伸びやかな歌声が、スタジオいっぱいに響いている。 踊りは別撮りと言われていたのに、歌っているだけでもうすっかり身体が動いてしまっているシービーの姿が可笑しくて、つい笑ってしまった。脚が勝手に弾むくらい楽しんでいるという証拠だから、それはそれでいいことなのだろうけれど。 「ふふ、いい声ですね。いつものライブよりも調子がよく聞こえます」 隣で収録を指揮する音響監督は、三冠を取る前から彼女のライブに携わってくれていた人であった。いち観客としてレースを観に来ていたときに、視線がピンときたとシービーから逆指名を受けたという中々愉快な経歴をお持ちの人なのだが、彼女の突飛な思いつきを楽しみながら演出に取り入れてくれる姿は、その勘の正しさを証明していると言えるだろう。 「そうですね、彼女も収録を楽しみにしていたみたいです。 …すみません、無理を言ってついてきてしまって」 「いえいえ、構いませんよ。彼女の魅力を引き出すなら、したいようにさせてあげるのが一番ですから」 スタジオまで彼女を送った後に、収録が終わるまで何をして過ごそうかと考えていたら、不思議そうな顔をした彼女がこちらの手をおもむろに握っていた。 『来ないの?』 言うまでもないことだろう、と顔に書いてあるようだった。結局そのまま彼女に手を引かれて、収録現場に開けてもらった席に少々肩身の狭い思いをしながら座っている。 周りにいる他のスタッフも前々から彼女と一緒に仕事をしてきた、気心の知れた仲と言ってもいい間柄である。それだけ彼女もこの収録に熱意を傾けているし、緊張もしているのかもしれない。 音楽の素人の自分にさえ、側にいてほしいと思うくらい。 彼女をイメージした曲を作りたいという話が舞い込んできたのは、半年ほど前のことだった。 彼女のファンはどことなく熱の入れ方が強いとは思っていたが、商業的な野心のためでも広報のためでもなく、ただ彼女にぴったりの曲を作ってみたいと作曲家から直々に伝えられたときには流石に驚かされた。 しかし、何より驚いたのはそれに対するシービーの反応だった。二つ返事で承諾したかと思えば、作曲や作詞にあたってどのような点に配慮すればよいかという相談には、一切の注文をつけなかったのである。 『好きに書いてよ。こんなことしたらアタシがどう思うかとか、気にしなくていいからさ。 みんなが見てるアタシを、ありのまま教えてほしいな』 他人からどう思われていようとそれに自分が応えることはないし、逆に誰かが自分をどう思うのかを縛りつけることもしたくないと、いつか彼女は言っていた。 今も彼女はその哲学に従っただけなのかもしれないとも思ったが、彼らに任す、と言ったときの彼女の瞳には、他人の思惑に付き合っているだけでは生まれない楽しげな表情が宿っていた。 『それもあるけどさ。他の人からアタシがどう見えてるのか、最近ちょっと楽しくなってきたんだよね。 アタシが好きなものを、アタシが持ってない言葉で教えてくれるかもしれないじゃん』 作り手である以前にその曲を誰よりも自分が楽しみにしていると言いたげな微笑みが、嬉しいと同時に少しだけ妬けてくる。 『なんか、いいな。うらやましい』 『ん?なにが?』 『シービーの心にぴったりはまるものを、他の誰かが持ってるんだって思ったらさ。 俺もそういうの、できるだけ見つけてあげたいんだけど』 だから、自分がそうありたいのにと偽りなく述べたのだが、彼女は少し目を丸くしたかと思うと、すぐに頬杖をついて可笑しそうに目を細めた。 『…ふふ』 それが背伸びする子供を慈しむような視線にも見えて、少しだけむっとする。 『なんだよ。なんか変なこと言ったか? …いいだろ。ちょっとくらい格好つけたって』 『あははっ。そういうことじゃないんだけどさ。 …なんでもないよ。ふふふっ』 そう言いながらもしばらくこちらを見つめては、どこか満足そうにしている彼女の笑顔の謎は、終ぞ解けることはなかった。 「少し休憩にしましょう。収録はとても順調だから」 「はーい」 監督のよく通る声は、彼女の付けているスピーカー越しにもよく聞こえるらしい。カチューシャ型をしたウマ娘専用のそれを取って、すたすたと控室に戻っていった。 次はダンスを撮ることになる。彼女のことだから、あれほど気分が乗ればすぐにでもダンスも撮りたいと言い出すかと思ったが、やはりそれなりに体力を使ったのかもしれない。 しかし、そんな推測は慌てて飛んできたスタッフの顔を見るとあっさり消し飛んだ。 「すみません監督、トレーナーさん、少しお話が…」 次に撮るダンスのために、彼女のメイクをしていたはずのスタイリストが、幾分焦った面持ちでこちらに来る。シービーは彼女に随分懐いていて、お互いにくだけた言葉で話しながら戯れる姿は、いつも仕事仲間というより歳の離れた姉妹に見えるのだった。 それだけ仲のいい相手といるなら、シービーも退屈しないと思ったのだが。 「シービーが出て行った?」 彼女はいつでも、我々の予想を軽く飛び越してゆくのだった。 それはシービーに軽食を取らせながら、彼女が髪のセットをしていたときのことだったそうだ。あの人にセットしてもらうと気持ちよくて寝ちゃいそうになるんだよね、と話していた通りに、その間は始終機嫌がよかったのだという。 メイクの間も彼女は例の曲を口ずさんでいたのだが、あるとき突然歌うのをやめた。 『どうしたの?』 『…風って、どこから生まれるんだろう』 彼女はすっと立ち上がって、何の迷いもなく軽やかにこう言ってのけた。 『行きたいところができたんだ。ちょっと行ってくるね』 当然彼女は制止したが、その気になったシービーを止められる者は誰もいないというのは、ここにいる全員が知っていることだった。 せめて行き先を教えるように頼んだ彼女に、シービーはこう返したという。 『ごめんね。教えたくてもできないんだ。だってまだどこか決まってないから。 でも、大丈夫だよ。わかるひとならいるからさ』 「…いつもすみません、うちの担当がご迷惑をおかけして…」 「いえいえ、我々も承知でお呼びしていますから。むしろ曲を喜んでくれているようでよかったです」 曲が良すぎたあまりに、彼女の好奇心にまで火をつけてしまったらしい。やけに嬉しそうな彼女を見ていて何かあるかもとは思ったが、まさか収録中にスタジオを抜け出すとは思わなかった。 ただ、彼女が収録にやる気をなくしたわけではないことは幸いだった。むしろ想いをもっと歌に乗せられる場所を見つけるために、どこかに行ったのだろう。 頭を抱えはしたが、ほんの少しだけ嬉しかった。漸く自分にできることが見つかったからだ。 「ちょっと行ってきます」 「どこにいるかわかるんですか?」 猫を探す時は、猫の気持ちになって考えなくてはならない。あの気紛れな猫のことなら、誰にも負けないという自信がある。 「なんとなくですが。 合流したらすぐお伝えします」 さて、今日の風はどこに吹いているのだろうか。旅に出るときの彼女がそうするように風を感じて目を閉じると、不思議と心が落ち着くのだった。 今日の風は潮の匂いがする。色がついているなら青だろうか。 うちの猫は、こんな風が耳の間を吹き抜けてゆくのが好きなのだ。 「やっぱり、ここにいた」 「ふふ。 やっぱり、きみは見つけちゃうんだね」 艷やかな長い髪を潮風の手に委ねて、彼女は微笑んでいた。 「随分走ったな」 レースを終えたあとと同じくらい、彼女はびっしょりと汗をかいていた。タオルを持ってきてよかったと思ったが、それでも拭き切れるか少し不安になるくらいだった。 けれど彼女の表情は、流れる汗が煌めく宝石に見えるくらい、晴れやかに微笑んでいた。 「みんな怒ってた?」 「いや。笑ってたよ」 皮肉でもなんでもなく、自分も含めたあの現場の人間は、彼女のわがままに付き合うのが好きだからそこにいる。申し訳なさそうにくしゃりと笑う彼女の顔も、もうすっかり見慣れた。 「そっか。 ごめんね。迷惑だろうなって思ったけど、やっぱり心は誤魔化せないからさ」 「退屈だった、わけじゃないよな」 自動販売機で水を買って戻ると、海に向かいあったベンチに腰掛けて手を振る彼女が見える。受け取ったペットボトルの半分を一気に飲み干した豪快さとは裏腹に、その語り口はひどく穏やかだった。 「うん。すごく楽しかったよ。 あの曲、すごく好き。アタシが大事にしてることが全部詰まってる」 旅には二種類ある。今いる場所から逃げるための旅と、ここではないどこかを目指すための旅。 そして、彼女の旅は常に後者だった。どこに向かおうとしているのかは、ときに彼女自身にさえわからないけれど、その足取りはいつも希望に満ちている。 「だからこそ、自由を歌うにはあのスタジオはちょっと狭すぎるんだ」 その希望を追いかける目が、こちらを迷わずに見据えていた。アタシの心はここにあると、はっきり告げるように。 「『風になりたい』なら、ここじゃないと」 「アタシ、歌うの大好き。歌っている間は、何にだってなれるもん。 風になって、かもめになって、この広い海をどこまでも渡っていくんだ。 世界の涯てまで、どこまでも」 夢見るような語り口を聞いていると、澄み渡った空に彼女の歌声がどこまでも響いていく様を想像して、ひどく楽しくなってしまった。その声が海の向こうまで届いて、浜辺に遊ぶ誰かの心に沁み渡るかもしれない。 「そうだったらいいな。シービーの歌を聞いてると、もっとたくさんの人に届いたらいいのにって思うから。 自分の世界を持ってる人の歌は、特別なんだよ」 くすくすと笑う彼女の姿を見て、恥ずかしいことを口にしているなと悟る。肩に凭れかかった重みが、もっと話したいと教えてくれるから、やめようとは思えないけれど。 寄せられた頭をゆっくりと撫でていると、美しい思い出が零れ落ちてくる。本当に彼女は、いくら触れ合っていても飽きさせてくれない。 「子供のころ、風が吹いてくる方にずっと走っていったことがあってさ。どこかに風のふるさとがあって、季節が変わっていく度に風が旅立っていくんだって思ってた。 結局途中で疲れて、帰っちゃったんだけどね」 彼女は自分の世界で生きている。だから突拍子もないことを平然とやってのけるのだが、一度その世界を覗いてしまえば、もう目が離せない。 「あの曲を聴いてたら、ひさしぶりに思い出してさ。今度こそきっと、風のふるさとを見つけられるんじゃないかって思ったら、もう止まれなくなっちゃった。 そうやって風を追いかけて走っていったら、海に着いたんだ」 すっくと立ち上がった彼女の瞳が、一心にこちらを見つめている。 その光の中に、夢が躍っている。 「だから、ここがいい。 アタシの世界が好きって歌うなら、ここじゃないとやだ」 それを叶えるためなら、なんだってしてあげたい。 心から、そう思った。 「言うと思ったよ。もう準備してもらってる」 こちらの返事を聞いた途端、さっきまでの凛々しい笑顔が拍子抜けしたように緩むのがひどく可笑しい。きっと彼女は無理な願いを叶えるためにこけつまろびつする姿を想像していたのだろうが、こちらにも意地というものがある。 彼女の隣に立っていた時間が、無駄ではなかったと証明したいから。 「そうなの?」 「うん。スタッフさんもすごいよな。予定になかったのに、すぐ屋外撮影用の機材を用意してくれてさ。 あとはシービーを見つければいいだけにしてくれた」 さっきまで彼女がそうしていたように、目を逸らさずまっすぐに彼女を見つめる。 「歌うのが好きって言ってたけどさ。俺は歌ってるシービーを見るのが好きだよ。 歌声に夢をのせてるシービーを、ずっと見てたい」 ありのままに想いを伝えてくれた彼女に、ありのままの想いで応えたい。だから、レースに向かうときと同じように、背中を押すように彼女の勝負服を手渡した。 彼女が自由を歌うなら、これは絶対に必要だろうから。 彼女はしばらく何も言わなかった。けれど、勝負服を受け取ったときの表情は、どんな楽しいレースができるのかな、と呟くときと同じ晴れやかな笑顔だった。 彼女は掴みどころがない。長く一緒にいても、たまにこうやって先を読めなくなることもある。 でも、本気の気持ちをぶつければ、どこまでも彼女らしく軽やかに応えてくれる。それだけは初めからわかっていた。 「ふふふっ。きみも、みんなも、こんなに一生懸命になってくれるんだ。 じゃあ、あとはアタシが応えるだけだね」 そんな眩しい笑顔のまま走り出していきそうに思えたが、彼女は逆にこちらに近づくと、内緒話をするように耳元にそっと唇を寄せてきた。だが、吐息さえ感じられそうな距離よりもどこか申し訳なさそうに話す彼女の声に、心が囚われた。 「たまにね、自分でもどうしたいのかわからなくなるときがあるんだ。心が弾んで仕方ないのに、どうすればその心を満たせるのか思いつかない」 本当の自由がどこにあるかは、彼女にもわからないのかもしれない。けれど大抵のひとがわからないままで諦めるそれを、彼女は諦められない。 だから不器用に、少しずつでも、彼女は探し続ける。 「そういうときでも、アタシは走り出しちゃうんだ。 でも、きみはいつでも目を離さないでいてくれるよね。アタシのほしかったものを、きみはもってきてくれる」 そんな姿を見ていたい。いつまでも、支えてあげたい。 夢が、そこで走り続けているから。 「きみが見つけてくれるって信じてるから、走り出せるんだよ。 もっともっと、アタシがアタシでいられる気がする」 いつでも彼女は、風の中に何かを探している。 それは一瞬の光だったり、自由の答えだったりする。もしかしたら、自分自身の正体かもしれない。 一緒に探そう。君が見つけるものは、きっといつまでも心の真ん中で光り続ける。 「ありがとう。 アタシを見つけてくれて」 自由を歌に乗せて、彼女が駆け出してゆく。まっさらなターフに飛び込んでゆく彼女を見送るときにも、きっと同じことを考えていた。 さあ、行っておいで。 風が待ってるよ。 「陸と海だったら、どっちになりたい?」 「ははっ、なんだそりゃ」 収録を全て終えた頃には、もうすっかり日が傾いていた。歩いて帰りたいという彼女に付き合って浜辺の道をさすらっていると、唐突にそんなことを訊かれた。 「いいから。教えてよ」 どう答えたものかと戸惑っていたが、彼女は待ってくれないらしい。困るこちらの様子を楽しむように、整った顔立ちが鼻先が触れそうなくらいに近づいてくる。 口ごもるわけにもいかず、思ったままを正直に話した。 「…海がいいな」 彼女から近づいてきたおかげで、答えを聞いた瞬間に目をゆったりと細めて満足そうに笑う表情が隅々まで堪能できる。収録が想像以上に楽しかったからか、こんな具合に彼女は終始上機嫌だった。 「いいね。アタシも海がいいな。 やっぱり、波の音が好きだから?」 「シービーに踏まれたくないから」 顔を近づけたまま、今度はぷくりとわざとらしく頬が膨らむ。 「いじわる」 「地面があったらどこでも走る誰かさんが悪い」 今日は散々彼女に振り回されたのだ。少しくらいはやり返しても罰は当たるまい。 けれど、海に憧れているのは本当だった。否、海と風という言葉が、今日から特別になった。 「大きな大きな海になって、シービーの声をずっと聞いてたい」 本当に海の向こうにも聞こえるのではないかと思うほど、今日の彼女の歌声は美しく澄んでいた。あの声が、言葉が潮騒のように、今も心の中で鳴っている。 一度、アイデアに詰まったといって作詞家から相談を受けたことがあった。レースやインタビューで見るシービーの姿だけで歌詞を埋めてよいものか、という問いに対して、どう答えたものかと少し頭を捻った。 確かにそれだけが彼女のすべてではない。自分しか知らない彼女の一面というものもあるだろう。 だが、それを歌うことが彼女の望みなのだろうか。ふたりきりでいるときの姿も、走っているときの姿も、彼女に問えばみんなアタシだよ、と答えるに違いない。 彼女は自分を偽っているわけではないし、本当の自分を知ってほしいと思っているわけでもない。ただありのまま、そこに在るだけなのだ。 『シービーは、あまり自分のことをそのまま歌いたがらないかもしれないですね』 彼女がしたいことは、心の内を饒舌に語ることではない気がする。彼女そのものではなく、彼女が好きなことや大切にしたいことが、あの伸びやかな声には似合うのではなかろうか。 『わかりました。では、ひとつだけ伺ってもよろしいでしょうか。 シービーさんがレースの前によくしていることはありますか?』 『風を感じるのが好きなんです。耳と尻尾を立てて、その日の風の匂いを嗅ぎ分けるのが。 シービーにとって、きっと風は自由を運んでくるものなんだと思います』 自分がしたのは、クレジットに入るのも憚られるようなささやかな助言だけだ。それに知っていてもらおうなんて、高望みする気はない。 彼女のために紡いだ言葉が、彼女の心の中で生き続けていてくれるのなら、他に望むことなどないのだから。 「不思議だね。歌ってるときに、なんだかきみと話してるみたいな気がしたんだ。 きみが海になりたいって、思ってくれてたからかな」 どんなに隠したって、彼女にはわかってしまうのかもしれないけれど。 海になりたい。 心から笑いたいときでも、悲しくて涙がこぼれ落ちてしまうときでも、海は優しく受け止めてくれる。 そういうものになりたかった。 「ふふ。でも、いいね。 アタシが歌いたいと思ったら、きみはいつでも受け止めてくれるんだ」 弾む伴奏は波の音。歌声は潮風に溶けて、世界の涯てまで旅を続ける。 「歌いに行くね。 だから、聞いててよ。いちばん近くでさ」 そんな彼女の夢を抱く、大きな大きな海になりたい。 アタシは今、海を見ている。 目の前の砂浜の向こうにではない。海になりたいと言ったきみの瞳の中に、やさしい波が立つのが見えるのだ。 だから、アタシの海に話してみることにした。 どれだけアタシが、きみの優しさに惹かれているのかを。 「黄昏にきみの瞳の青を飛ぶ 沖のかもめの翼恋しき」 ゆっくりと頬に手を添えて、きみの瞳を覗き込む。 ああ、やっぱり青い。 きみがアタシにくれた、夢の色だ。 「綺麗。 あの海と同じ色だよ」 やっと見つけた、アタシの海。 風のふるさと。帰ってきたいって、心から思える場所。 だから、翼がほしい。きみの心に、いつでも飛んでいける翼がほしい。 「…本当?」 きみはアタシの海になりたいって言ってくれた。ありのままのアタシを、いつだって受け止めるって言ってくれた。 「ほんとだよ。 だから、かもめになりたい。かもめになって、きみの中をずっと飛んでたい」 自分が誰かってことは、自分に訊いてもわからない。だから、他の誰かに訊いたってわかるはずがない。 ずっと、そう思ってた。 「アタシはアタシが好き。だから、アタシのことはアタシだけがわかってればいいって、ずっと思ってた。 …でも、きみが見てるアタシのことも好きだよ。 そんなふうにアタシを見てくれる、きみの瞳が好き」 でも、例えアタシが何もかも置いてきてしまっても、きみは見つけてくれる気がする。走り続けているアタシを、綺麗だって言ってくれる。 アタシはミスターシービー。でも、そう胸を張って言えるのは、きみがアタシを好きになってくれたから。 そんなきみが、大好き。 アタシだけの海に、今日もひとすじの風が吹く。 夢をやさしく運んでくれる、澄んだ色の風だった。 『さみしいときは青青青青青青青』