチホがいきりたつ。この戦いの決定打となるのはおそらくホーリードラモンの必殺技に他ならないはずだと───彼女の視野は狭まっていた 「わたしが、わたしたちがやらなきゃ…マシロさんたちや捕まってる人たちが安全な場所に戻れない…!」 身じろぎ一つせず不動の姿勢でホーリードラモンらにカウンターを主体に迎撃するスカルトレイルモンへ、ひるまず仕掛けながら突き崩すための隙をうかがう 「デモンズグラップル!」 「アポカリプス!」 さらに苛烈に迫る多腕の波状攻撃に対して魔法陣から放たれた光の矢が迎撃 舞い上がった土埃を切り裂きスカルトレイルモンの巨躯へホーリードラモンが体当たり、取っ組み合いとなる 「こんのぉお…!」 「そらそらどうした、その程度の力ではワタシのボディをひっくり返せんぞ。"カラミティチャージ"!!」 「ぐわあーっ!」 「ホーリードラモン!?」 「あぶないヤチホ!」 急加速する骸骨汽車の質量が究極体を容易く弾き飛ばし壁面ごとヤチホらの戻り道を崩落させてしまった。なお諦めずに瓦礫を蹴散らし飛びかかるホーリードラモンだが、スカルトレイルモンが嗤う 「イヒヒヒ…哀れよの。四大竜の一角たる貴様がこれほど弱いとは、さぞかしあのテイマーは未熟者なのだろうな」 「ヤチホをバカにするなぁ!」 「小癪!」 死角から怒りに任せた渾身の尾を撃ち払い、スカルトレイルモンの躯体が初めて揺らいだ 「いくぞぉ!ホーリーフレイ───」 「あっ───!?」 「礼をくれてやる。まずは貴様から倒れろ…デモンズグラップル!」 突然ホーリードラモンの体が光の泡に弾け、白い雪玉餅に回帰。デジヴァイスの画面に表記されたのは究極体を維持するエネルギー切れのアラート あわててヤチホが飛行能力を失って墜落するパートナーに手を伸ばす スカルトレイルモンの魔の手が迫る 握り潰されれば、死─── 「だめ、だめーーっ!!」 「こっちだユキミボタモン!」 「ヌゥッ!?」 「アイヤー!」 ……より早く、マシロがヤチホの横を飛び出してユキミボタモンを受け止め、背に殴打を受けながらも転がり着地。そこになお迫る腕関節へホットギリードゥモンの咄嗟のインターセプトが赤熱の弾丸を呼び、爆ぜた なんとか唸り立ち上がったマシロが土埃にまみれながら安否を確かめる 「うっく…!大丈夫かいユキミボタモン」 「もうホーリードラモンから戻っちゃった…!」 「幼年期からワープ進化する子はとても珍しいから身体が慣れてないんだね。消耗が激しいのは仕方ないよ」  「はよ逃ゲロヨー!!」 「援護してエビバーガモン!」 「応!」 ポテトの光剣が追い縋る腕を弾き、マシロが転げるようにして舞い戻るのに合わせエビバーガモンが体制を整え直す。戦況がふりだしに戻ってしまった 「グハハハやるな、だが頭数が減ったようだな好都合。このままキサマらも取っ捕まえて我が主人に差し出してやろう」 高笑いが響く。トドメを決めきれなかったしくじり、大きなチャンスを潰され敵に優勢を許してしまった未熟な戦況運び。そしてマシロに怪我をさせてしまった。冷静に指示を出せなかった自分のせいだと痛感 マシロの腕から転げ落ちたパートナーを受け止めた途端、弱音が溢れ 「ごめんねユキミボタモン、すぐに助けに行けなくて……ごめんなさいマシロさん、やっぱりまだわたしじゃ…」 クロウたちにテイマーとしてまだまだ及ばないと痛感する。なさけない。こんな弱いままじゃ、いつか…いつか 違う。いつかじゃない今 たった今そうなりかけた ユキミボタモンが まるで マシロのパートナーのように…? 「ヤチホちゃん、自分を責めちゃダメだ」 「!」 「ボクらは今チームだ。1人で全てを背負いこんじゃいけない、それは正しい道を見誤らせる…ボクがかつてそうなってしまったように」 呼吸を整えようとして強張る。まだ涙が溢れる 「キミには……ずっとボクのせいでとても気負わせてしまったかな…ボクのパートナーのことも」 そうだ。あの黒いもやになってしまったデジモンのことがずっと頭から離れない 戦いを繰り返した果てに何かが招くかもしれない末路への恐れ。そうなってしまったマシロのパートナーへの悲しみに胸がずっと痛かった 「こわい…こわいですわたし。ユキミボタモンがわたしの判断ミスであんな風になっちゃわないかって……不安になって、焦って…結局危ない目にあわせて」 「うん」 「最初にこの子を見つけた時も、わたしはほとんど鉄塚さんの後ろで見てただけで……わたしのパートナーになる子かもしれないのに何もできなくて。くやしくて」 「うん…」 「わたしは…"選ばれた"から、選ばれし子供になったから。次こそはわたしが強くなって自分でなんとかしたいって思ってるのに……うまくできなくてごめんね、ごめんね…ユキミボタモン」 ばしーん! 「ヤチホのばかっ!」 「いたっ!」 「なんでそういうかなしいこというのっ、ヤチホは弱っちくないよ!」 ひんやりした頭突きが脳を軽く揺らした跡にじんわりと熱さがふくらむ 「オーナーさん言ってたもん、『黒い歯車』がなくなったぼくがすぐにホーリードラモンにまたなれたのも……ええっと、むずかしーコトわかんないけどとにかく特訓頑張ったヤチホがいるからだって。それってすーーーっごく、すごいことなんだって」 「でも…」 「それにボクを助けたいって、ともだちになりたいってみんなにおねがいしてくれたのは───"自分で選んでくれた"のはヤチホだもん!だからぼくは怪我したくらいじゃへこたれない!何度だってヤチホを信じて必死になれるんだよ!」 マシロが震えるヤチホとユキミボタモンの頭に手を添え、なでる 父親や母親とも違う、はじめて味わう優しい手のひらの温もり 「2人ともちゃんと気持ちを伝え合って偉いね───大丈夫キミたちはボクの二の舞なんて絶対ありえないさ。ボクも、この子も、みんなもそんな結末をキミたちには与えさせない」 振り返る。頷く仲間たち 「まだまだ躓いても立ち上がれるチャンスが残ってる。みんなで作り上げられる───だからここにいる全員で出来ることを"一緒に選ぼう"。みんなで良い結末を掴むために、キミの仲間としてキミのことを支えさせてくれ…!」 そう言われてヤチホはようやく空回っていた心が落ち着きを取り戻すのを感じられていた。深呼吸しユキミボタモンを見つめる。ほんのり冷たくて、だけどあたたかい温もりが腕の中で見つめ返してくれている 「…?」 そしてマシロの側にある気配がこちらに微笑んだような気がしたのだ。大丈夫だと、彼とまったく同じように 「…怒ってごめんねヤチホ、助けようとしてくれてありがとう。でもボクもまだ諦めてないよ。ホーリードラモンになれなくたってヤチホのためにみんなのために今できることを最後までがんばりたいんだ」 「ユキミボタモン…ううん、わたしのために怒ってくれてありがとう。みんなも…ありがとう」 交わした目線。彼に優しく包まれた温かさが両掌の震えを止めていた 「…信じてる。諦めない。教えてください今のわたしたちに出来ること!」 強く頷き合い、決意 「これを使って。キミのデジヴァイスと今のユキミボタモンの体力でも起動できるハズだ」 「あっヤチホ、これデジメンタルだよ」 「かつてボクが使っていた『希望のデジメンタル』───今のボクらには使えないけれど君たちなら」 彼の掌を伝う光となったデジメンタルが吸い込まれ、デジヴァイスの画面に新たなアプリケーションが起動した 「…うんわかったマシロさん。いくよユキミボタモン、"デジメンタルアーップ"!」 「おーっ!ユキミボタモン"アーマー進化"ー!」 「───奇跡の番人《ゴートモン》!!」 「できた…これがアーマー進化」 「ヤチホちゃん、ゴートモンは頑強な結界と敵を混乱させる超音波が使える。今度はキミたちが仲間の反撃の起点をこじ開けるんだ」 「うんっゴードモン!」 「ふん、今更ホーリードラモンにもなれぬアーマー体で何ができようか!デモンズ───」 「───"ミスティックベル"!!」 いなないたゴートモンの鐘の音が赤い天空へと轟く 「グアアアアアッ!し、視界が…音が、ヤツらはドコだ……な、ナンダこれはァッ!?」 スカルトレイルモンの感覚器官が激しいエラーを起こし、歪みチラつき増減する幻覚と幻聴に処理能力が押し潰される。骸骨の多腕を操っていたリソースをも蝕まれたことで動きが一気に鈍り決定的な隙が生まれた 「やるなヤチホ。ならばトドメはこちらが引き受けよう───ヤツのコアを探して討つ」 「グギギ…しぶとい連中め。だがここまでだ、ホーリードラモン無きいま残された貴様らの技では我を砕くことなど不可能!」 「こンの…調子に乗って…!」 らんなもまた今の状況からなんとかして打開策を探す。エビバーガモンらの攻撃が通りそうな場所───らんなが好んで視聴するロボットアニメのように、どれほど頑強な機体にも構造上の脆弱となる箇所、どうしても塞ぎきれない隙間のようなものがあるはずと考える …とはいえクレーンの上から遠目に俯瞰するしかない状況、骸骨汽車の周りをうろちょろして探し回ることもできない。そのくせ鎖が徐々に食い込んで痛いし、抜け出そうにも動くと落っこちそうで怖くて仕方がない 「あーもうサイアク女の子乱暴に縛り上げてこのヘンタイ骸骨汽車ーっ!───って、なんだろ煙突の中に…赤い光?」 ふとスカルトレイルモンの頭頂部、黒煙を吐き出す穴の向こうに鈍い瞬きを見た 「ねぇーエビバーガモン、赤くて丸い光が煙突の中にあるけどコレなーーにーーー!?」 「「デジコア!!」」 「しまった!?」 「うそっ見つけちゃった!」 エビバーガモンが先行し合図を送る 「我に合わせろホットギリードゥモン!」 「アイヨー!ワタシのキャロライナリーパー、ライフルだけじゃなくファイアスロワーにモードチェンジ出来ルヨー。ホワチャーーー!!」 「ぬおおおおっ火炎放射だと!?」 「そして風穴確定ネ……必殺───コアシュート!」 「バカめ明後日の方向へ撃って何を…エビバーガモンはどこだ!?」 「───上だ、火炎放射に気を取られたな。らんなを攫った罪しかと受け取れぃ。ポテトセイバー…"鬼神突"!!」 天を突くエビバーガモンの眼前に交錯…剣の峰を掠りコースを変えた跳弾の背へ、すかさずエビバーガモンの切先が突き出し解き放たれる"かつての姿の必殺剣" 天から地へ爆ぜるように多段加速したホットギリードゥモンの一射がコアへ飛び込み 「ば、バカなァァァーーーー!!」 内部から膨張する赤い光が髑髏の隙間から漏れ……骸骨汽車が異空間の果てまで轟く悲鳴と共に炎に飲まれ砕け散った 「エビバーガモンかっこよ…マズっクレーン倒れる!?」 「らんなーっ!」 爆発の衝撃が背後のクレーンに伝播し鉄骨がひしゃげたのだ。錆びつき靭性を失った構造材は容易くへし折れ前傾する 「いやあああーまだアタシ死にたく無いーー!」 「ゴートモンいって!」 「うおおーっ!」 野羊の躯体がヤチホを背に乗せたまま連続跳躍。かすめ様にツノが鎖を絡め取りらんなの身体がふわりと浮く 「掴まえた!」 「やった!」 パキン 「「えっ!?」」 らんなを縛る錆びた鎖が再び千切れた。地面まではまだ微かに高く、受け身を取れない彼女は無事に済まされない。万事休す、らんなは目をひたすらに瞑り衝撃を待つ 「───『俺』が行く!!」 誰かの声がした。力強い腕へ抱え込まれた直後、受けた衝撃はクッションのように緩和され、鈍い痛みが自身の生存の証左であると気づきらんなが目を覚ますと 「痛たたた誰……ええっ!?」 「ふぃー…間に合ったようだ」 ようやく帰ってきた地面。そそくさと駆けつけたホットギリードゥモンが鎖を外してくれる中で慌てて自分を受け止めた"初老の男性"へ視線を戻す 「い…いまオーナーさん一瞬若返って"シブいオジサマ"になってなかった!?」 「さーて気のせいじゃろ。とはいえ…うおおだいぶ無茶した…!」 「ええっでもそれだと落ちてきたアタシ受け止めたの、そのおカラダでホントに大丈夫なんですか!?」 「サバゲーで鍛えとるからなワシ。ありゃ楽しいぞ」 「サバゲーすご…」 「おねーーーちゃーーーーん!」 「ヤチホーっ助けてくれてありがtぐえーっ!」 どしーん!と自ら胸に飛び込んできた妹分からダメージと安心感を浴びながら2人は涙目に喜びを分かち合った 「がんばったねー成長したねーかっこよかったよヤチホ。アタシめちゃくちゃ嬉しいよ…!ユキミボタモン───今はゴートモンちゃんね、それにホットギリードゥモンにエビバーガモンもみんなのおかげだよーえらいっ!」 「うんおねーちゃん。それにオーナーさん、マシロさんも!ありが……」 ───が、突如として勝利の余韻を吹き飛ばす警笛が耳を打つ レールを引っ掻く車輪の音が聞こえ、最奥のトンネルに光る白い穴へと吸い込まれるようにひとりでに動く出しているではないか 「あっ電車が動き出した!?」 ゴウン…バキ、バキ… 立て続けに鈍い亀裂音と振動、赤い空が歪み始めているただならぬ様子にマシロが叫んだ 「この振動…まずい早く開いたゲートへ!たぶん主人を亡くしたせいで異空間が崩れかかってる、取り残されたら終わりだ」 「ゲートに飛び込め!」 皆戦いのダメージを引きずりながら残された力を振り絞って走る。走る 全員が無事光に向かうしんがりを務めてマシロも後を追いはじめる 「マシロさん早く!」 「ヤチホちゃん振り返るなそのまま行って……!」 ────────── 「え…ここは」 眩しい昼時の青空と慣れ親しんだホームを行き交う人々の活気。異空間にどれほど長くいたか定かでは無いが、ひどく懐かしく感じられる 再び正面に戻した目に入る駅名の看板 「目的地の駅…ついたぁぁーー!」 「ハァーッ、ピクニックに向かう道中でハリキリさせすぎだろうワシゃ疲れたぞ」 らんなの歓声とオーナーのくたびれた声。それぞれのデジヴァイスとリュックサックからはパートナーたちの雑談が聞こえだす 現実世界に帰ってこられた。きさらぎ駅からの脱出を果たしたのだ皆無事に…… 「あれっマシロさんがいない…?」 まさか最後の瞬間一番後を走っていた彼は間に合わなかったのか? 「どこマシロさん、マシロさん…!」 向かいのホーム、停車中の電車の影、階段を駆け上がり連絡通路から駅構内へと。くたびれたシャツとジーンズをひたすらに探す……見当たらない 「返事してよ、マシロさん…!」 「やひふぉふぁん?」 「わひゃあ!?」 不意にとんできた気の抜けた声にヤチホの全身がびくっと跳ねて尻餅をついてしまった。さっと伸ばされた手の主を涙目に見上げ、固まる 「ゴメンゴメン驚かせちゃったね。またお腹減っちゃって売店でちょっとだけお買い物してて」 かじりかけの肉まんを手に持ち直し、さんざん探し回った青年───暁月マシロは呑気に謝罪した 「……んんん!心配っ、したのっ!わたしっ、わたしーっ!」 「わあぁっプンプンとポカポカしないで…あっいたい…いたいっ…ごめんっごめんよぉ…っ」 「んー!んー!」 一通り落ち着いてからマシロは滑り込みセーフだったとへにゃりと笑い、これ以上ヤチホの泣きべそが加速しないよう目線を合わせて安心させるよう肩を叩く 「よかった…マシロさんが幽霊だったんじゃないかって…あそこでさよならしちゃうかもって思って…ううっ」 「幽霊…かぁ……ううん暁月マシロという人間はキミのおかげでここに居られるよ。だから泣かなくていいんだ」 でも。とマシロが一拍置いて呟く 「僕はこれから行かなきゃいけないところがあるんだ。ここでお別れだね……もし迷惑じゃなかったらまた会えたらお話しようよ、今回みたいに大変な冒険せずにゆっくりと」 「迷惑じゃないです。わたしたち仲間ですもんね」 別れの挨拶の最中、何か言い淀んだ気がしたマシロにヤチホは照れくさくともこれだけはキチンと言葉にして伝えたかった。マシロもまた照れくさそうに……しかしとても嬉しそうな微笑みで頷く 「……それにもしかしてマシロさんと2人きり?」 「えっ?」 「えっ…あっ違…そうだけどそうじゃなくって!」 「その時はオーナーさんたちともお話したりお料理たべてみたいんだけれど、どうしよう」 「うっ……確かにオーナーさんのお料理とっても美味しいですもんね……うう」 「ああっそんな、がっかりさせちゃってごめんよ……とりあえず今日のお礼はまた今度きっちりさせてほしい。大変だったけど久しぶりに人とたくさん話せて嬉しかったよ、ありがとう」 「わたしも、たくさんありがとうございました。目が覚めたらパートナーデジモンさんにも、よろしく言っておいてほしいです」 「うん、きっとこの子も感謝してるさ」 「オーナーさんこっちこっち、マシロくーんよかったー!」 「お、おいらんなちゃん手負の年寄りに走らせんでくれ…って、おおーマシロ無事だったか!」 「オーナーさんらんなさんご心配おかけしましたー!」 …このさき暁月マシロは天羽生ヤチホと共に戦い、やがてまだ見ぬ仲間を得てゆくこととなる 鉄塚クロウ・秋月影太郎・朧巻タツミ―――…… 今日の出会いと別れが紡いだ最初の一ページ。そして次なる再会の約束は新たなページを紡ぎはじめているのだと、彼等は笑顔で手を振った 「「またね」」