オリキャラ雑談クロスSS_3_30

狭間の世界のゼノリス:最終回

3.狭間/決戦編

目次

3.13.ハウ・ゼア・ライヴズ・ゴー・オン

3.13.ハウ・ゼア・ライヴズ・ゴー・オン

 地球の国際機関・文明保護財団の会長であるマシーフ・ダッジャールは、外部の協力を得てポータルを消去した。
 しかし彼はそれに留まらず、協力者を拉致して手術を強制し、それによって自らの未来予知を確固たるものとしようと企んでいた。
 また、キョウカイにおいて予言の聖女として知られていたリカーシャ・カインが、国際社会に利益を生むと称して異世界から巨大な召喚装置を運んできた。
 しかし彼女はそれに留まらず、勇者の曽孫ではあるが一般の冒険者として暮らしていた娘を暗殺しようと試み、様々な脅威を異世界から召喚した。
 そして、二人の子であるナハヴェルトに至っては、宇宙を消去して地球とキョウカイ、そして隠された世界であった神世を一つに統一してしまった。
 ごく少数の有志によって阻まれはしたが、これら一連の騒動は、二つの世界でどう認知されていたか?
 まず地球においては、ダッジャールは責任を問われ、解任されることとなった。
 これは未来予知や拉致が発覚して批判されたのではなく、主にポータルが地球に戻ってきてしまったためだ。
 ポータルは、ナハヴェルトが祖霊板の力の一部を奪われたためにコングロメレートが神世に取り残された際、同時に地球へと弾き戻されていたらしい。
 ダッジャールは事件の全貌について説明したのち、各国及び各種の国際機関の監視付きで財団の外部団体の預かりとなり、文明の存続にかかわる研究などに携わっているという。
 一方でキョウカイにおいて発覚したリカーシャの行為も、大きな波紋を呼んていた。
 彼女を糾弾し、また彼女をサポートしてきた聖女機関を解体するべきだという意見が強まっていた。
 当のリカーシャは、聖女機関を通してミリア・ビヨンド抹殺の撤回を宣言したのち、消息を絶った。
 聖女機関の幹部が内情どころか、責任回避のために捏造した情報を「暴露」するのも時間の問題だろう。
 そしてナハヴェルトは、リカーシャと暮らすことを選んだ。
 それまで聖女機関の秘匿施設で暮らしていたこともあるのだろうが、その聖女機関からも身を隠す生活は、さほど安楽なものではあるまい。
 ともあれ、それらを除けば、地球もキョウカイも、以前と同じ小康状態が戻ってきたとは言えるかも知れない。


 移民請負企業ハダルは、その呼び名のごとく、民族や自治体といった多数の人員による生活圏の移転を請け負う事業体だ。
 業務理念としては、復興の見込みの薄い被災地からの希望者、あるいは戦災難民。
 そうした人々を移動都市ヴィルベルティーレに移乗させ、新天地へと連れて行くことを主眼としている。
 社有地の開拓、あるいは移民を募集している土地との折衝など、業務は多岐に渡る。
 無論、そうした人々から先払いで報酬を受け取ることは難しいため、報酬は利子付きで分割後払い、となることも多いのだが。
 ハダルに所属するグリュクの今日の業務は、そうした支払いの、長年に渡って滞っている顧客からの取り立てだった。
 回りくどい手続きを経てヴェステンジニア帝国から発行された差し押さえの執行免状を見せたものの、移民たちの子孫は代金を払う意思が薄い。
 霊剣ミルフィストラッセが、鞘の中から言う。

(そもそもその移民自体、100年以上前のことであろう。よくヴェステンジニアが差し押さえを認めたものだ)
「正直気が進まないんだけど、俺の飯の種でもあるし……
 正式な商取引の支払いをなし崩しに踏み倒すのも良くないことだからな」

 グリュクは嘆息して、相棒を窘めた。
 彼を追い払おうと取り囲む、街の荒くれ者たちが意気込む。

「大昔のことで御託並べやがって!
 帝国から免状が出てるからって、このラバエまではお上の目なんざ届かねえ!
 お前ら、やっちまえ!」

 リーダーらしき男の命令で、荒事に慣れたと思しい男たちが鉄パイプなどを持ってグリュクに飛びかかった。

「オラァ!」「くたばれ、この銭ゲバがぁッ!」

 だが、一瞬のちに蹴散らされたのは彼らの方だった。

「ぐぉ!?」「ぶッ!?」「ごは!?」

 倒れ伏す男たち。霊剣の加護の戻ったグリュクの敵ではない。
 驚愕するリーダーに向かって、彼は告げる。

「あんたまでこんな風に打ち据えたいわけじゃないが……うちにもそれなりに場数を踏んだ実行部隊がいる。
 限定的な紛争程度の実力行使なら見逃すと、ヴェステンジニアの皇帝陛下は仰っているよ」

 免状を広げて皇帝の署名を指し示しながら、告げる。
 正確には皇帝は署名しただけで、帝国外の組織であるハダルによる取り立てを承認したのは帝国枢密院の筈だが。
 ハダルも無論、外国での活動に際して資金を投じた政治活動などを行っている。
 グリュクは宣告を続けた。

「あんたたちにやって欲しいのは喧嘩じゃなくて、うちの社長との交渉だ。
 テーブルについて話し合う日取りを決められる人の所に、案内してくれ。
 できないことじゃないよな?」
「わ、わかった……連れて行く……案内するから……!」
「……頼むよ」

 男たちの後へと付いて行くグリュクの腰の鞘の中から、ミルフィストラッセが言った。

(御辺、ずいぶんと汚れ仕事に慣れたな……細君が見たらどう思うやら)
(それはやめろ……頼むから)

 グリュクは昼下がりの裏通りを歩きながら警戒しつつ、考える。

(……シリルやミリアたちは、今ごろ何をしてるかな)

 その道すがらもう一度襲撃を受けたが、彼は無事に、任務を遂げて帰宅できた。


 シルビアが地球に帰還して知った最大のニュースは、ポータルが秩父上空に戻ってしまったということだった。
 状況を聞くに、彼女たちが一時的に神世に取り残された際、既に地球に復帰していたらしい。
 人外の排出も頻繁にではないが再開され、五度目の作戦失敗は、地球各国に大きな失望とショックを与えたようだ。
 ただ、さすがにシルビアが責任を問われることはなかった。
 彼女の父が庇ってくれたこともあるが、文明保護財団の最高責任者であったダッジャールが、その視覚補助装置に残されていた記録と共に証言してくれたことが大きい。
 ポータルこそ戻ってきてしまったが、シルビアの参加していた臨時執行部隊ゼノリスは、消失した宇宙を取り戻したのだ。
 ただ、ダッジャールはポータル排除失敗の責任を取る形で解任されてしまった。
 シルビアは、彼の解任がアルダやホロウを拉致した廉でないことに複雑な思いを抱きつつも、しかし、それが建前の立ち並ぶ大人の世界の有様なのだとも理解していた。

「オーライ、オーライ……ストップ!」「固定OK!」「よしピン差し込めーッ」

 今のシルビアは変身を解いた状態で、相棒であるフィアンメIIの組み立て作業を眺めている。
 彼はそのままでは輸送機に搭載できないので、遠隔地に輸送する際は上半身と下半身を分割する必要があるのだ。
 目的地に到着した今、比較的簡便な接続作業を経て動力が点火され、フィアンメIIの意識が再開する。
 カメラで真っ先にシルビアを捉えた魔法少女支援機が、スピーカーから音声を発した。

「Bibibi! シルビィ! オハヨ!」
「おはよう、フィアンメ。今日はここが格納庫だよ」

 彼女が手を振って指し示す、大きなアルミフレームの折り畳みテントを観察して、フィアンメは不満を表明する。

「Bibibi! 粗末! ショボ!」
「仕方ないんだよ、移動しやすいように簡易設備なんだから」

 この後ここで、戦闘機動に耐えられるよう、より厳重な接合作業と武装が行われるのだ。
 文句を言いつつも合金の床板の上に膝を突いて待機姿勢を取るフィアンメの姿を眺めながら、シルビアは任務のことを考えた。
 彼女たちは北アフリカ一帯で猛威を振るう人外勢力『エゴヴィル』掃討作戦のために展開するNATO軍に派遣されており、24時間後には大規模な攻撃が開始されるのだ。
 そうまでして排除しなければならない有害な人外がいて、別の地域では人間同士で戦争を続ける人々もいる。
 消失した宇宙を取り戻しても、それで世界が変わることはない。良くも、悪くもだ。
 ならば、たとえ幼いシルビアとフィアンメであっても、そこには世界に住まう者としての責任がある。
 責任を果たし、少しでも良くなることを願って世界を変えて行かなければなるまい。
 シルビアは相棒にゼノリスでの土産話をしようと思い立ち、整備用タラップを登って彼と目線を合わせた。


「うーん……」

 ゼノリスと別れたヨーコは馴染みの傭兵ギルドの支部に立ち寄り、彼女宛の依頼か、傭兵の募集などが来ていないかをチェックしていた。
 傭兵団に所属しているわけでも、事務所を構えているわけでもないフリーの彼女には、そうした地道な活動も必要になる。
 だが。

(うーん、昨今はどうにもおいしそうな依頼が見当たりませんね……
 私もそこそこ有名になってきたと思うんですが。
 おっと、私宛でも胡散臭すぎるやつはパス)

 結局、食指の動く仕事は無し。
 経済的に差し迫った事情のないこともあり、ヨーコは指名を断って私書箱の中を改めることにした。
 決まった住処を定めていない彼女は、信書などのやり取りをする必要に迫られた際など、こうしてそれなりの頻度で私書箱などを覗かなければならない。
 フリーランスは自由だが、こうして多少の難儀もついてくるというわけだ。

「む」

 彼女は私書箱に届いていた書面を見て、わずかに顔をしかめた。
 シリルに送った請求書への返信で、内容は彼女への報酬を24回払いに出来ないかという提案だ。

(意外とケチですね、聖堂騎士団……まぁ金満というわけでもないか。
 12回で手打ちにしてあげましょうかね)

 ヨーコはギルドの一室を借りて、書面を(したた)めた。

『――以上となります。
 本来ならば全額をご一括にて頂きたいところですが、貴殿との間に(よしみ)の長く続くことを願いまして、12回払いにて承りたく存じます。
 付きましては、傭兵のご用命あらばヨーコ・ワットエヴァーまで。
 敬具』


 事件が収束し、エリスがK市の邪剣教団本部に帰還した翌日。
 ラウンジでティーセットを広げ、紅茶を飲む真似事をしながら、彼女は悩んでいた。

(うーん、困ったわね……ポータル、結局戻ってきちゃったし)

 彼女には知る由もない事だが、エリスがゼノリスに参加していた理由の一つに、彼女の本体がリンフォンだという点があった。
 そもそもはある日、国際霊能力機構から邪剣教団に向けて協力要請が来た事に始まる。
 用件は、教団が事実上所有している通称『リンフォン人形』を貸し出すこと。
 交換条件は、教団への多額の貸出料、及び教団が保護している大量殺人容疑者・安喰衛士郎の、指名手配の解除。
 国際霊能力機構は、第5次ポータル消去作戦のサブプランとして、リンフォンをゲート化してポータルを地獄に転送することを考えていたのだ。
 もっとも、その核心の目的は伏せられ、エリスはあくまで戦力として招かれていたが。
 ポータル消去作戦の裏では文明保護財団の協力の下、エリスからリンフォンを取り出してゲート化する準備も進められていた。
 だがこちらの計画は結果的にメインプランの一時的な成功、そして宇宙消失を経てポータルが戻ってきたことで白紙になった。
 つまり地獄への転送が成功しても、何らかのきっかけでポータルが戻ってきてしまう可能性が出てきたためだ。
 リンフォンでポータルほど巨大なものを転送するのに必要と試算された霊的資源の総額が天文学的であることも、国際霊能力機構を躊躇させた。
 莫大な予算を費して移動させてもまたすぐに復帰してしまう恐れがあるならば、ほぼ鎮静状態にある現状を維持した方が良い。
 そうした結論に至るのも無理からぬことではある。
 結果的に、衛士郎の指名手配の解除――容疑の赦免ではない――も無かったことになってしまったが。

(本当なら指名手配を解除された衛士郎とあたしがゴールインするはずだったのに……
 これじゃ衛士郎に恩を着せられないじゃない! あんなにがんばったのに!)

 苛立ちつつも、空のティーカップを静かに皿に戻すと、ラウンジに踏み入ってくる者がいた。
 右目にレンズ切り替え機能の付いた眼帯をかけ、白衣をまとった女だ。

「ん? なんだエリスちゃんじゃないか?」
「げ、ボトムズ女……!?」

 博美・ヴィクター・フランケンシュタイン。
 国際霊能力機構に所属していながら、指名手配犯である衛士郎に協力している研究員であり、霊具呪物の調整や戦闘用の機械工作まで行う凄腕の技師でもある。
 衛士郎に露骨に劣情を向けている上に、エリスに対しても一切の物怖じというものをしないため、エリスは彼女を苦手としていた。
 その博美が、尋ねる。

「今日は一人? 衛士郎くんはどこだい? 知らない?」
「あたしも探してるのよ、知ってたって教えないけどね」

 塩を撒くように告げるも、彼女は意に介さず、今度はエリスに関心を向けたようだった。

「そうか……ふふふ、実はいい呪物が手に入ってね……君にも戦闘向けの強化を考えているんだ!
 名付けて惨殺少女人形パワーアップ計画!」
「やめてよ完璧なあたしに余計なもの付けようとするの!?」
「いやぁ美的観点からもいい感じなんだって! まずは片目をブルーアメジスト入りのメドゥーサの眼球に換装して、オッドアイにしよう!
 敵の攻撃を吸収したりできてかっこいいぞ! あと君は右手に金色の籠手が付くから、左手にも銀色の武装義手を――」
「絶ッ対ッ、イヤッ! あたしはそんな改造手術とか死んでも受けないからね! 帰れ!!」

 ラウンジに入ろうとした衛士郎がその言い争いを目撃してそこに巻き込まれまいと逃げ去ったことを、エリスは知らなかった。


 シリルはキョウカイに帰還して騎士団に戻った際、騎士長たちに語り得る限りのことを語った。
 過去改変は恐らく事実であり、その実行者が既に失踪した不死の聖女、リカーシャ・カインであったこと。
 そしてその娘がナハヴェルトと名乗り、十二枚の祖霊板を用いた儀式で一時的に宇宙を消失させていたこと。
 ミリア・ビヨンドにローツェが反応することは完全になくなり、彼女はもはや特異点としての性質を失っていると考えられることなどだ。
 報告書の作成には丸二日を要し、更には関係者であるゼノリスのキョウカイ側メンバーに良からぬ目が向かないよう手配するのに骨を折った。
 彼の苦労はそれだけに留まらず、リカーシャによってに召喚された巨大浮遊都市カウブ・ソニラについても説明を要求された。
 カウブ・ソニラはキョウカイ各地を国境を無視して飛び回り、各地で住民を移住に誘っているのだという。
 既に小規模な武力衝突も起こっており、リカーシャ・カインを失った各国は足並みが乱れていた。

(それを知らない筈はないだろうに出奔とは、無責任な聖女様だ……
 いや、そのままキョウカイの裏の支配者を続けられるよりは健全なのかな? ボクたちの世界にとっては)

 シリル個人としては、そちらはまぁ、許容範囲と言えた。
 面倒ではあるが、書類仕事には慣れている。
 異世界の浮遊都市とその皇帝に対しても、交渉次第では対吸血鬼といった厄介な事業の一部を押し付けることが出来るかも知れない。

(問題はお金だな……)

 グリュクに対してハダルを通して支払う額は変わらなかったので、問題ない。
 が、ヨーコからの請求が中々の額に達していた。
 四日分の基本料金に諸経費はともかく、危険手当が二桁多い。

(ヨーコさん、思ったよりがめついな……)

 樹の騎士としての給与手当や、吸血鬼研究の副産物として発生した技術特許の利用料収入、そして資産運用などによって、シリルにはそれなりの資産家としての一面もあった。
 だが、それを以てしてもヨーコによる請求額は、やや懐の痛むものだった。

(裏切らない強力な傭兵だから値切りたくはないんだけど……
 騎士団に助成を要求しつつ、24回くらいで分割できないか打診してみるか)
「シリル、珍しく悩み事ですか?」

 そこに話しかけてきたのは、リアだった。

「これでもそれなりの立場なの。いつも何かに悩まされてるよ」

 金勘定に悩んでいたことを誤魔化しながら、シリルは先日、自身がリカーシャへと告げたことを思い出していた。
 リアの身に起きた不幸は、リカーシャによる過去改変のしわ寄せを受けたことによるものではないか? と。

(そうなると、ボクたちは彼女らの野望を阻止したことで、リアの過去を二度と変えられないものにしてしまったことになるか……)

 柄にもない感傷じみた思いが、彼の胸中に影を落とした。
 それを察したか、リアが静かに告げる。

「……何か困っているなら、相談に乗りますよ。私でよければ、ですけど」
「……いや、そういうのじゃないんだよ。大丈夫」

 シリルは取り繕って、話題を変えた。

「心配ないさ。コーヒーでも飲むかい?」
「食後にしません? もう昼食ができましたから」

 言われてみれば、かすかに焼けた脂の匂いがする。
 時計を見れば、昼食の時刻になっていた。

「もうそんな時間か……ありがとう、頂くよ」

 彼は思い直して、先を歩くリアに着いて行った。
 その細い背中を眺めながら、思う。
 元々、過去は変えられないものだ。
 過去の不幸は、今を少しでもより良いものにして、必死に塗り潰していくしかない。
 いかに万物の霊長を気取っていようとも、それが日々を営む生き物の定めなのだと、シリルは自分に言い聞かせた。


 ゼノリスの仲間たちと別れ、EBUのエージェントと合流し、ルギニアへと戻ったメリー。
 泣く泣くスマホを手放した彼女を待っていたのは、農作業だった。
 降下教会修道院は自主自立の一環として広大な農地を保有しており、修道女たちも日常業務の一環として、畑仕事に精を出す。
 メリーとて例外ではない。
 だが。

「ひぃん……もうやだぁ……大変な仕事から帰ってきたのにすぐこれだもん……」
「泣かないでくださいメリー……気持ちは理解しますが、まだ半分も終わってませんよ」

 同僚のオルレアが、子供をあやすようにメリーを宥める。
 メリーは作業服に着替え、畑で(すき)を引かされていた。
 犂といっても、通常ならば牛馬が引くような、重量有輪犂(じゅうりょうゆうりんすき)と呼ばれる代物だ。
 彼女がその超人的な脚力で犂を引き、犂には同じく作業服を着たオルレアが乗って、重心移動で角度を調整するという具合だ。
 メリーの身体能力はすさまじく、牛2頭の2.5倍の速度で畑を耕すことが出来た。
 だがそれでも重労働には違いなく、メリーは汗と涙と鼻水を流して嘆いている。

「でもやだぁ……ポンチュキとか食べたい……」
「この前怒られたばかりじゃないですか……
 終わらないとあなたも私も昼食を取れないんですよ! 頑張って!」

 オルレアが励ますが、農地は広い。
 古式ゆかしい三圃(さんぽ)式を取っており、彼女たちが耕すべきは総面積の1/3程度なのだが、それでも広い。
 メリーとて手早く終わらせたい気持ちはあるのだが、しかし先のことを考えると気が引けた。
 彼女が短時間で畑を耕しきってしまえば、アレクサンドラ院長はこう言うだろう。

「もう少し行けそうですね。収穫の人手は足りていることだし、畑を広げましょう。
 メリー、お前は南の森を200エーカー(約900x900平方メートル)ほど更地にして、耕してきなさい」

 実際にそう言うかどうかは別として、その様子が、メリーの脳裏にはありありと浮かぶのだった。

(それだけは……絶対に嫌っ……!)
「メリー、オルレア!」

 すると畑の向こうから、同僚のタニアが手を振って呼びかけてくる。

「院長が移動パン屋を呼んできたよ! メリーが対蹠地で頑張ってきたご褒美!
 メリーとオルレアの午前仕事が終わったらみんなで食べようって!」
「何ですと!?」

 振り向くメリーに、トドメの一言が聞こえてきた。

アップルパイ(シャルロトカ)もあるってさ!」
「わかったぁッ!!」

 彼女は迷いを断ち切り煩悩に従って、牽引の速度を上げた。

「ちょ、ちょっとメリー! 早い! 危ないですから!?」

 土煙を上げながら畑を突進するメリー、彼女に牽かれる犂とオルレア。
 今日の降下教会修道院は、比較的平穏だった。


 戦いが終わって、ミナは気づいていた。
 消失した宇宙を取り戻す戦いを手伝い、歴史改変を阻止したのは問題ない。
 だが客観的に見て、これが正当に評価された場合、彼女の進路はどうなるであろうか?
 冒険者を経由せずとも十分すぎる実績であり、ならばミナが希望すれば、孤児院勤務もすぐに可能になるのではないだろうか?
 彼女の胸は期待によって更に膨らんでいたが、それとはやや違うところに、懸念があった。
 メイスが、元の形状に戻っているのだ。
 心臓の女王が無言のままでいることもあり、ミナは不安だった。

(……大丈夫なのかな)
「ミナさん、心臓の女王陛下と何かあった……?」

 彼女が不安げにメイスを握りしめていたことに気づいたのだろう、メリーがそう尋ねる。

「ちょっと分からないです――
 ――!?」
(同志ミナよ……我は少々、力を使いすぎたようだ……)

 ミナが答えようとすると、メイスから反応があった。

「え、大丈夫ですか女王様……!?」
(これからは……汝と同化し、汝の中で美少年を愛でるとしよう……
 さらばだ同志ミナ……美少年……万歳……!)
「ええ……」

 女王は何やら満足したのか、そこで完全に気配が途絶えた。
 その後、キョウカイ組はゲートを通って帰還する際に地球のメンバーと別れ、ミナは美少年との別れを惜しんだ。

「皆さん、お世話になりました。お元気で!」
(あぁ……カナオくん……)

 キョウカイに着いてからも、キョウカイ組がそれぞれ別れることになる。
 ミナも頭で理解してはいたが、その時というのは来てしまうものだ。

「それじゃあ、ここでボクはお別れだ。みんな、お世話になったね。ありがとう!」

 シリルが船を降りるのを、ミナは平静を装って手を振り見送った。

(もう戦いが終わったとはいえ、有能美少年と同じパーティーという役得を手放さなければならないとは……!)

 心の中では、血の涙を流していたが。
 とはいえ、晴れやかな気持ちでもあった。
 別れる前に、彼が約束してくれたのだ。

「ミナさんの夏休みの課題、今回の事を書いても大丈夫なようにボクが学校に宛てて推薦状を書くよ。
 そのくらいのことはやってくれたと思うしね」
「ありがとうシリルくん……!!」

 ミナは今、猛烈に感動していた。
 これを機に更にお近づきになることも……など、煩悩は尽きない。
 しかも、だ。

(これなら、荒唐無稽な大冒険でもちゃんと評価されるはず……私の進路、もはや選び放題なのでは……!?)

 レポートの提出に際し、推薦状がなかなか届かずにミナが冷や汗をかいたことは、また別の話だ。


 ダッジャールの解任により文明保護財団との繋がりが切れた佳直は、名目上はただの学生へと戻った。
 人類の文明を存続させるという大義は、未来の見通せない人間たちの手に委ねられることとなった。
 残念な気持ちはあるが、しかし、それが正しいことなのだろう。
 ナハヴェルトのように、過去まで変えて完璧な人類史を人為的に作り出そうとすることが正義だとは、思えなかった。
 今の彼は、戦闘能力において突出し、記憶の神格の副作用で多少不便な日常を送っているだけの、ただの学生だ。
 とはいえ、今は夏季休暇の最中でもあった。
 宿題は適当に済ませ、佳直は今、駅前の家電量販店でデモを流しているモニター群を眺めている。
 するとそこに、声をかける者がいた。

「あんたが東雲佳直?」
「――?」

 ごく若い、娘の声だ。
 振り向くと、そこには学生服を着崩した少女が佇んでいる。
 年齢は佳直よりも年下だろう、中学生といったところか。
 表情は尊大な様子だが、隠し切れない育ちの良さや気品といったものも感じさせた。
 佳直が答える前に、彼女は名乗った。

「私は染谷藍沙(あさ)。とぼけても無駄だからね?
 あんたがポータルや宇宙の消失に関わってたってこと、調べてあるから」
「な……何だよ君は、いきなり? 僕に何か用……?」
「私はね、人間の失踪について調べてたの。
 失踪した人らの行き先が、このあいだ財団がポータルを一時的に送り込んだ先で、キョウカイっていう異世界なのも突き止めた」

 彼女がニュースを漁っただけの素人ではないことは理解できる。
 付近に手勢などは連れてきていないようだが、それでも佳直は戦闘に移れるよう構えながら、聞き返した。

「……それが何?」
「あんたに訊きたいの。知ってるんでしょ? キョウカイに行く、あの黒いゲートを人為的に開く方法」
「いや……こんなところで話すことじゃないだろ……?」
「じゃあ私の家でゆっくり教えてもらおうじゃない? 悪いようにはしないし、茶菓子程度は出してあげる。
 ほら、ぼやぼやしない!」
「強引だな!?」

 手を掴んで引こうとする彼女に抵抗しつつ、佳直は自身を待ち受ける、新たな局面の扉が開くのを感じていた。


 キョウカイ出身の面々は地球からキョウカイへと帰還し、そして各々ルセルナから下船していった。
 グリュクは移動都市ヴィルベルティーレで。
 ヨーコは拠点としているギルドのある街で。
 シリルは聖堂騎士団の本拠地近くで。
 ミナとミリアはカナイドで下ろすこととなった。
 決戦を生き残った空飛ぶ船ルセルナと、決戦の最中にそこに移植された世界樹は、残ったフィーネが預かることとなった。
 行く当てが無ければエルフの里で引き取ることも考えたいという、フィーネ自身の提案による。
 だが、ゼノリスが解散した後、ルセルナは乗船していたフィーネに告げた。

(フィーネ。君たちと共に生きることも考えたが、やはり私は死者を乗せる船だ。
 この世界で死者が宴を行う場所として、死者のために漂うこととしたい。
 世界樹も、既に自立しているこの世界を支える必要はないと感じているようだ。
 私の中で根を広げればよいだろう)

 フィーネはそれに、名残惜しい心地で答えた。

「そっか……それもいいかもね。
 ならこの剣は……いつかあなたたちと出会う善良な人たちのために、取っておいた方がいいわね」

 フィーネは世界樹の力を宿した質実な剣――ミリアから返還されたものだ――を、ルセルナのアームに預けた。
 フィーネ自身も、借り受けていた世界樹の若木の枝を、同様に返す。
 ルセルナが、感慨深そうに言った。

(ありがとうフィーネ。元の世界に戻れないのは残念だが、君たちを乗せて一つ……
 いや二つの世界のために戦ったことは、死者たちへの良い語り種となるだろう)
「ちょっと照れるわね……こちらこそありがとう。
 二人とも、良い旅を願っているわ」

 エルフの里へと続く支道の途中で、フィーネも船を降りた。
 アームから離れると彼女は手を振って、上昇していく方舟と世界樹とを見送った。
 吹き渡る夏の風が、透き通るような彼女の頬をかすめていく。


 ゼノリスが解散となり、No.04にはまた、学生とエージェントという二重生活が戻ってきた。
 04はまた、彼の在籍する九選学園に対して、今回の顛末を報告することもした。
 学園から対価は支払われたし、レポートは彼ではなく、あくまで聴取した調査員によって作成されたからだ。
 彼は、訊かれたことに応えるだけでいい――それなりに時間がかかったが。

(まぁ、反逆者組合も自前で調べたことの裏取りみてーなつもりなんだろうがな)

 それなりの大事件であったことは彼も認識しており、同じく学園に在籍する友人たちの不安を取り除くことに関して、吝かではなかったこともある。
 だが、そうした善意も時として、当人にとっては裏目に出ることがあった。

「あががががが……」

 04は病院で鼻から経鼻内視鏡を挿入され、違和感に呻いていた。
 大したことはないよ、と言いたげに、医者が声をかける。

「大丈夫落ち着いて、今食道入ったから」
「…………」

 人間ドックである。
 国際波動研究所(ラボ)によって、波動能力を持つ反逆者(アゲインスト)は年に一度、出来る限り受けるべきとされているものだ。
 04自身は平素の健康への不安はなかったため、いつもならば渋面を作りながら受けるのだが、今回は少し事情が違った。
 今回の事件における活動で、彼においてそれまで不可能だった、波動の『変容』『放出』が可能になったためだ。
 国際波動研究所(ラボ)がそれを聞き、精密検査を要すると判断したため、彼は今年2度目の人間ドックを受けている。
 無論、04自身も希望したことではあった。
 他の波動能力者であれば大なり小なり可能である波動の体外放出ができなかった04がそれを可能にしたということは、彼にとっては朗報だったといってよい――
 ――はずだったのだが、事件が収束して以降、「大黒」で同じ形状を再現しても、そこから波動熱線が放射されることはなかった。
 神の知識も、理由は不明だが取り出せなくなってしまった。
 何とかして変容と放出が再び出来るようになる、その手掛かりだけでも得られないかと期待しての受診だったが。

(しかしこりゃ、国際波動研究所(ラボ)でもわからねえままっぽいな……)

 鼻からコードを伸ばしたまま、04は失望を覚えかけていた。
 あれこそは、エルフの魔法と世界樹の力、そして彼の波動とが合わさって生じた奇跡のようなものだったのだろう。
 地球にも魔法が無いわけではないが、所属の異なる佳直やシルビアを呼び寄せてあのバフを真似しろなどというのは面倒ではあるし、再現できるとも限らない。

(まぁ、そんならオレは、今まで通りやりゃいいか。
 今日のオレは昨日のオレより強く……ってのが理想ではあるが……)

 04が閃きを得たのは、その時のことだった。

「大黒――弓矢!」

 時間はやや経って、今の彼は演習場にいた。
 04が黒い弓を引き絞ると、そこに番えた黒い矢がぎりぎりと後退する。
 そして手を離すと衝撃波が発生し、弓矢から鳴るべきではないような巨大な爆音が生じて、矢が飛んだ。
 弓と矢は糸のように細い索で繋がっており、二つ以上に分割できないという「大黒」の制限を回避している。
 矢は超音速でコンクリートで形成された厚さ2メートルの目標に衝突し、貫通した。
 そして、彼が大黒を元の形状に変形させると、

「オラッ!!」

 04は大黒の索状の部分が元の円柱形状に戻ろうとする勢いに乗って跳躍し、コンクリートの目標を蹴り砕く。
 脚から伝わる衝撃に、彼は軽い達成感を覚えていた。

(飛び道具としちゃ悪かねえな……
 束ね撃ちも、形を工夫してもっとデカくして撃つこともできそうだ!)

 04は新たなインスピレーションを形にするため、ノートを開いて大黒の形状アイデアを書き留め始めた。


 ゼノリスの仲間たちと別れたミリアは、眠りから目覚めたアイリスと共にクエストに挑んでいた。
 アイリスの昏睡していた原因は不明だ。
 だがもはや、ミリアは百戦錬磨の冒険者といっても過言ではない。
 アイリスには悪いが、ミリア単独でもクエストの達成は余裕だ。
 ここはもはや勇者となりつつある彼女の力の一端を、奥ゆかしく披露しておくべきだろう。
 既に撤回されたとはいえ抹殺指令が出ていたことなど知らず、ミリアはそう楽観していたのだが――しかし。

「そんなすっトロい足でこのあたしが捕まると思うなよ、バーカ!」
「何でぇぇぇぇ!?」

 受領したのは、財布泥棒の常習犯だという盗人を捕まえるクエストだ。
 だが捕縛どころか反撃を受けて路地に転がされてしまい、ミリアは半泣きになった。

「うぅ、サンダー・アローッ!!」
「…………ミリア……?」
「うわぁぁぁぁぁん……」

 追撃に繰り出そうとした魔法も魔力不足で使えず、アイリスが見ているにもかかわらず、ミリアは全泣きになった。
 先日ナハヴェルトによって乗っ取られそうになった際、ミリアは佳直のE-ギアによって彼の神格と接続することで事なきを得た。
 彼女には知る由もないことだったが、あの時ミリアが戦いで得ていた経験は継承の神格と共に、全てロールバックされて消えていたのだ。
 よって、今の彼女は駆け出しの冒険者だった時とほとんど変わらない強さに戻ってしまっていた。
 光速を超えて宇宙を駆け、歴史の支配を企むナハヴェルトと戦っていた時の輝かしさは欠片も残っていない。
 盗人には逃げられてクエストが失敗に終わり、ミリアは宿に帰って枕を涙で濡らした。

(戻ってきてミルフィストラッセぇぇぇ……)

 もっともそれも、その夜限りのことだ。
 一夜明けると、ミリアは元の天真爛漫な性格に戻っていた。

「いやぁ、やっぱり勇者になるのに近道なんてないんだよね……えへへ」

 彼女が諦めることはない。
 あの時、時空の狭間で母や祖母、曾祖母から受けた激励まで忘れてしまったわけではないからだ。
 ミリアには『意志』がある。
 勇者になりたいという、強い『意志』が。
 きっといつか、そこに『能力』と『機会』が加わり、ミリア・ビヨンド21歳が真の勇者となる日が来ることだろう。
 彼女は腰に下がった新品の剣の感触を確かめつつ、アイリスと共に冒険者の酒場の扉を開いた。


 サムライ・ベースに帰還して、アルダとホロウは比較的短い時間で元に戻ることが出来た。
 ホロウの霊基質は完治していた上、アルダの機体に関しても、霊子系統はプログラムの変更で隔離することが出来たためだ。
 つまり、故あらばいつでも合体して再びアーク・サムライとなることも可能ということ――ではなかった。
 アルダは、処置の際にサニーが言っていたことを思い出していた。

「エナジークリスタルの補器の排熱部分が変性してしまっている。
 私の手持ちの機材では修復できん」
「それは……熱暴走の危険があるということか?」
「VMXモード程度ならば問題はないはずだ。だがログに残っている合体状態のような次元の違うエネルギー輻射があると、どう条件を変えて計算しても排熱が追い付かない。
 万が一の時のためにホロウとの合体はできるようにしておくが、時間制限をつける。
 60秒だな。それ以上は合体形態が続かないよう、霊子系統が自動でシャットダウンするようにしておく」
「助かる、かたじけない」
「それと、今のところ合体ができるのは、異世界の仙人に改造された3号ボディだけだ。
 他のボディも合わせて改修しておくが、すぐにはできんから留意しておけ」
「うむ……おっと、すまぬサニー、時間だ。拙者とホロウは出かけてくる」
「例の件か……まぁいいだろう。
 妙なことにはならないだろうが、何かあれば繋げ」
「分かった。それでは失敬」

 アルダとホロウが向かったのは、飯能市の隣、ポータルの浮かぶ秩父市、その秩父駅前のテラスカフェだった。
 そこに待っていたのは、頭に地球のような球体を乗せた異星人だった。
 形態はヒトに近いが銀色の肌をしており、その雰囲気は地球人とはかなり異なっている。
 セラ星人――銀河警邏、ガイアウォッチだ。
 アルダたちを呼んだのは、彼女なのだ。
 人外が珍しくない秩父市ではあるが、さすがにカフェの客はちらちらと彼女を観察し、時にスマホや量子デバイスのカメラを向けている。
 そこそこに見知った仲ではあるため、アルダは特に警戒することもなく、ホロウと共に彼女の座る席へと近づいて行った。
 彼もまたそれなりの有名人なので、周囲の客の視線が一気に彼らへと向く。
 それを気にせず、アルダはガイアウォッチに尋ねた。

「ガイアウォッチ、先日以来だな。改まって話とは何だろうか?」
「サムライ・アルダ、ホロウ。来席に感謝します。どうぞ、そちらに」

 狭山茶の入ったカップを皿に置きながら、彼女はアルダたちに着席を促した。
 二人が席に着くと、ガイアウォッチは軽く周囲を見渡しながら告げる。

「実は、都合がついたのでもう一人呼んでいましてね。
 そろそろ来るはずなのですが……」

 すると、上空から声がした。

「よっ、久しぶりだね! ニンジャとお化け!」
「サムライだ!」「ホロウだ!」

 アルダたちが思わず反応すると、上空からの来訪者はくつくつと笑いながら降りてくる。
 氷の色をした肌に、漆黒の白目、青く涼やかな髪色をした、少女と思しき姿。
 異世界からポータルを通して埼玉へとやってきた氷の精霊、ベルだった。

「何か話をするんだってー? ちょっと気になったから来てみたよ。あ、ここ座るね」
「来ないかも知れないと思っていましたが、来席に感謝します。氷精ベル」
「で、何だよ話ってさ? アイスの話?」
「その前に、失礼。
 すみません、抹茶ラテとオレンジジュース、かき氷のブルーハワイ味を一つずつください」

 ガイアウォッチはベルに断り、ウェイターに注文を入れた。
 ウェイターが注文を確認して去ると、彼女は発言を再開する。

「本題に入りましょう。私と貴方がたとで、協定を結びたいのです。
 無辜の人々や人外に危機が及んだ時、彼らを援けて害を退ける。
 そのためには必要とあらば三者が協力する――という内容でね」
「何と」

 小言の類かと考えていたために、アルダは素直に驚いた。
 一方ホロウは自分を指さし、問う。

「オレッチは……?」
「アルダと同じ立場として話を進めたいと思っていますが、何か意見があれば尊重しますよ」
「うーん、まぁいいか。オレッチは別にいいと思うぜ、アルダ?」
「うむ……拙者にとっても、お主らの助力が得られることは心強いが……
 ガイアウォッチよ、お主はそれで良いのか?」

 アルダは同意を示しつつ、懸念も告げる。

「そちらのベルはともかく、拙者の力は宇宙警察であるお主には大幅に見劣りするであろう。
 全力は尽くすが、足手まといにならぬかという不安はある。
 それにお主と拙者との間には、人外災害などへの対処に関して見解の相違が無いわけではないからな」

 それを聞くと、ガイアウォッチはわずかに目を伏せ、

「今回の危機を救ったゼノリスに参加していたのは貴方で、宇宙を侵食していた悪夢を退けたのはこちらのベルたちでした。地球を留守にしていた私ではない。
 多少力の差や意見の違いがあろうとも、やはり頭数と多様性は危機における強みです。
 それに、たとえ力が足りなくとも、それ以外の手段で戦うことが出来る。
 それが知的生命体の強さの源だと思っていますので、私としては不安どころか、ぜひ貴方がたにも参加を要請したい」
「そういう話なら、ボクも特に反対とかはないけど……」

 テーブルに頬杖を突きながら、ベルが言う。 

「でもそこまで何でもかんでも助ける気はないよ? 悪いやつまでは助けたくないなぁ」
「それで構いませんよ。貴方の定義する悪人の範囲がさほど広くないことは知っています」
「それってボク、褒められてる? 舐められてる?」
「褒めているのです。上から目線ではないつもりですが、不満があれば言って下さい」
「ま、いいか。ボクはそれでいいよ、ガッチャガッチャ!」
「ガイアウォッチ!」

 誤った名で呼ばれ、ガイアウォッチは眉を顰めた。
 既に承諾したい気持ちだったが、アルダは無線越しにサニーに是非を尋ねる。

「サニー、お主はどうだ?」
『好きにしろ。だが私までその協定に含めるなよ。
 私はあくまでお前の後援者で、同志ではない』
「分かっているつもりだ、すまぬ。
 ではガイアウォッチ、ベル。拙者とホロウは力の及ぶ範囲で、お主らに協力しよう」
「決まりですね。
 これからはよろしく頼みます、皆さん」

 そこに抹茶ラテとオレンジジュース、ブルーハワイのかき氷がテーブルに届き、ベルは早速食べ始めて言った。

「そういうことならさ、お近づきの印にこのポータルソフトクリームっていうの、追加でオゴってよ?
 ソフトクリームに丸いウエハースが乗ってるやつ!」
「……アルダ。早速で申し訳ないのですが、予算が不足する見込みです。貴方から地球の貨幣を借りることはできますか?」
「そんなにギリギリなのか、お主……?」

 そんな彼らのいる秩父市の上空には、大地を映す鏡のような円盤が輝いていた。
 ポータルは今日も、そこにある。


 キョウカイ、某所。
 ナハヴェルトは古びた家で、薬草に水をやっていた。
 今の彼女は母であるリカーシャと共に、地方の村落からやや離れた山の中に隠棲している。
 神格能力も、祖霊板も失った彼女たちだが、幸いな事に代々受け継いだ魔法などの才覚はそのまま残っていた。
 魔法で村から見えない角度に家を建て、井戸を掘り、聖女機関や関係各国から隠れて、母娘は息を潜めている。
 その家の奥には、キャンバスに描かれた絵が飾られていた。
 高価な薬草を植えた鉢に霧吹きで手際よく水を吹き付けていくナハヴェルトに、その絵から語りかける者がいた。
 右目に眼帯、左目に視覚補助装置を身に着けているのは、彼女の父であるマシーフ・ダッジャールだ。
 彼は地球から、魔具ファナシエを通して娘と通話しているのだ。

『だが、生活が安定してきているようで安心した。リカーシャは外出中かな?』
「麓の村まで買い出し中です」
『近くに不審者や猛獣などは出ないか?』
「いませんし、もしいても私とお母様なら撃退できます」
『薬草の中には有毒なものもあるだろう、大丈夫かね?』
「慎重に扱っていますので問題ありません」
『それと……誰か……気になる異性などはいないのか?』
「隠遁生活でそんな出会いがあるわけがないでしょうアホお父様」
『そうか……野暮なことを聞いてしまったな、すまん』

 出会いが無いのは事実だったが、今のナハヴェルトには実は、人づきあいというものが少々恐ろしかった。
 未来が分かれば効果的な受け答えが分かるが、そうでなければ言うべきことが分からない。
 経験則で補えるはずだとも思うが、それは清流だけを知る者が泥沼に飛び込むことに等しいだろう。
 ナハヴェルトはそう考えた所で、忌まわしいゼノリスのことを思い出していた。

(あの緑色の戦士……自分の運命が滅茶苦茶に崩れているにもかかわらず、信念的に行動していた……
 ミリアさんも、未来なんて見えないくせに、自分は勇者になると息巻いていた……)

 その時それは、無知から来る浅はかさとしか思えないものだったが、彼女の思いは、今は少し、変化していた。
 そうした考えをまとめようとしていると、誰かが扉の鍵を開けて家に入ってくる。

「ただいま、帰りましたよナハヴェルト」
「おかえりなさい、お母様」

 リカーシャだ。
 彼女は奥の部屋まで入ってきて、起動しているファナシエに気づくと、荷物を置きながら言った。

「あら、また掛けてきたんですかマシーフ」
『やはり気がかりでね、すまない』
「わたくしは構いませんが、そちらはいいのですか?
 魔力を含んだ絵の具は高いのでしょう?」
『そうだな……少し使いすぎたかも知れん――』

 夫婦――法的な根拠はないが、二人はそのつもりらしい――の話が始まった所で、ナハヴェルトは外に出た。
 出て10秒も歩けば、道が切り開かれた斜面に出る。
 麓まで続く道を見下ろすと、樹幹の切れ間から垂直に伸びた青空が見え、そこには雲が浮かび、地平線の彼方まで並んでいる。
 正直に言えば、好きな眺めだった。
 こうして見ると、世界の大半は自分とは無関係に営まれているように思えてくる。
 それが当然であり、ならば、全て自分の思い通りに導く必要など、なかったのかも知れないとすら感じられるのだ。

(いやいや……)

 ナハヴェルトは頭を振って、その弱い考えを否定した。
 そして、決意を新たにする。

(私はいつか必ず継承の神格を復活させ、再び歴史を統べて見せる……!)

 だがそこに、母が家の中から声を上げ、彼女を呼ぶ。

「ナハヴェルト、お昼の支度をしますよ。手伝って」

 それを聞くと思わず、ぐう、と腹の虫が鳴った。
 ナハヴェルトは、恥ずかしさを堪えて返事をする。

「……はい、お母様……」

 誰かが見ていたわけでもないが、彼女は赤面しながら家へと戻っていった。

 -オリキャラ雑談クロスSS第3弾:狭間の世界のゼノリス・完-

あとがき

 お読みいただきありがとうございます。
 おかげさまで完結しました。
 以下、注釈とオリキャラ解説、謝辞です。

【主な捏造点・疑問点・解説など】

 以上となります。ご意見などありましたら、可能な範囲で対応したいと思います。


【オリキャラ解説】

本作オリジナルキャラについて、ちょっとだけ語らせてください。


【謝辞】

 お疲れさまでした。だいぶ間が空いてしまいましたが、第3弾完結です。
 今回の第1部・第2部のキャラが第3部で合流して最終決戦という構成は古のスパロボコンパクトから着想を得たものですが、本当に第2弾の3倍の字数を書くことになるとは思っていませんでした。考えが甘かった……
 特に大変だったのは第3部における敵やロケーションの構想で、ChatGPTくんに相談してもそこら辺はありきたりだったりキャラ解釈のおかしい展開しか出してこないので本当に困った……
 ただ、ゼノリスという部隊名のヒントをくれたのはChatGPTくんでした。
 正確には頭文字Xの英単語を教えてと聞きまくって出したのですが、なぜXかというと、「狭間の世界のゼノリス」を無理矢理英語に訳すとXenolith In Interworlds となり、これを略すとXIIでローマ数字の12になるからなんですね。
 12というのはメンバー(キャラクターシート)の数であり、時計の文字盤の数でもあります。
 今回のテーマは過去と未来、ひいては時間ということで、そこらへんかなり頭を絞って考えたんですね……誰も気づかねえよこんな自己満足!?
 とはいえ、本当に時間がかかってしまいました。楽しかったけど!
 お借りしたオリキャラにクロスオーバーという建前の元いっぱい捏造してごめんなさい!
 足掛け2年に渡って応援頂き、本当にありがとうございました。