佳直とミリアは、コングロメレート近傍でナハヴェルトと戦い続けていた。
二人はもはや――いや、とうにとするべきか――、尋常の人間とは異なる領域に来てしまっている。
実際には、ナハヴェルトは祖霊板で増幅した自らの力で、より過去へと時間を遡行しようと試みていた。
これを防ぐために二人とも短時間の時間遡行を繰り返しているため、体感時間ははるかに長かった。
ひたすら敵の攻撃を防ぎ、隙を窺い続ける。
このまま、悠久の時間を戦い続けることになるのではないか?
そうした懸念が、何度脳裏をよぎったか。
(いや、何年でも、何千年だって、戦う!
宇宙を元に戻して、神々の侵攻を阻止しないと――)
もしも佳直たちが今度こそ敗れ、宇宙を復旧できなかった場合。
ナハヴェルトは人類に敵意を持つ神々に対し、どう出るだろうか?
人類の守護者として戦うならば、彼女は祖霊板の力で勝利を収めるだろう。
そして、人類は彼女の手の中で全てを操作されながら、繁栄することになる。
少年は、心の中で頭を振った。
(それはダメだ……!
ダッジャールさんだって、人類全体を意のままに操りたかったわけじゃない!)
マシーフ・ダッジャールの実際の思惑については、措くとして。
佳直が何度目かの決意を固めたその時、虹色の粒子を通して、二人は仲間たちの状況を知った。
ナハヴェルトを守る祖霊板を攻略する目途が、立ったらしい。
佳直は、ミリアに呼びかけた。
「みんな準備ができたみたいです、ミリアさん!」
「よぉし、じゃあ繋ぐよ! 全員!!」
ミリアが意気込むと、霊剣ミルフィストラッセから虹色の粒子が更に迸る。
粒子の渦はミリアを、佳直を、そしてナハヴェルトすらをも飲み込み、竜巻のようになってコングロメレートの地表へと到達した。
竜巻は爆音と共に、ゼノリスの仮拠点の近傍に激突する。
佳直とミリアがナハヴェルトと共にやってきたことを、ゼノリスの面々は虹色の粒子を通してすぐに理解した。
シリルが真剣な面持ちで、仲間たちに告げる。
「みんな、残念だけどリハーサルの時間はない!
粒子の作用で連携しつつ、ナハヴェルトを無力化する!」
激突によって生じた浅いクレーターの底で、ナハヴェルトが呻く。
「皆さんがこうして揃ったということは、攻略するつもりなのですね?
私と、私を守る十二の加護を」
ナハヴェルト、そして彼女と対峙する佳直、ミリア。
その後ろに、ゼノリスの他の面々が並ぶ。
シリスが頷いて、皆に呼びかけた。
「そうだね。あとは、実際にやってみるしかない。
行こう、みんな!」
一番手は、アルダとホロウだった。
「では、参る!」「行くぜー!」
跳躍し、ルセルナに設置されている『至高の玉座』に着席して、アルダとホロウが思念を込める。
それは、そこに座ると全てを見渡すことが出来るという座席だった。
これによって、ナハヴェルトと祖霊板とを繋ぐ霊的結合の波長を看破するのだ。
そして、
「解析完了! エナジークリスタル、最大出力!」
「うぉりゃあああああッ!」
アルダが霊波通信に使用する霊波発振器とそこに同調したホロウ自身から、強烈な霊波が放射される。
ただの霊波ではなく、『至高の玉座』を通じて解析した情報を元に、波長を調整した霊波だ。
ナハヴェルトと祖霊板は、霊波のやり取りを通じて結合している。
祖霊板は霊波を通じてナハヴェルトの力を増幅し、彼女は霊波を通じて祖霊板に命じ、力を引き出しているのだ。
その霊波のやり取りを、逆位相となる霊波をぶつけることで中和すれば、ナハヴェルトは祖霊板から力を引き出せなくなる――という試みだ。
果たして効果があったか、祖霊板に変調を感じたらしきナハヴェルトが、短く唸る。
「む……!?」
「効果が出ています!」
『理解』の人造神格と接続したまま戦況分析に徹していたシルビアが、虹色の粒子を通じて仲間たちに報告する。
シリルは手ごたえを感じ、思わず手を握りしめた。
「なら――このまま行ける!」
「僕とミリアさんで、ナハヴェルトの足を止めます!」
「みんなは祖霊板をよろしくねっ!」
それに応じて佳直とミリアが飛び出し、仕掛ける。
「させるものか……!」
ナハヴェルトは祖霊板を操り、迎撃する――が、明らかにその動きは鈍っていた。
そこへ祖霊板の一つに狙いを定め、ヨーコが疾走する。
「それじゃ――」
彼女が何かを両手で放り投げる仕草をする――いや、それは仕草ではなく、見えない何かを実際に投擲していた。
神の見えざる網。
鍛治の神が妻の浮気現場を押さえるために作ったとされる、不可視の網だ。
使用者がヨーコなのは、どんな手段を用いても目に見えないため、聴覚に優れる彼女が選ばれたためだ。
一枚の祖霊板がそれにかかって動きを封じられ、ナハヴェルトの顔に驚愕が浮かびかける。
「――!?」
「――早速一つ、頂いちゃいますね」
ヨーコは神の見えざる網で無抵抗になった祖霊板を引き寄せ、跳躍してルセルナの船上へと戻る。
次いで、
「あらあらぁ? 驚いてていいのかしらぁ、お手手が止まってるわよナハちゃぁん♪」
「黙ってやりやがれメスガキ人形ッ!」
エリスと04が、他の祖霊板に向かって縄を投げつける。
エリスが投げつけたのは、羅刹の作ったという魔術の縄。
04のそれは、ドワーフが巨大な狼神を捕縛するために作った縄を、集められた材料から彼自身が再現したものだ。
そのどちらもが、投げ手の技量に関わらず祖霊板へと命中し、絡みついて捕縛する。
「大漁とまでは行かないけど、古臭い板切れゲットぉ~♪」
「黙ってやれっつってんだろが!?」
捕獲された祖霊板を手繰り寄せた04はルセルナへと跳躍し、エリスも瞬間移動でその後を追う。
「おのれ……!」
「させない!」「ダメだよナハヴェルトちゃん!」
それを追おうとするナハヴェルトだが、得物を構えた佳直とミリアに阻まれる。
十二枚の祖霊板があった時ですらそれなりに抵抗されていたのだから、祖霊板の働きが鈍っている今、彼女の不利は明白だった。
そうして攻めあぐねている間にも、
「今だよ、ミナさん!」
「どっせぇぇぇぇぇい!!!」
メリーが祖霊板に獣の皮を被せ、ミナがそこに蝋を塗りたくり、封印を押し付ける。
獣の皮は大英雄に退治された獅子のもので、封蝋と印は七つの災厄を封じ込めていたそれと同じものだ。
ミナの背後に瞬間移動してきたエリスが彼女を驚かせつつも、祖霊板を封じた獣皮の包みを受け取って、再び消える。
その間にも、ゼノリスの攻撃は続いた。
ルセルナの船上で、フィーネが小さな五つの彫像を掲げて唱える。
「えーと、ノウマク・サンマンダ・ボダナン・バク……
こういう呪文って信徒じゃない私が唱えちゃって大丈夫!?」
「いいから投げちまえ! お釈迦サマだって世界が賭かってりゃ許してくれらぁ!」
「あぁもうっ! 五指よ、転じて大山となれっ!!」
04に言われてフィーネは、指を模した像を船外に投擲する。
すると、指は巨大な岩山に変じて落下し、逃げ遅れた祖霊板の一つを下敷きにした。
岩山の出現でクレーターはほぼ埋まってしまい、土砂が激しく舞い上がる。
それを逃れたナハヴェルトの表情に、焦りが浮かんだ。
「このっ……!」
そして大山の落着とほぼ同時、グリュクが仕掛けている。
彼は身体強化を併用して祖霊板の一つに駆け寄り、脇に抱えていた香炉を近づけた。
「反魂香よ、死者の面影を映せ!」
香炉から放射された気体が祖霊板に触れると、その動きが完全に止まる。
そして立ち上る香の上方には、女の姿が見えた。
それは死して祖霊板と化した、歴代のリカーシャ・カインの誰か――いや、虹色の粒子と、シルビアの『理解』を通じて、ゼノリスは知っていた。
彼女こそはナハヴェルトの直接の母親であり、彼女が手を下して祖霊板に変えた、あのリカーシャなのだ。
グリュクは04が加工によって香炉に合体させていた、インヴァーサルプラズマ点火プラグのスイッチを入れた。
「――ッ!!」
その瞬間、鋭くも不思議な音色が響き、空中に形成された像だったリカーシャ・カインが実体を得る。
死者を実際に蘇らせてしまった反動か、香炉はひび割れ、砕けた。
それを捨て、グリュクはすぐさま、空中から落下した彼女を受け止める。
一方で祖霊板は虚像となって、香炉から出た煙と共に風に消えてしまった。
それを見たナハヴェルトは、明らかに動揺している。
「何――!?」
「よっと」
そしてグリュクの近くまで来ていたシリルが、意識を失っているらしいリカーシャの手首に魔術錠を嵌めた。
彼はナハヴェルトに向かって、微笑む。
「生き返ったキミのお母さんは、ボクたちが保護するよ。
悪く思わないで欲しいんだけどね」
「貴様らぁッ!!」
「おっと!」
声を荒らげるナハヴェルトの放った熱線を、跳躍してきた04が横合いから弾いて防ぐ。
彼は目深に被ったヘアバンドを指でわずかに押し上げ、口にした。
「本来なら、過去の無防備なオレに向かって銀ビームが直撃してたんだろうがな。
今のオレたちは特異点と『接続』した状態だ。
ちぃとばかしだが、時間遡行や未来予知が及ばなくなってんぜ?
ましてテメーは、今や祖霊板の接続数が半減してんだからな。
ここで抵抗をやめて這いつくばんなら、尻叩きくらいで許してやんなくもねぇ」
「ちょっとバカフォー、セクハラよそれ!」
04の背後に転移してきたエリスが眉間に皺を寄せるが、ナハヴェルトに諦めるつもりはないようだった。
「数が半減したことで、一座ごとの結合強度は二倍になりました。
これまでのようには奪わせませんよ……!」
彼らを睨むナハヴェルトに向かって、リカーシャを抱き上げた状態で、グリュクが問いかける。
「もうやめないか、ナハヴェルト。
今ならまだ、何もしてなかったことに出来るかも知れない。
祖霊板が一枚失われたせいだろう、君が宇宙を消し去っていた儀式が維持できなくなったみたいだ」
「…………!?」
ナハヴェルトが、天を仰ぎ見る。
ゼノリスの面々の目にも、それが映っていた。
そこには、あるはずの地球、もしくはキョウカイが無かった。
「え、あれ……?
じゃあもしかして私たち、神世に取り残されちゃったってことですか!?」
ミナが、慌てふためく。
「ミナさん、気持ちは分かるけど今は、目の前の戦いに集中しないと……」
フィーネが彼女に言い含めようと試みていたが、それはともかく。
グリュクはナハヴェルトに対し、天を軽く指しつつ言葉を続けた。
「地球とキョウカイは元通り別の世界に分かれて、平穏が戻ったはずだ。
ここには君のお母さん、地球には君のお父さんがいる。
俺たちも協力するから、ここを脱出して元の世界に戻ろう?
君が家族で暮らす方法も、きっと見つかる」
(うーん。グリュクさんには悪いけど、危険な一家が揃うだけじゃないかなぁ)
家族というものに対して思うところのあるらしいグリュクの後方で、シリルは冷徹に判断していた。
しかし、ナハヴェルトがその説得に耳を貸すことはないようだった。
「私は人類の千年王国を打ち立てるために生まれ、育てられ、力を手にしたのです。
そこには家庭も、家族も不要……!」
「オレとしちゃあ気持ちよくバトれりゃ、あとはどうでもいいんだが……
そういうことならまぁ、このままその板、全部取り上げて殺すしかねぇわな」
歯を剥いて宣言する彼女を見て、04はヘアバンドを下ろして頭を掻く。
シリルも、警告と思しきことを告げる。
「ボクらにはまだ、残っている祖霊板を奪う手立てが十分に残っているよ、ナハヴェルト」
彼女は、唸るように口にした。
「……特異点のせいで歴史改変ができないとはいえ、あなたがたを少し甘く見ていたようです。
特異点と接続することで私の過去改変と未来予知を防ぎ……
更には知恵と工夫で祖霊板を六座も奪ってみせるとは。
あなたがたは恐るべき戦力と言えるでしょう」
両手を広げて芝居がかった仕草を見せながら、ナハヴェルト。
まるで詩でも吟じているかのようだ。
そして、彼女はその手で己の口を隠すようにして、笑った。
「ならば私も遠慮なく、奥の手を出せるというもの」
「――――ッ!!」
それが虚勢か真の自信か、区別できる者はいなかった。
ナハヴェルトの言葉を聞き、ゼノリスの全員が身構える。
佳直が、祀霊具を敵に向けて気を吐いた。
「なら、僕たちは攻撃を続けるだけだ!
ですよね、ミリアさん!」
「ナハヴェルトちゃん、本当にやるんだね……?」
霊剣を構え直すミリアに向かって、ナハヴェルトがそれを制するように手を掲げ、再び口を開いた。
「不公平ですので、少し話しておきましょう。
皆さんはコングロメレートなどと呼んでいるようですが……一応この小天体には祭壇の星という名前を与えてあります。
なぜ私がこの小さな祭壇の星に、地球やキョウカイと同じ環境を維持していたかわかりますか?」
「……重力が弱えーと集めた質量がバラける……ってだけじゃ、呼吸できる1気圧の大気がある理由が説明できねーな。
聞いてやるよ、どうしてだ?」
04が鼻を鳴らすと、彼女は不敵に笑って答える。
「必要だったからですよ。ユカリタチバナの生育にね……!」
同時、大気が震えた。
コングロメレートを包んでいた魔力の密度が、更に上昇したのだ。
異世界からの集成物であったこの天体に自生していた、紫色の木々。
それこそがナハヴェルトの言う、ユカリタチバナであった。
そのユカリタチバナが、コングロメレートのそこかしこで、急速に魔力を高めはじめる。
小天体の全土から立ち上る膨大な魔力は、ナハヴェルトへと収束していくようだった。
珍しく、シリルが焦ったような声で呼びかける。
「まずい! みんな、攻撃だ!
何とかして魔力の吸収を阻むんだ!
ホーリーブラスター!」
彼に続いて、ミリア、フィーネ、グリュクといった魔力を扱う面々が、間接攻撃を放つ。
「ダークネス・サンダー・ボルトスクリューっ!!」
「土の津波よ!」
「退けぇッ!」
魔力に阻害されずに意思を疎通できる虹色の粒子の力で、連携は機能し続けている。
神聖な熱線に漆黒の螺旋稲妻、大地を高速で疾走する衝撃波と圧縮魔弾が、魔力を集中させるナハヴェルトへと殺到し、破壊をまき散らした。
「大黒、『顎』ッ!!」
「紅蓮薔薇地獄、『煉獄』!!」
「極刑再現・雷刑ッ!」
「心臓の女王の名に於いて!」
次いで波動熱線が、勢いを増した地獄の火が、反転した殉教者の加護の猛威が、メイスから放たれたハート型のビームが。
それぞれ着弾して小さなキノコ雲を巻き上げるが、まだ攻撃は終わらない。
「こういう時に近接専門は損ですね……!」
「致し方あるまい! ホロウは退避だ!」「お、おぅ!」
聴力を虹色の粒子で共有し、未だ立ち込める粉塵の中をヨーコとアルダが突進する。
強化筋力と、VMXモードによる最大速力。
二人はナハヴェルトがまだ倒れていないことを検知し、それぞれの得物で斬りかかった。
「お命、頂戴……!」「物騒なことを言うな!」
“赤黒”とスタン・カタナの一撃は、しかし生き残っていた祖霊板によって阻まれる。
そこに。
「――今です!」
やってきた合図と共に、二人は大きく跳躍、後退した。
代わって飛来したのは、遠距離から加速して飛んで来た祀霊具・溶月鞘:富士焚剣と、そこにしがみついて制御している佳直だった。
後方から炎を噴き出すその巨大な剣は全長5メートルにも及び、十分な距離を加速して速度はマッハ120――秒速40km以上に達している!
祖霊板の数が半減した今、時間遡行や未来予知でこれを回避することはできない。
それは瞬きすら間に合わない時間でナハヴェルトを祖霊板ごと貫き、倒す――はずだった。
だが、ナハヴェルトはそれすらも防御して、弾いた。
「――ッ!?」
衝撃で富士焚剣の刀身は大きくひしゃげ、佳直の肉体はばらばらになる。
爆散した佳直はすぐさま記憶の神格の作用で元の身体に戻るが、彼は驚愕していた。
即席とはいえ、今しがたの完璧な連携を防がれた。
祖霊板の半数を失い、相手はもはや全知全能とは程遠くなったにも関わらず、だ。
ナハヴェルトが、あざ笑う。
「……残念でしたね。私は特異点を排除し、その次は神世の神々も滅ぼすのです。
そのためのリソースを祖霊板以外にも用意していると考えなかった、あなた方の負けです」
なおも集まる魔力を吸収しながら、彼女は続けた。
「ユカリタチバナは、神世の植物……
今はキョウカイと神世にしか残っていませんが、昔は地球もこの植物の発する魔力で満たされていたのですよ。
原生代のシアノバクテリアが地球に大酸化事変を引き起こしたように、ユカリタチバナは、星を魔力で満たす」
(なるほどね……そういう木なら当然か)
ナハヴェルトから更に距離を取りつつ、ヨーコは納得していた。
そして、彼女は鋭敏な感覚で強大な魔力の気配を察し、虹色の粒子を通して友軍に警告した。
「――危ない!!」
その時、ナハヴェルトを中心に、強大な爆風が発生する。
魔力や霊力を伴ったその衝撃波は、小さな天体であるコングロメレートの対蹠地でぶつかり合い、再びナハヴェルトの居場所目がけて戻ってくるほどの威力があった。
彼女の周辺に展開していたゼノリスも、その威力に晒される。
「――っ!」
ヨーコ自身は、魔力さえあれば肉体を強化できる。
衣服に綻びは生じたが、星に満ちた濃密な魔力によって抗堪することは容易だった。
「護り給え!」
「プロテクションオール!」
「ディフェンシヴ・シールド!」
グリュクとシリル、ミリアは、ヨーコの警告に合わせて防御殻を張ることで。
「ひっ!?」
(取り乱すな、我が護ろう)
ミナは、メイスに宿った心臓の女王の加護で。
「これは!?」
(世界樹とその若枝の加護か……ありがたい)
「やっば……04の後ろだったら死んでたかも」
フィーネとルセルナ、そしてフィーネの背後に転移したエリスも、世界樹の力によって同様に守られていた。
「痛い痛い痛い!?」
「ぬぐぉ……!」
メリーはエウラリアの加護、04は波動による防御で、それぞれ痛がる程度で済んでいる。
だが一人だけ、防御も退避も出来ない状態の者がいた。
「いかんッ、ホロウ!!」
アルダは無防備だった相棒を庇おうと走るが、位置との兼ね合いで衝撃波の到達の方が速かった。
「ぐッ!?」
アルダは衝撃波によって横殴りにされて転倒、大きく流される。
彼の視覚センサーには、衝撃波と飛来物でズタズタになるホロウの姿がはっきりと映っていた。
「ホロウッ!?」
衝撃波が収まって霊波の乱れが回復した直後、アルダは霊波で捉えたホロウの居場所へと最大速力で駆け寄った。
「ホロウ、大丈夫か!!」
「あ……ぅ……」
彼は全身に裂傷を負っており、出血こそないものの、霊力が多量に漏れ出ていることが分かる。
それを知ったフィーネが、ルセルナを回頭させてそちらに向かうようだった。
「待ってて、今回復を――」
「それまでの間、手当を施す!」
アルダは努めて動揺を堪えつつ、体内に用意していた霊的生命体用の簡易救命キットを取り出し、ホロウに処置していった。
アルダの聴覚センサーで聞き取ることを前提にしているのか、ナハヴェルトが独り言のように口にするのが聞こえた。
「霊的生命体には、今の余波でも過酷すぎたようですね。
私の邪魔をしなければ、そうならずに済んだものを」
「貴様ッ……!」
アルダが怒りに飲まれかけた、その時。
『ふははははは!!』
天から、やかましい声が聞こえてきた。
『何とか間に合ったようだな!
破壊されたカウブ・ソニラの宝物庫から、役に立ちそうな物資を修復して届けてやろうぞ!』
声と共にやかましく降りてきたのは、空を飛ぶ小さな蔵だった。
それを見て、シリルが呟く。
「本人は来られないはずだから、遠隔かな……」
それはキョウカイに召喚されていた空中帝都カウブ・ソニラ――その皇帝であるスヴェルの声だった。
声を発している蔵は、彼が彼なりの好意でここまで送り込んできた支援物資なのだろう。
装飾を施されたそれは、炎を噴射しながら戦場へと降りてくるが、
「何ですか、鬱陶しい」
『ぬおぉおおおおお!?』
ナハヴェルトの放った光線で迎撃され、爆散した。
だが拡声装置は生きているらしく、スヴェルはなおも、尊大に語り続けた。
『ええい忌々しく無礼な小娘め……貴様ら、焼け残ったものだけでも活用するがいい!』
「何なのだ一体……」
ぼやくアルダの近くに、どうやら音声を中継していたらしい装置ががしゃりと転がり落ちてくる。
装置から、皇帝スヴェルがアルダに気づいたように語りかけた。
『ん? そこの霊的生命体、死にかけているな。これはちと治すのが難しい』
アルダはそれを聞いて、この装置の向こうにいる男に霊的生命体の治療についての知見があるのだと思い至り、藁にも縋る思いで訊いた。
「お主、何とかできぬか!」
『そうだな。余が持参した霊子サイバネティクス手術装置は破壊されていない。
人間を短時間で霊子サイボーグに改造する装置だが、これで誰かを霊子サイボーグ化すれば、そこに霊基質として組み込む形で生存が可能になるだろう』
「それは、被術者とホロウが合体するということか?」
『遠隔の簡易診断だが、被害者は広範囲の霊基質に深い損傷を受けていて、このままでは助からん。救いたいなら急げ』
「……ならば拙者が受ける、すまぬホロウ!」
ホロウは既に、受け答えができる状態ではなかった。
アルダが独断を詫びると、スヴェルが応える。
『承知した。既にサイボーグのようだが、問題はあるまい』
すると、スラスターと車輪のついたコンテナのような物体が、アルダと重傷を負ったホロウの近くへと滑るようにやってきた。
コンテナは急停止すると横扉を開き、その内部から見えない力で動いているらしい担架が一台、滑り出てくる。
アームのついた担架はホロウをその上に乗せて、照明の点灯したコンテナの内部へと移動していった。
アルダはそこに飛び込む前に虹色の粒子を通して、やってきた仲間たちへと告げる。
「聞いての通りだ。拙者はしばし暇を頂く。
すまぬがその間、頼む!」
「チッ……とっとと済ませろ」
「かわいい下僕のためだもの♫ 当然だけど、合体したらあなたもあたしの下僕だからね?」
「それは御免蒙る!」
04とエリスの憎まれ口を聞きつつ、アルダはコンテナへと入った。
「何を企んでいようと、あなた方に私を負かすことは出来ませんよ……!」
ナハヴェルトがそう凄むと、彼女の周囲の岩石や瓦礫がバラバラに砕け、空中へと浮き上がる。
それらは恐るべき速度で加速し、光弾となってゼノリスに襲いかかった。
「大黒・幕ッ!!」
「集えッ!」
04が大黒を空中へと大きく広げ、グリュクが念動力場でゼノリスの全員をそれで防御可能な範囲に集める。
アルダとホロウの入ったコンテナ――スヴェルによれば霊子サイバネティクス手術装置――も、範囲に入っていた。
光弾は膜状に広がった大黒に向かって衝突し、防がれる。
しかし、それで相殺しきれず内側に突出した大黒の防膜が衝撃波を発生させ、荒れ狂った。
「うわ!?」
「まずい、守勢に回ったら全滅する! 強引にでも、攻めるんだ!」
「だったら、僕が!」
シリルの判断に対して立候補したのは、佳直だった。
彼はひしゃげた富士焚剣のスラスターを吹かせ、強引に大黒の膜を迂回してナハヴェルトへと向かっていった。
ナハヴェルトが、つまらなさそうに嘆息する。
「またあなたですか」
「舐めるなよっ!」
佳直は富士焚剣をカウントスタッフへと変化させ、そのスロットへ素早くエレメント・チップを挿入した。
『煙幕』『分身』『神速』『拘束』『猛毒』――
最大で五枚まで同時に発動できるエレメント・チップによる魔法を使って、彼は攪乱を仕掛けようというのだ。
カウントスタッフからナハヴェルトに向かって濃密な煙幕が発生し、その中を無数に分身した佳直が高速で動き回り、猛毒を与える魔法の索で攻撃する。
「カナオさん、援護します!」
更にそこに、シルビアが遠隔操作で、多数の無人航空機を飛来させた。
全長3メートルほどの固定翼機で、その数は27機。魔力文明の製造したものらしく、魔力があれば動作する。
探査中に発見し、わずかな追加措置でシルビアが操作できるようになるということで、回収しておいたものだ。
武装こそ未設置だったが、衝突安全装置を無効化して体当たりをさせる程度のことは可能だった。
無人機はナハヴェルトの周囲を旋回しながら包囲網を狭め、佳直の分身が作った隙を目がけて特攻を掛けた。
「小バエが……!」
彼女は佳直とシルビアによる攻撃を無視できないと見たか、魔力の衝撃波で全てを吹き飛ばした。
煙幕や佳直の分身、無人航空機は全て排除される。
接近していた佳直本人も巻き込まれ、大きく弾かれた。
「うわぁっ!?」
「そんな虚仮威しが効くとでも?」
「――出ろ、奪神っ!」
すると、魔力を放射して隙のできたナハヴェルトに向かって、身長3メートルほどの八本腕の巨人が出現した。
佳直の『記憶の神格』に付随する、完全記憶能力によるものだ。
記憶を消費し、その中にあるものは何であれ、目の前に完全再現する。
ただし、消費した記憶は消滅するため、これを使用した佳直には目の前に出現した奪神のことが分からなくなっていたが。
「むっ、それは祖霊板か! 寄越せ!」
ともあれ、再現された奪神は眼前のナハヴェルトの持つ祖霊板に気づき、細長い腕で一枚を素早く奪い取った。
「薄汚い手で触れるな!」
「うぎょお!?」
他の祖霊板の回転体当たりでバラバラに切り裂かれ、再現された奪神は短い生を終える。
が、そこで祖霊板による防御に隙ができた。
「戒めよ!!」
グリュクが念動力場によって、ナハヴェルトの動きを封じ込める。
物質化する寸前の濃密な念動力場をここまでの強度で維持できるのは、彼がコングロメレートから発見された無数の強化魔具を全身に身に着けているからだ。
これら魔具とコングロメレートになおも残る膨大な魔力とが無ければ、グリュクの魔力は尽きて、早々に力場が破れてしまうだろう。
その念動力場の作用で、ナハヴェルトと残された祖霊板との繋がりが、更に薄れる。
「オラッ!」
そこへ極超音速で繰り出された04の正拳突きが飛んできた。
波動を最大限込めた一撃が念動力場を突き破り、ナハヴェルトの腹部を直撃する。
「なんの……!」
魔法で防御しても、なお相殺しきれない衝撃。
彼女は吹き飛び、今度はその軌道の先に、メリーがエウラリアを構えていた。
「ごめん!」
魔法で慣性を中和し勢いを殺していたが、それでも間に合わず、修道女の一撃はナハヴェルトの重心を捉える。
反対側に吹き飛ぶナハヴェルトに追い打ちをかけるのが、エリスだ。
「エンチャント・ファイア! なぁんちゃって♪」
惨殺少女人形はナハヴェルトの背後に転移し、右腕から飛び出した首狩鉤に地獄の火をまとわせて斬り付けた。
が、ナハヴェルトは氷の盾を創り出してこれを防御する。
恐らくただの氷ではなく、堕天使を地獄の奥底に封印している氷と同質のものなのだろう。
「ムッカぁ! 生意気に防いでんじゃないわよ!」
氷の盾から突き出した鋭い氷柱を瞬間移動で回避し、口を尖らせるエリス。
しかし、ゼノリスの攻撃はそこで終わりではない。
着地して体勢を立て直そうと試みるナハヴェルトへ、ミリアとヨーコが高速で襲い掛かる。
「キミが諦めるまで、ボクも諦めないからね!」
「しつこい……!」
(まぁ、私は殺す気でやりますけど)
ミリアとナハヴェルトが言い合っている間に、ヨーコは静かに剣を振るっていた。
勇者の繰り出す霊剣の刃を、半人半魔の娘の振るう大太刀を、ナハヴェルトは素手で弾いて行く。
その防御に、霊剣が驚愕する。
(祖霊板を半数奪われてもなお、尋常ならざる守り! 油断すればこちらが引き裂かれようぞ!)
「分かってる……!」
「本当に分かっていますか? 私の過去改変と未来予知はあなた方が封印していますが……
仲間と連携している以上、あなたも光速を超えて過去に遡行する戦い方ができない。
歯がゆいのでは?」
「そんなことない!」
「分かりやすい人ですね、図星を突かれるとむきになる」
「似た者同士……」
「「似てない!!」」
ヨーコがぼそりと呟くと、ミリアとナハヴェルトが同時に反応した。
至近距離でミリアとヨーコに応戦しながらも、ナハヴェルトは小さく咳払いをして言う。
「ミリアさん、私はあなたのことがそこまで嫌いではありません。
しかし、あなたも私と同じ特異点です。
なぜあの老人が、あなただけ生かして返すと思いこんでいるのですか?」
「え……?」
老人とは、百年以上生きているらしいシリルのことだろう。
ナハヴェルトは、相手取っていたミリアとヨーコから一度距離を取り、語り続けた。
「この虹色の粒子……あなたとE-ギアに感応したその霊剣から出ていますが、あなたが性質を無意識に調整していますね。
表層の意識は共有できても、もっと奥底に潜む考えは隠すこともできる」
「それは、全部暴いちゃうわけにもいかないから――!」
「ならば、あの老人は私のみならず、この戦いで同じ特異点であるあなたまでも亡き者にしようとしている可能性はありませんか?
あなたはそれに気づかず、騙されたまま体を張っているのでは?」
「そ……そんなこと……!?」
心に疑念が芽生えかけ、ミリアは思わずシリルのいる方向を見てしまう。
そこに、ナハヴェルトの爪が伸びる。
ミリアの隙を突き、ヨーコが反応できない距離で、それは必殺の威力によって勇者の臓腑を背骨ごと吹き飛ばす。
はずであった。
「な――!?」
だが、一撃を受けたのはナハヴェルトの方だった。
「――!? ナハヴェルトちゃん!?」
見れば、左肩から袈裟懸けに、彼女の身体を“赤黒”が切り裂いている。
ナハヴェルトの隙を逆に突き、ヨーコが一撃を加えたのだ。
「…………く……!」
苦悶するも、ナハヴェルトは気管の切断でまともな声が出ないようだ。
“赤黒”を引き抜いたヨーコは、無言で口にくわえていたガラスの小瓶を吐き捨てる。
それは魔女を斃して手に入れ、グリームによって閉じ込められた世界からそのまま持ち帰った、俊敏のポーションだった。
普段の魔力による加速にポーションの効能が加わり、ナハヴェルトの予想を上回る動きが可能になったのだろう。
「ヨーコちゃん――え!?」
ミリアは重傷を受けた少女に駆け寄ろうとしたが、ヨーコは逆にミリアに掴みかかり、腕を引っ掴んで跳躍する。
そこへ、ハートの形をした凄まじい威力が飛来した。
「ホーリー!」
「世界樹!」
「心臓弾ぁぁぁぁぁんッ!!」
シリルとフィーネ、ミナが共同で錬成していた合成魔法の巨弾だ。
聖属性魔術と世界樹の魔力、そして心臓の女王の力が合わさった破壊的な一撃が、重傷を負ったナハヴェルトを直撃する。
その威力はすさまじく、加速したヨーコに無理矢理引き離されたミリアにも、礫などが飛来して肌を打った。
彼女はせめて、というつもりで、思う所をヨーコに告げた。
「ヨーコちゃん、もう少し手加減っていうか……!?」
「話して通じるような相手じゃないのは分かっていたでしょう。
ああやってあなたのことを動揺させても来た。
ミリアさんがどういう気持ちで彼女と剣を交えていたかは知りませんが、まさかあのまま決着もつけずに戦い続けるつもりだったんですか?
私たちを巻き込んだまま?」
「あぅ……ごめん……」
相手を止めようという漠然とした決意しかなかったことを痛感し、ミリアは呻いた。
既に二人は仲間たちの近くまで来ており、彼らがシルビアが状況を報告するのを聞いた。
「ダメです!
ナハヴェルトは一度粉々になりましたが、完全に回復しています!」
「――!?」
それと同時、収まりきっていない土煙の向こうから、無数の光弾が飛来する。
「護り給え!」
「世界樹の、木霊の護りよ!」
「おっかないね……魔力が衰える気配がない」
ゼノリスはかろうじて防御するが、防御の範囲外で光弾が破裂して余波を撒き散らす。
シルビアが、シールドで防御に参加しつつ分析する。
「ナハヴェルトは、今もコングロメレート全土から魔力を集め続けているようです。
概算ですが……このまま戦っても150年以上、魔力が続くと考えられます」
同じく防御に参加しつつ、シリルがうなる。
「そこまで膨大だと、空腹も疲労も魔法で解決できそうだね。
こっちも魔力が尽きないわけだけど、さすがに祖霊板が残ってる向こうほど万能じゃない」
「ユカリタチバナっていう木をどうにかしないとダメかな……?」
メリーが漠然とながら提案するが、
「これまでの観測データからの概算ですが、ユカリタチバナの数は1アールごとに約50本。
ユカリタチバナの森がコングロメレートの地表面積の約25%を占めていると仮定して、その本数は150億を超えます」
シルビアが情報を提示すると、彼女は腕を組んで思い直した。
「それ全部切るか燃やす……ってわけにもいかないよね」
「どうにかして魔力の吸収を遮断する方が早いんじゃ……」
「どうやってだ。あの暴れっぷりじゃ、大黒で風呂敷作って押し包むのも厳しいぞ」
ヨーコや04も意見を交わすが、妙案と呼べるものは出ない。
立て続けに、核兵器じみた威力が防御を揺るがす。
周囲の地形はえぐれ果て、途切れることの無い激しい地震のような揺れが続いている。
防御が破られるのに然したる時間はかからないだろう。
そう思えた時、不意に爆音と衝撃が止む。
「…………!?」
攻撃が止まったのだ。
代わりにナハヴェルトが、祖霊板の力でゼノリスへと声を届けてくる。
「月並みですが、降伏して祖霊板を全て返還し、私の指揮下に入るなら、このまま攻撃をやめてあなた方の命を保証しましょう。
ミリアさんも佳直さんも断ったので、さして期待はしていませんが……今から三分間、待ちます。
もし気が変わりそうなら、早めに決めることをお勧めしますよ。
逆に私が変節して、この星ごとあなた方を吹き飛ばしてしまわないとも限りませんからね」
「………………」
それに積極的に応答しようとする者はいなかった。
全員が、この危機的状況を理解しているのだ。
シリルがゼノリスの面々を集め、提案する。
「みんな、いま出来ることを隠すことなく、ひとつ残らず教えてくれ。
最後の作戦を立てる」
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第28回終了です。第29回に続きます。
以下、注釈です。
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