〔20〕「コスタリカ サンタ・テレサ農園 ゲイシャウォッシュド」 ーーーーーーーーーー それは数ヶ月前のこと。 近所のロースタリーはお買い物するとたまに珍しい豆をおまけにつけてくれるんだけど、その日のそれはとんでもなかった。 渡された小さな真空ガゼットに入っていたのは、コスタリカのCup of Excellence (2024年度)で1位(トラディショナルウォッシュド部門)を獲得したサンタ・テレサ農園のゲイシャ…なんとその入賞したロットそのもの!CoEの入賞ロットなんてオークションで競られるようなものだから簡単には手に入らないし、縁があったとしてもそれなりの出費を覚悟しなきゃならない。少なくともその日のお買い物の額に見合うようには思えなかったから、買います買わせてくださいこんなもの頂けません!って抵抗したんだけど…「ウチで焼いた豆でもないし初華ちゃんは常連さんだから」って半ば強引に渡されちゃった。 どうしても何かお礼がしたいって言ったら、「中学生になる娘がティモリスちゃんの大ファンだからサインとか欲しがるんじゃないかなあ」って笑うもんだから、すぐ海鈴ちゃんにお願いして翌週渡しに行った。「本当に頂けるとは思わなかった」って驚いてたけど、娘さんはすごく喜んでくれたみたい。 というわけでそのロースタリーの店内には額に入った海鈴ちゃん…もといティモリスのサインが今でも飾ってあるってわけ。きょう海鈴ちゃんを家に呼んだのは他でもなくその時頂いたゲイシャを淹れるからだね。 「確かに数ヶ月前“淹れる時に呼ぶね!”とは言われましたけど…完全に忘れてましたよ」 うん…いや…私は忘れてたとかじゃないんだけどちょっとね、ビビっちゃって。貴重な豆だからそれなりの覚悟と心の準備がね? 「まあ暇だったので別に構いませんが。昨日頂いた譜面の事でちょうど豊川さんにもご相談がありましたし…豊川さんはどちらへ?」 さきちゃん?あとで海鈴ちゃん来るよってさっき伝えたら「どうして貴女はいつも直前に言いますの!?」って慌ててお買い物に出ちゃった。お母さんみたいだね。 じゃあ淹れる前に海鈴ちゃんにはCoEの歴史から簡単に説明するね。まず𝑪𝒖𝒑 𝒐𝒇 𝑬𝒙𝒄𝒆𝒍𝒍𝒆𝒏𝒄𝒆は1999年に── 〜〜〜 ──だから今回淹れる豆は日本のキャメル珈琲さんが独占落札したものだから比較的手に入りやすい状況にはあったんだけど私は買えなかったんだ〜。そもそも受賞ロットってCoE審査員の折り紙つきってことだから付加価値がすごくて…あっさきちゃんおかえり💛 「海鈴がどこか遠くを見ていますわね」 「視映(みえ)ますね──コスタリカの大自然が」 「ほどほどにしておやつにしませんこと?カステラとお煎餅がありますわ」 〜〜〜 前置きは長くなったけど淹れようね。 ついに…ついに!世界中から集められたコーヒーと味覚のスーパープロフェッショナル達が直接評価したコスタリカゲイシャの頂点とご対面!! 「あ」 ふふっ海鈴ちゃんが驚いて声を漏らしてる。 密封されていたとはいえ冷凍庫で数ヶ月寝ていた挽いてもいない豆から、おおよそコーヒーとは思えないようなチェリー系の強い香りが立ち上ってきた。これ本当にウォッシュド??? 豆面はビシッと揃ってる感じではないけど、スプレモサイズで楕円形の厚みがあるものが多いね。あんまりゲイシャっぽくないというか…同じ品種でも産地や農園で豆の形は全然違うんだなあ。結露する前に20gを中細挽きにしちゃおう。 焙煎度合いは深めのハイローストだね。L値は20〜21ってところかな?冷えてるはずなのに濃厚な甘酸っぱさを感じるフレグランスがぶわっと広がる。この香りを簡単に表現するなら…チェリーコークかな。 ハンドドリップはちょっと怖いから浸漬式ドリッパーで淹れよう。湯温は85℃、粉入れてお湯注いで2分半蒸らし。攪拌したらスイッチを下げて液を── 「こんな道具があるんですね。ああレバーを下げるとコーヒーが…なるほど」 ん、これ?立希ちゃんも使ってるよ。レシピ守れば誰でも同じ味で淹れられるから便利なんだ〜。海鈴ちゃんも興味あるなら買ってみるといいよ。値段もお手頃だし。 よし。カップに注いでレッツテイスティング。 ああ〜もうアロマがね、すごいの。同じゲイシャでもエスメラルダ農園のものとは方向性がちょっと違う…ド派手で主張が強くて、まるで香料が添加されているかのようなフルーティーな香り。 「あまり詳しくない私でも“これは違うな”と分かりますね。コーヒーの香りとは思えません」 本当にね。ウォッシュドなのにパルプ(果実)の香りがそっくりそのまま残ってる感じ。では失礼して啜っちゃうね。あ、海鈴ちゃんは普通に飲んでいいからね? うん…アロマから想像できる通りの驚異的なフルーティーさ。口に入れた瞬間からコーヒー離れした甘みと酸味を感じるフレーバーがいっぱいに広がる。抜ける香りの中にゲイシャらしい柑橘感とフローラルな雰囲気があって、苦味はほぼ無し。明瞭な酸味と果実感が余韻までしっかり続いて、ゆっくりフェードアウトしていく。 この焙煎度合いでここまでド派手なフルーツフレーバーを感じるコーヒーは飲んだ事ないかも。さすがは1位を獲ったロット…これが頂点の味なんだね。 ね!すごいねえ海鈴ちゃ…ん? 「──あっ…いや普段飲んでいるコーヒーとあまりにかけ離れているもので。誤解を恐れずそのままの感想を正直に申し上げますと……よく分かりませんね」 えっ 「“何か違うな”とは思います。ですがその…私の舌ではこれを“おいしい”と捉えることができませんでした。立希さんや三角さんであれば…三角さん?」 「ああ…海鈴なんてことを」 おいしい…おいしいコーヒーってなんだろう。 そもそもおいしいって?味覚ってなに?味覚と…嗅覚と、温度…/環境。??、? 「ああなったらしばらくダメですわね。海鈴、夜は食べて帰るでしょう?」 「えっ?いや…よろしいんですか?」 「揚げ物は人数が揃っている時に限りますわ。コロッケ作りますから待っていてくださいまし」 「あの…三角さんは」 「お腹が空いたら正気に戻りますわ」 コーヒー…私にとってのコー珈琲ヒーって???人生???大地…風、地k球は…星¿宇宙♭∂さきちゃnん─── …… … ーーーーーーーーーー 「三角さんほら…豊川さんが揚げたコロッケですよ」 🦁‰🐻♬物質の…分子の構造と…むぐっ…あっおいしい!さきちゃんのコロッケだ!さきちゃんの作ったものはなんでもおいしいなあ。