ハクマイ怪文書シリーズ 勝負服編…? 『Monotone Clap』 あらすじ:ハクマイは目立ちたがり屋で美少女な世にも珍しい白毛のウマ娘! 『誰が何と言おうと、必ずぼくの立つべき舞台がどこか、全員に理解させる。』  スプリングS、皐月賞…幾度の困難という泥濘に塗れようとも、己が悲願を成就するその日まで、強い覚悟を抱く彼女の歩みは止まることはない! ◇◇◇ 「ウマッターのアンケートでぼくの勝負服は牛柄バニーに決定したから。よろしくねトレーナー」 「駄目駄目駄目絶対に駄目です」 「へぇ」 ◇  そんなやりとりから数週間。初のG1挑戦である皐月賞を目前にしたハクマイとトレーナーは、発注した勝負服の確認に訪れていた。 「これは…!」 「うおおおお〜! すっごーい! 要望通りだよ!」  ハクマイは生まれて初めて自分だけの勝負服が形になった姿を目にし、トルソー相手に思わず拍手を送った。  白拍子を意識し、テイストは和風、メインカラーは白と赤。しかし退屈させないよう各所に赤黒のマーキングが施され、彼女がトレードマークに使用している牛柄のおにぎりケースも、脚部を彩るアクセサリーに取り入れられている。 (肌の露出、少し多くないだろうか? でもハクマイが手ずからデザインを用意してくれたし、それを跳ね除けるのもな…。世の中には水着風勝負服というのもあるらしいし……)  とモヤモヤ思考するトレーナーの内心はいざ知らず、ハクマイは嬉々として話しかける。 「これ、試着してもいいのかな?」 「ええと…今回はデザインの確認のみとのことです。ここから仕上げに入ると連絡を受けていますので、着れるのは早くて来週になりますね」 「そっか、じゃあ写真だけ撮らせて! ウマッターで皆に報告しないと…!」  ハクマイが勝負服をパシャシャシャシャと連写する音が部屋に響く最中、同じく確認に来たのだろう、同期のオルフェーヴルと──比較的小柄なハクマイより、さらに小柄なウマ娘の2人が裁縫室の扉を開けた。 「失礼いたします。勝負服の確認に参りました。オルフェーヴルとその姉、ドリームジャーニーとご確認ください」  ドリームジャーニー。オルフェーヴルの実姉、かつG1を3勝している強豪ウマ娘。現在は、自身も競争ウマ娘として活動しつつ、遠征支援委員会の委員長をこなし、妹のサポートにも積極的であるという。 「む、その姿は…我が友ハクマイではないか」 「げえっ、オルフェ!」  先日のスプリングSで奇跡の同着のち、すっかり距離感の近くなったオルフェーヴルがハクマイに絡みにいく姿を、一緒に訪れたウマ娘、ドリームジャーニーは優しい目で見守る。 「なるほど、彼女がオルの言っていた子か…」 「初めまして、ドリームジャーニー」  ハクマイのトレーナーが、軽くドリームジャーニーに会釈と共に話しかけた。 「貴方は…ハクマイのトレーナーさん、ですね? スプリングSの日以降、オルからよく彼女のお話をお聞きしております。良き友人と出会えたようで…。私からも御礼を言わなければ」 「ありがとうございます。けれど感謝の言葉は、ハクマイ当人に伝えて頂けると何より。妹さんの勝負服を一緒に確認しにいらしたのですね。彼女の勝負服は既に完成したと伺っていますが?」 「はい、本日は新しく作り直すのでなく細部の調整を……おや、お話をしていたら丁度来ましたね」  担当の者が豪華絢爛な勝負服を着せたトルソーを4人の前に披露した。  軍服調の白いコートにあしらわれた金刺繍や大きな宝石、ファーの装飾が眼を惹くが、マントに柔らかなチュール素材を織り込むことにより、重すぎない印象で仕上げられている。  以前から雑誌のピンナップ等で披露されていたものより、細部が一層洗練されたように見えた。 「ギャ〜!? 知ってたけど君の勝負服、派手すぎない!? 目が眩むんだけど!」 「ふっ……王たる余の身を飾るのだから、豪奢は必然。むしろ我が友の勝負服には輝きが足りぬ。宝石も…1つ2つと言わず、4つほど飾っても良いと余は思うが?」 「ぼくのはカジュアル系だから、そういうのは却下。ていうかもし付けるなら新しくデザイン練り直しますから!」 「…ところでマントの裏地、金刺繍の緻密さが足りぬ。疾く作り直せ」 「うわぁ急に暴君になるな!」  互いの勝負服を前に和気藹々と雑談を続ける2人に、ドリームジャーニーはそっと近いた。靴音が柔らかく響く。 「…オル、彼女とのお喋りは楽しいみたいだね?」 「姉上! そういえば、姉上と我が友は初対面であったか…」 「っとと…オルフェのお姉さん! 改めまして、ぼくはハクマイ。よろしくお願いします」 「こんにちは。初めましてになりますが、私はドリームジャーニー…妹がお世話になっていますね」 「あはは…それは、まあ色々と…」  和かな笑みを浮かべているが、内心冷や汗をかくハクマイ。実は彼女がこの場に現れた時から…底知れない空気を薄々感じていた。 「ふふ」  雑談が続く最中、じ、とドリームジャーニーはハクマイの瞳を下から覗き込むように会話しながら見つめている。身長148cmと、小柄なハクマイにとって見上げられるのは新鮮な体験だ。だが、今の彼女にそれを気にする余裕はない。  色付き眼鏡の向こうに、妹とよく似た瞳。  しかしそれから感じる圧はまた別種だ。圧倒するのがオルフェーヴルならば、恐縮させるのがドリームジャーニー──といった所だろうか? 「お…お姉さんはオルフェの勝負服を確認しに、一緒に来たんだよね? 折角だし感想とか聞いてみたいかも?」 「他ならぬオルが気に入っているのだから、私から何か言うのは不要だと思いますが…高潔にして激情、我が美しき妹の覇道に…相応しい勝負服だと思っていますよ」 ((……オルフェがああ(王)なったの、多分この人の影響だ──!!!))  ハクマイとトレーナーが人バ一体になった、珍しい瞬間である。 「勝負服といえばオル、今回の修正点はマントのみで構わないかな?」 「…うむ、仔細はない」 「よし、それではマントを修正して、それから勝負服の仕上げに入ってもらうよう伝えよう。それと… ハクマイさん、放課後の予定に支障はありませんか? よろしければ、お茶会にお誘いしたいのですが…」 「お茶会? ええっとトレーナー、大丈夫かな?」  ハクマイはぎくり、と音が聞こえそうなくらい露骨に動揺を見せた。 「はい、トレーニング時間には余裕がありますから、貴方に私用が無ければ問題ないかと」 「そうか、ありがとう。じゃあお邪魔しちゃおうかな〜?」 「ありがとうございます。…それでは、後ほどご連絡いたしますね」 「……ドリームジャーニー、ハクマイをよろしくお願いします」  トレーナーは、ドリームジャーニーの底知れぬ瞳を見つめ、真摯にそう伝えた。 「──ええ、勿論です。 オル、放課後はトレーナーさんとの用事があったね?私は離れるが気にしなくて大丈夫。気にせず予定をこなして欲しい」 「承知した。──姉上。」 「分かっているさオル。君の友人に悪いことはしないよ」  こうしてハクマイはドリームジャーニーと想定外の『お茶会』へ、ハクマイのトレーナーとオルフェーヴルは各々の予定通りに戻り、おっかなびっくりな勝負服披露回は一旦幕を閉じた。 ◇◇◇  そして放課後。ハクマイはドリームジャーニーに「遠征支援委員会」なる部室に招かれ、彼女がお茶を用意する様を椅子に座り眺めていた。  人払いは済んでいるのだろう、その部屋にいるのはハクマイと、お盆に紅茶とカステラを載せ、自分も椅子についたドリームジャーニーだけだ。 「どうぞ。お口に合うと良いのですが」 「い、いただきます……美味しい。なんか香りがすごい……!」 「ふふ。今日は頂いたルフナをミルクティーにしてみました。甘いカステラとよく合いますよ」 「る、るふな? へへぇ…」  ハクマイに紅茶はわからぬ。ハクマイはごく一般的(?)な家庭の出身で、なんなら普段おにぎりと一緒に楽しむ緑茶もペットボトルの伊◯衛門だ。  立ち振る舞いが常人でないことから察していたが、どうやらこの姉妹はお嬢様らしい……。  ドリームジャーニーも紅茶に一口付け、口を開いた。 「あの日以降、オルは…レースに対して一層熱を上げるようになったと感じます。特に貴女との対戦を想定したもので。張り合える友人、ライバルとの出会いは旅路において得難いもの…私から感謝を伝えなければなりません」  ドリームジャーニーは、それが心の底から嬉しい、というような表情と声色で、しみじみと伝えた。その姿に偽りは見当たらない。 「それは…丁寧に、ありがとうございます。彼女との出会いはぼくにとっても凄く良いことでした。だって、あんなに勝ちたいと思ったのは、あの日が初めて、だったから」  年上なので敬語を使いこそすれ、いつもの様にキャラを作ることをハクマイはしなかった。その理由は明白で、彼女が妹オルフェーヴルの同類であるならば、演技など無意味なものでしかないからだ。 「オルがレースの後、オーディエンスに対して共に皐月賞に出走すると発表してしまったでしょう。ご迷惑でないと良いのですが。あの子は王としての気質が強く──時折、他者を引っ張りすぎてしまう、そんなきらいがありますから」  ドリームジャーニーは穏やかな笑みをたたえている。しかし、その瞳の奥は笑っていない。ハクマイの芯を見透かそうとしているように。 「ですが、迷惑以上に…私は貴女を心配しているのですよ、ハクマイさん」 「? 心配、ですか?」  思わぬ言葉に、ハクマイはカステラを口に運ぶ手を止めた。 「ええ。あの子は…オルフェーヴルという王は、一度『好敵手』と定めた相手には、己の全てをぶつけ、そして相手にも全てを求めます。 それは時に、相手を心身共に削り、壊しかねないほどの苛烈な熱量で……」  ふぅ、とドリームジャーニーは小さなため息をつく。その色香すらある仕草には、妹の激しすぎる気性を誰よりも理解している姉としての憂いが滲んでいた。 「貴女には、オルの覇道を照らす輝かしい好敵手の一人であってほしい。けれど、その光が途中で燃え尽きてしまっては意味がありません。……オルが、悲しみますから」  遠回しな、しかし明確な警告。オルフェーヴルと本気で渡り合うということが、どれほどの覚悟を要するのか。そして、その覚悟がないのなら、あるいはその器でないのなら──。  ドリームジャーニーは言葉を続けない。ただ、静かにハクマイの返答を待っている。沈黙が、部屋の空気を重く支配していく。 「……」  ハクマイは一瞬、喉が渇くのを感じた。目の前の小柄なウマ娘から放たれる圧力は、スプリングSのあの日、オルフェーヴルと対峙した時のものとはまた違う。冷たく、底が知れない──深海のように。  これは、牽制だ。そして、試されている。  ハクマイは一度目を伏せ、紅茶を一口飲み、冷えた喉を温めた。そして、カップをソーサーに置くと、カチャリと小さな音を立てて、再びドリームジャーニーの瞳をまっすぐに見つめ返した。 「心配してくれてありがとね。ジャーニーさん」    その口調は凛とした響きを帯びていた。 「まァ、それはそれ。これはこれ、だよ」 「…と、言いますと?」 「オルフェがぼくに何を求めようが、ぼくはぼくで、自分のしたい事しかしないのさ。お互い似たもの同士なんだ──『傲慢』ってトコがね。 心配は嬉しいけど、ぼく達の走るレースの筋書きまでは、貴方の決められることじゃあない」  ハクマイは口端にカステラをくっつけたまま、ニヤリと笑った。いつもの飄々とした笑顔。 「気をつけた方がいいよ──お姉ちゃん。愛しの妹ちゃんが、逆に糧にされちゃうかもしれないしね?」  その瞳の奥には、幾度掻き消せど消えぬ、不屈の炎があった。 「そうですか。ふふ……どうやら、私が口を出す幕ではなかったようです」  ふと見れば、二人のカップはもう空に近い。 「それに、いくら貴方といえど世相の空気感を操作するなんて、出来るわけないでしょ?なら流れに任せるしかないんじゃない?」 「……」  ドリームジャーニーは何も語らず、ただ微笑むのみ。 「…え、出来んのぉ…?」 ◇◇◇  数ヶ月後。  皐月賞、NHKマイルカップの開催が終了した、5月のある日のこと。 「おや」  とあるネット記事を目にしたドリームジャーニーは、そう小さく呟いた。そしてスマートフォンを取り出すと、即座に遠征支援委員会の伝手を頼り、ハクマイのトレーナーにいざという時は支援委員会独自の医療チームが援助可能だ、と連絡した。 「はぁ、貴方が脚を壊してしまったら、オルが傷つくのは明白でしょうに。存外ままなりませんね──彼女は。」 ◇  トレーナー、オルフェーヴル、ドリームジャーニー──その誰の目も届かぬ場所で、ハクマイの独りごちる声が響く。 「つまりお姉ちゃん、貴方はこう言いたいんだ。お前がオルフェーヴルと戦えるのは皐月賞まで、それ以降は邪魔──悪意のある解釈だけど、大まか合ってるだろ? ぼくはどんな舞台でも、誰かが求めるなら必ず舞ってみせる──。 ──でも、誰かの掌の上で踊るのは、絶対にごめんだね」 『皐月賞2着 NHKマイルカップ制覇ウマ娘ハクマイ クラシック残る二冠への出走を表明』 おわり ◇◇◇ おまけ  あの『お茶会』から約1年後。ハクマイ、オルフェーヴルの両者はフランス遠征のため、旅客機に乗り込んでいた。  用意された席は2人並んでファーストクラス、かつ周囲は人払いをされているのか無人。  トレーナーや周囲のスタッフは、別シートに案内されたらしい。 (おかしい、どう考えても──特別待遇だ。確かに日本からフランスへの移動は12時間以上かかるのだし、環境が良いのはありがたいことだけど。 以前のデータだと、遠征支援委員会の手配では、基本的にビジネスクラスが用意されてるはず…)  思考を巡らすハクマイを他所に、隣のオルフェーヴルは機内食のメニューを開く。態度は落ち着いているが、その瞳は初海外遠征の好奇に輝いていた。 「我が友はチキンを選べ。ビーフでは共食いになってしまうからな」 「だから牛じゃないっつーの。……ハァ、まぁいいか。今回だけは、君のお姉ちゃんにただ乗りさせて貰うよ」 「……うむ!」  このような機会には慣れているのだろう。ハクマイは珍しく、オルフェーヴルに大物っぽさを感じたのであった。  シートベルト着用のサインが点灯した。彼女達の新しい舞台、あるいは旅の始まりは近い。 おまけのおわり