「なーにかなっ♪ なーにかなっ♪ 今週はこれ!」 シンクロモンスター 『スイーツ=クイーン・あんぜりか』 「緑のドレスを着た、お菓子のお姫様だ!」 「敵モンスターを攻撃で破壊した時、プレイヤーのLPを500回復できるわ」 第〷話 アキ危うし! 涙のスイーツデッキ! 「そう言えば遊星、お前小さいころ『ジャックと結婚するー』って言ってなかったか?」 「確かに、覚えがある」 平和な昼下がり、遊星ちゃん(遊星ちゃん、な)、クロウ、そして偶然訪ねてきた十六夜アキが、ガレージ内で話に花を咲かせていた。 「ほ、ほんとのことなの……!?」 遊星ちゃんに詰め寄るほど動揺するアキ。 「そうなんだ十六夜、ジャックと結婚するつもりだった」 「なぜなの遊星、だってジャック・アトラスはあのジャック・アトラスなのよ……?」 ここで映し出される数々のやらかしシーン(☆ 「そうだな、ジャックはジャックだ」 「わ、私なら、あんな人とは結婚しない……。 そうね、パパみたいな優しい人と結婚したいわ」 言いながら、遊星ちゃんをちらりと見るアキ。 けれど見られた方は、目をつぶって考え込み、そのことに気が付いてなかった。 そして『結婚したかった理由』を語りだす。 「……マーサから聞いたんだ、『結婚式を行うと大きなケーキが食べられる』って。 俺、いや私は、みんなにケーキをあげたくて、ジャックと結婚すればそうなると……。 結婚の意味もよく理解していなかった。 結婚に関するカードがあれば、あんな勘違いは……」 遊星もクロウも、カードのテキストから学んだことが多かった。 『結婚テーマがあれば、結婚の正しい意味も知れたんだ』と、遊星ちゃんは言外に言っている。 「俺達の妹様の、可愛い勘違いだなー」 ここでクロウが助け船。 「私は、クロウの妹じゃない。 守られていた無力なあの頃より、ずっと大きくなった」 「そうだな、俺達シグナーの頼れるリーダー様だよ」 「からかわれている気がする」 「からかってない、からかってない」 クロウは遊星ちゃんが妹のようで、可愛くて仕方がないのだ。 俺の書く世界でクロウ×遊星ちゃんは無いから。 「遊星はケーキが好きなの?」 アキには、話題に出た甘いものに、遊星ちゃんが執着しているように思えた。 「好きと聞かれても、食べたことがないんだ。 絵本で見たり、話で聞くだけ。 サテライトでは、ケーキなんておとぎ話の中の物だったから」 「あっ……ごめんなさい」 「謝ることはない」 遊星ちゃんは思い出す。 マーサが語るケーキの話に、みなが揃って胸を躍らせていた幼い頃を。 「……私、知ってるわ。 美味しいケーキの店のこと」 アキは、自分を救ってくれた遊星ちゃんに、素敵なものを与えたくなっていた。 「パパとママの結婚式のケーキを頼んだお店でね、私の誕生日ケーキも作ってくれたお店なの。 今日、その支店がオープンするそうで。 ここから近くなのよ」 なので、遠回しにお誘いしたのだが。 「そうなのか」 「そう、なの」 「そうか」 「……」 言葉に込めた想いは伝わらず。 アキさん、急に恥ずかしくなり、もじもじもじもじと、服の端をこねるしかない。 (遊星のこととなると……) やり取りを横で見ているクロウは、じれったくて仕方がない。 「2人で早く行ってきたらどうだ? 遊星、午後は丸々空いてただろ?」 なので再び助け船、アキの誘いをはっきりと口にして伝えてやる。 「しかし、Dホイールの調整が」 「ケーキ食って帰ってくるだけなら、そんな時間かかんねぇだろ」 「しかし」 「……実はさ、俺もケーキ食べてみたいんだ」 「クロウもか! じゃあ一緒に行こう!」 遊星ちゃん、大切な存在なので当然誘う。 「でも俺、配達の予定があって。 ここはひとつ、お土産買ってきてくれねぇか?」 「分かった、良い土産を買ってくる。 行こう、十六夜」 「え、ええ! 行きましょう、一緒に!」 頬を赤く染めたアキさんが、遊星ちゃんを外に連れていく。 出かける前、クロウへ軽く礼をしながら。 2人が行った後、残された男は。 「デートのアシストをするなんて、俺も役者だなぁ。 じゃ、土産を楽しみに、午後の仕事も頑張るとするか!」 自らを褒めたが。 「なぜ遊星に俺の分を頼まなかった?」 「……働いてからねだりやがれ!」 後から出てきたもう1人の男、ジャックに気分を台無しにされたのであった。 アキさん、まだ免許を持ってないので、2人でバスに乗って移動。 「ここが十六夜の知る店か」 「外装も洒落てて、前庭もあって、素敵なパティスリーでしょ?」 フランス風の建築で、壁はクリーム色。 庭には色とりどりの薔薇が咲いている。 「パティスリー?」 「フランス語でケーキ屋のこと」 「知らなかった……。 今日は十六夜から学ぶことが多くありそうだ」 遊星ちゃん、ケーキへの期待でうきうきかにかに。 「ケーキ、売り切れてないと良いが」 「大丈夫。今日は、本店のスタッフがヘルプで来ているから。 とびきり美味しいケーキを、沢山作ってくれているはずよ」 「楽しみだ、大きなケーキだといいな」 「……ふふっ」 子どものようにはしゃぐ姿を見て、アキさんの心も明るくなる。 (遊星も、こうしていると普通の女の子みたいね) 自分を助けてくれた時の姿や、ダークシグナーと戦っていた時とはまるで違う。 日常を楽しんでいる彼女の姿に、アキさん、改めて想いが募る。 そして2人で入店。 中は外装と同じくクリーム色の空間。 天窓があり、そこから晴れの日差しがさんさん、気持ちの良い店内。 奥にケーキのショーケースがあり、隣のイートインスペースには、大きなテーブルと観葉植物が設置されている。 「きゃあ! デュエルクイーンよ!」 「男装の麗人って噂、本当なのね!」 「かっこいい! 凛々しい!」 「私のデュエルディスクにサインしてぇ~♡」 入るなり、先に来ていた女性客に取り囲まれてしまった。 だって遊星ちゃんは、あの『絶対王者』を下したクイーン。 「いや、私はケーキを」 「クイーン! クイーン!」 「キングより、私はこっちの方が好みかもー!」 女性にわっと囲まれ、男馴染みの中で育った遊星ちゃんはまごつくばかり。 「……クイーン遊星はプライベートの時間を楽しみに来たの、自嘲して」 「ひっ」 「ご、ごめんなさい……」 けれど、アキさんのひとにらみで問題は解決した、ありがとうアキさん。 騒ぎを聞きつけて、店の奥から、コック服姿の筋肉隆々な男性が出てきた。 「十六夜議員の娘さん!? いやぁ、大きくなられましたね!」 「店長さんっ」 アキさんと店長、2人は顔見知り。 「今はデュエルアカデミアに通っておられると、お父上からお話を聞きましたよ! 大変優秀な成績だとか」 「もう、パパったら……」 優しい笑みをこぼすアキ。 「そして、現デュエルクイーンまでご来店してくださるとは! お忙しい中、ありがとうございます!」 「あ、ああ。来たんだ」 「私達、プライベートで来たの。 お店を騒がしくしたく無いわ、奥の個室に通してくれる?」 慣れていない遊星ちゃんに代わって、対応するアキ。 「もちろんでございます! ではこちらへ……」 店長がスマートにエスコートしようとした、次の瞬間。 「店長を出しやがれってんだぁ!」 甘い空間に似合わぬ怒号が響いた。 声の主は、汚れで灰色となったコック服を着た、これまたいかつい男性。 身なりに気をつかう余裕がないのか、髪もひげも伸ばし放題、癖で跳ねている。 「落ち着いてください!」 すぐにスタッフが諫めようとしたが。 「てめぇに用はねぇ!!」 男はカードを投げる、店員の脇をすり抜けて壁に突き刺さった。 そのやり取りを見た客は悲鳴を上げ、その場で固まる。 「ひひっ、おれっちを止めたきゃ、デュエリストを1ダース連れてくるんだな!!」 天井から差し込んだ陽光で、男の腕にある白いデュエルディスクが光った。 「私が相手になる! それ以上の乱暴はやめたまえ!」 お客とスタッフを守るため、店長が男の前に歩み出た。 2人とも筋肉量は同じくらい、体格の良い男性同士が向き合う。 けれど身なりは正反対。 店長は眩しいほどの白の服。 男は悲しいほどの灰の服。 「よくも! おれっちに解雇通告をしたな!」 店長を指さし、さらに怒鳴り散らす男。 「それはお前のことを想って……」 事情を話そうとするが、ひげもじゃの男は聞く耳を持たない。 「うるせぇ! おれっちとデュエルしろ! お前がおれにやったように、全てを奪ってやる!」 怒りの対象を見つけ、感情が高ぶっていく。 「待て! デュエルならば私が相手だ!」 遊星ちゃんは目の前のトラブルに黙ってられず、店長をかばうように飛び出した。 「なんだとぉ……!? どこの誰かは知らねぇが、立ちふさがるなら、ぶっとばしてやる!」 男は遊星ちゃんの勢いにもひるまず、デュエルディスクに自分のデッキをセットする。 (遊星がデュエルクイーンであることを知らないの?) その様子に、アキは違和感を覚えた。 (この男、何かがおかしい。何かがひっかかる) と同時に、遊星に戦わせていいものかと悩み、ひとつの決断をする。 「待って、遊星はケーキを楽しみに来たんでしょ?」 「十六夜?」 「私が彼と戦うわ」 「しかし、相手は荒れた男だ。 そういう相手ならば、私、いや俺の方が」 『慣れている』と言葉を続けようとしたが、アキさんはそれを手の動きで制した。 「大丈夫、力だってコントロールできるようになった。 やりすぎたりはしない。 だから……任せて」 「……。 分かった、見守っている」 にぶめの遊星ちゃんにも、流石にアキさんの想いは伝わった。 彼女の後ろに下がり、静観の体制に。 アキさんは、店長やお客さんを自分の後ろに下がらせると、赤のデュエルディスクを装着した。 ケーキ屋さんデート回なのに、なんでディスクとデッキ持ってきたの……? 「私の大好きなお店を傷つけようとするなんて、許せない。 このデュエルでしつけましょう。 そうね、せめて先行は譲ってあげる」 突如現れた男に対し、挑発的な態度を取るアキ。 男の意識を自分へ向けさせ、他の人を守るためのふるまいだ。 「ばばば馬鹿に、馬鹿にしやがって!」 挑発をまともに受け、地団駄を踏む男。 かくして、ケーキ屋さんを行く末をかけたデュエルが始まった! ここでアイキャッチばーん、CМね。 はいCM明け。 「おれっちのターン、ドロー! 手札から、フィールド魔法『スイーツ=ハッピー♪ぱらだいす』を発動!」 カードによって、クリーム色の店内に、ヴィジョンのお菓子が広がっていく。 床は石みたいな色のこんぺいとうがゴロゴロ。 クッキーを建材にしたお家もドーン。 天井には紫色のわたあめが立ち込め、天窓を塞いで日差しを遮った。 「お菓子のカード……貴方、まさか!」 アキは相手の生業を察知する。 「ああそうさ! 元パティシエだよ!」 「十六夜、パティシエってなんだ?」 「お菓子を作る職人のことよ、遊星!」 アキさんは遊星ちゃんの疑問に鋭く答えながら、立ち姿を凛々しくする。 「このお菓子、本物みたい……」 「良い香りもする……」 他のお客様は、男への怖さでその場を動けないけれど、このデュエルの『尋常なさ』を肌で感じ取っていた。 ちょっとターン進む。 アキは敵の妨害で、思うようにデュエルをできていない。 それでも、バトルなどで双方のライフポイントは削れていた。 十六夜アキLP 3700 相手LP 2500 お互い、場にモンスターは無し。 伏せカードあり、フィールド魔法は相手側のみにあり。 「フィールド魔法『スイーツ=ハッピー♪ぱらだいす』が場にある時、自分の手札にある装備魔法カードを1枚相手に見せることで、デッキより星2以下の光属性モンスターを通常召喚できる! おれっちが相手に見せるのは、装備魔法『素敵なマカロナージュ』!」 「十六夜、マカロナージュって」 「マカロンを作る時、生地に艶が出るまで練ること!」 遊星ちゃんの疑問に答えてあげるアキさん。 だってアキさんは遊星ちゃんのことが大好きだもんね。 「そしてこいつを召喚だ! さくっと来いや! 『スイーツ=マカロン・まころん』! 当然、さっきアンタに見せた魔法を装備させてもらうぜ!」 マカロンの盾と鎧、飴細工の剣に身を包んだおかしな騎士が、フィールドに降り立つが。 「その行動は通さない! トラップ発動! 『ローズ・バリケード』! 相手モンスターが装備魔法を装備した時、そのモンスターカードを破壊! 墓地へ送るわ!」 アキは相手のアタックを防ぐため、除去カードを展開。 しかし。 「ならばこっちもトラップ発動! 『菓子屋の朝焼け店支度』!」 相手がチェーンして展開を行う。 「星2以下光属性のモンスターが墓地にある時、デッキから、星2以下光属性のチューナーモンスターを1体特殊召喚する! 届いたぜ! おれっちの店に『スイーツ=エッグ・こっこまだむ』がな!」 「攻撃力守備力ともに0……けれどチューナーモンスター……」 警戒の色を強めるアキ。 「続いて、速攻魔法『スイーツ=オープンぱーてぃー』発動! 場に『スイーツ=』と名の付く星2以下のモンスターがいる時、手札から星2以下の『スイーツ=』と名の付くモンスターを可能な限り特殊召喚し、召喚に成功した枚数だけ、デッキの上からカードを墓地に送り……召喚に成功した数だけ、800LPを支払う! おれっちが召喚するのは、『スイーツ=シュガー・なみだめ』、『スイーツ=ブール・はしばみ』、『スイーツ=フラワー・ふらわー』! 召喚できたモンスターは3体! なのでライフ2400を支払う……ぐ、うおぉぉぉ!!」 相手LP2500→100 「まるで、本当に命を削っているかのような顔ね……」 相手のひどく苦しむ姿に、疑問を深めるアキ。 「パティシエってのはなぁ……お菓子に命をかけてるんだよ!!」 ひげもじゃ男は肩で息をしながら、脂汗によってずれたデュエルディスクの位置を直す。 「十六夜の破壊に呼応して大量召喚! 来るか、相手の切り札が!」 察する遊星ちゃん。 この熱さ、もはや遊星さん(原作ママ)じゃない? 「砂糖、小麦粉、バターに卵、洋菓子に欠かせない四大属性。 これらが揃ったということは……まさか!」 アキさんも感じる、相手の気迫を。 そして男は『切り札』の準備を始めた!! 「おれっちは、チューナーモンスター『スイーツ=エッグ・こっこまだむ』に、『スイーツ=シュガー・なみだめ』、『スイーツ=ブール・はしばみ』、『スイーツ=フラワー・ふらわー』をチューニング!」 「十六夜、ブールって」 「バターのフランス語呼びよ!」 店内の上空にある紫色のわたあめから、『力ある何か』の足が覗く。 冷えていく店内(生菓子は10℃以下で保存してください)、店長にしがみつく怯えた客。 「素材集まり出来上がり! 全てを壊せお菓子の魔竜!」 ひげもじゃ男の口上の後! 「シンクロモンスター! 『スイーツ=キング・くれーむどらごん』!」 <星5 攻1000/守2500> 泡立てたクリームの体を持つ竜が、その姿を顕現させた! イチゴの牙が生えた口を開けると、低い声で吠え、バナナの翼を動かして風を起こし、その場にいる者すべてを威圧する。 飴玉の瞳が、憎き相手である店長の方へ、ぎょろりと向いた。 「おれのクレームを聞きやがれぇぇぇ!!」 (クレーム、つまりクリームのことね! 苦情とかけたダブルミーニングかもしれないけど) アキさんのスカートが風ではためく。 一方、遊星ちゃん(遊星ちゃん、な)は。 「大きなケーキ……大きなケーキだ! 結婚式で出るみたいな!」 絵本に出てくるみたいな、お菓子のドラゴンに大興奮していた。 可愛いですね。 「バトル! ダイレクトアタック!」 「う、くぅ……!」 防ぐ術もなく、アキさんは攻撃を受ける。 顔と体に白いクリームがかかる。 十六夜アキLP3700→2700 (相手の攻撃の度に感じる、柔らかで鋭い痛み……。 やはり幻覚じゃない、どういうことなの?) まるで、『己がやってきたサイコデュエルのよう』だと感じながら、アキさんは自分のターンを開始。 「ドロー……! 私は手札から、チューナーモンスター……」 その後いろいろコンボして、場にモンスターが揃う。 「冷たい炎が世界の全てを包み込む! 漆黒の華よ、開け! シンクロ召喚! 現れよ、『ブラック・ローズ・ドラゴン』! このカードをシンクロ召喚した時、場にある全てのカードを破壊する! ブラック・ローズ・ガイル!」 相手のエース、そしてフィールド魔法を除去しようとしたが。 「……おれっちは、『スイーツ=キング・くれーむどらごん』の効果を発動!」 「なんですって!?」 そこに割り込める効果を、相手のエースモンスターは持っていた! 「このカードの召喚に成功した時、素材となったモンスターの数だけ、あまあまカウンターを自身に乗せることができる!」 (素材となったモンスターは4体、カウンターも4つ……!) 妨害を受け、次の相手の動きに思考を巡らせるアキさん。 男の効果説明は続く。 「そして、あまあまカウンターをひとつ取り除くことで、相手モンスターによる、自分を対象とした破壊効果を防ぐ! ナパージュ・ディフェンス!」 「十六夜、ナパージュとは」 「果物の艶出しのため、表面に塗る水あめやジュレのことよ!」 「お嬢ちゃんのおっかないドラゴンの破壊効果は、この可愛いドラゴンには通用しないぜぇ!!」 「……カードを伏せて、ターンエンドよ」 フィールド魔法こ破壊できたものの、相手のエースは健在。 アキさんは『ブラック・ローズ・ドラゴン』をただ失い、甘いモンスター相手に、苦々しい顔を向けていた。 「おい、ケーキひとつに何を手間取っている」 緊張が高まっている店内、そこに空気を読まない元キングが入ってきた。 こっちはDホイールで来た。 一目で現状を察する。 「ジャック、見ての通りだ、大きなケーキが召喚されたんだ」 「十六夜アキめ、サイコパワーをここまで抑えているとはな。 対戦相手があらびきミンチになることはなさそうだ」 「ジャック、ここはケーキ屋だから肉は置いていない」 「カレーを置いてある甘味屋もあるぞ、お前は知らんか」 「こんなに大きなケーキ、ジャックは見たことあるか?」 「腐るほどある」 「そうか」 2人はのんびりとした会話を始めた。 アキさんがそれなりにピンチなのに!! 「戦っている男の体格、どこかで覚えが……」 独り言のようにつぶやくジャック。 デュエルは、ひげもじゃ男の思い通りに進んでいく。 相手はドローフェイズを開始するが。 「ぐ、ここでこのカードか……」 引いた瞬間、声に悲しみをにじませた。 けれど頭を振って感情を払い、メインフェイズ1に移行。 「あまあまカウンターの効果は、もう1つある! カウンターを1つ取り除くことで、自身の攻撃力を、バトルフェイズ終了まで500アップさせる! 乗っているカウンターは3! 全て取り除いて1500アップ! そして手札から装備魔法『スイーツ=ミルク・くらうん』を装備させ、攻撃力守備力ともに100アップ!」 元々の攻撃力1000+装備魔法100+カウンターの分1500=2600 「『スイーツ=ミルク・くらうん』を装備しているモンスターは、毎ターン攻撃しなければならない!! ダイレクトアタック!!」 「くぅ……!!」 十六夜アキLP2700→100 紛れもない痛みを感じ、うずくまるアキさん。 「そしてバトルフェイズが終わり、攻撃力は元に戻る……。 カードを2枚伏せてターンエンドだ。 ちくしょう、なんだってこんな時に、こんなカードを……」 男はひげが伸び放題の顔でも分かるほど、苦しそうな表情で、デッキと自分の伏せカードを見る。 (相手の男、いま伏せたカードを異様に気にしている) 遊星ちゃんはその動きに、強い何かを感じ取っていた。 「ねぇ、どうしてただのデュエルで店が揺れてるの?」 「見て、天井の照明も……」 そうなのだ、先ほどから、ソリッドヴィジョンでも説明できないほどの変化が店内に起きている。 モンスターが起こす揺れ、風、まるで──。 「私の力じゃない……貴方、まさか!」 「ひひっ……ちくしょう……。 そうだ、おれっちがデュエルでピンチになると、いつも妙なことが起きる……。 だからおれっちはプロデュエリストの夢を捨てて、もう一つの夢、パティシエを目指したってのに……」 「私と同じ!!」 「この店は、おれっちをクビにしようとしたぁぁぁ!!!!」 恐怖! 元パティシエのひげもじゃ男は、サイコデュエリストだったのだ! 当人はいまいち理解できてないけれど! 「なによこれ! デュエルってなんでもありなのぉ?!」 叫ぶ女性客の声。 ひげもじゃ男の嘆きに呼応し、店内イートインスペースにあった家具……椅子やテーブル・植木鉢が浮き上がり、めちゃくちゃな方向に動き始める。 「駄目! 人を傷つけないで! そんなことしたら、貴方自身も傷ついてしまう!」 「ううううう!!!!」 手を伸ばすアキさん。 彼女の目には、彼の暴走が『かつての己』と重なって見えた。 (『彼』は『私』なんだわ! ディヴァインにも会えず、遊星に止めてもらえなかった、もう一人の私……!) と同時に、男の深い悲しみ・怒り・嘆きを感じ取ってしまう。 「きゃああ!!」 女性客は悲鳴を上げるが、恐怖で腰が抜けてしまって逃げることができない。 「お客様!」 店長が彼女らを守るため、大きな体で覆いかぶさった。 共に、あわや、飛んできたテーブルの犠牲になるところを。 「ふん!!」 ジャックが拳ひとつではじき返した。 ばらばらになるテーブル。 あ、日常回特有の変な描写だ。 「危ない!」 客の方向へ飛んで行こうとした植木鉢は、遊星ちゃんがデュエルディスクで防いだ。 「十六夜、客のことは私達が守る! だから、デュエルに決着を!」 「遊星、ありがとう!」 アキがデュエルに集中できるよう、声をかける遊星(ちゃん、な)。 「脂肪と砂糖で出来た惰弱な竜など、食い尽くしてしまえ!」 「貴方に言われなくとも!!」 ジャックに言われ、アキは自分の山札を見つめる。 「苦しい状況……それでも、私は自分のデッキと『ブラック・ローズ・ドラゴン』を信じる! ドロー! っ、来てくれた!」 引いたカードは、この状況を覆す力を秘めた1枚。 「遊星がそうしてくれたように! 私と! 『ブラック・ローズ・ドラゴン』が貴方を止める! 貴方が、私のような魔女になる前に!」 「う、ぐ、ううう!!!!」 お菓子のドラゴンの羽ばたきによって、風が吹き荒れる店内。 アキさんはそのただ中でも声が届くよう、決意の声を張り上げた。 瞳には強い光が宿っている。 「私はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」 「モンスターを召喚しない……? 馬鹿に、馬鹿にしやがってぇぇぇ!!!!」 アキさんの、一見相手を舐めたように見える行動に、男は怒りを募らせる。 「おれっちのターン、ドロー!」 男もカードを引く。 けれどその1枚は、今の状況に絡むことの出来ない物。 「っ……『スイーツ=ミルク・くらうん』を装備しているモンスターは、毎ターン攻撃しなければならない!! 行け! 『くれーむどらごん』! 全て真っ白に台無しにしろぉぉぉ!!!!」 ひげもじゃ男は一瞬唇を噛んだ後、攻撃宣言をした。 「トラップ発動! 『茨の絆』!」 次の瞬間、アキさんの伏せカードが翻る。 地面から茨が生え、壁となり、人々を守るように包み込み、寄り添った。 かつて、『スターダスト・ドラゴン』が『ブラックローズ・ドラゴン』にそうしたように。 「墓地にある植物族チューナーモンスターを2体選んでデッキに戻し、『ローズ』と名の付くシンクロモンスターを1体、場に特殊召喚する! 再起せよ! 『ブラック・ローズ・ドラゴン』!」 (十六夜のデッキに、絆の新たなカードが……) 彼女の変化に、遊星ちゃんは感慨深くなる。 『ブラックローズ・ドラゴン』は場に舞い戻ると、黒薔薇のツルを広げ、先に生まれた茨の壁を強固にした。 「お嬢様のモンスターが、私達を守って……」 店長の声は、驚愕の感情で震えている。 十六夜アキのサイコパワーは、今、人々を守るために最大出力されていた! 「『茨の絆』の効果で特殊召喚されたモンスターは、効果を無効化され、攻撃力守備力ともに半分となる! そして! 貴方のモンスターは『スイーツ=ミルク・くらうん』の効果で、『ブラック・ローズ・ドラゴン』を攻撃しなければならない!」 「おれっちのドラゴンの攻撃力は……1100!」 「こちらのドラゴンの攻撃力は、半減して1200! 反撃ダメージを受けてもらう! これで終わり!」 「お、おれっちは伏せカードを発動……いや……発動、しない……」 相手LP 100→0 男の眼前でクリームの竜が砕け散る。 男は茨に包まれ、膝をつく。 けれどその体に物的なダメージは発生していない、あくまでシステム的にライフが0となっただけ。 「……」 アキさんはサイコパワーで相手を傷つけることなく、デュエルに勝利した。 「た、助かったの……?」 「怖かった……怖かったよぉ……」 声を出す女性客達。 デュエル終了と共に、店内に立ち込めていた紫色のわたあめは消滅し、太陽の光の明るさが戻ってきた。 「店員めがセキュリティに通報した。 牛尾が来るぞ」 どよめく女性達とは反対に、勝ちを確信していたジャックに同様の色はない。 状況を端的に皆へ伝える。 遊星ちゃんはアキさんと一緒に、負けたひげもじゃ男に近づくと、優しい声をかけた。 「お前の手札、伏せていたカード、エクストラデッキを見せてくれないか?」 男は震える手で、脂汗で濡れた手札を差し出した。 デュエルディスクから、最後の伏せカードがぱらりと落ちる。 遊星ちゃんはそれを拾うと、カード名と効果を読み上げた。 「速攻魔法『お客様の笑顔』。 場に『スイーツ=』と名の付くシンクロモンスターがいる場合のみ、発動できる。 自分のLPを1000回復する」 カードイラストは、お菓子を提供するモンスターと、それを前にして幸せそうな人々。 (このカードを発動されていたら、彼を倒せなかった……) アキさんは自分の勝利が危うかったことを知る。 「お前の手札にはチューナーモンスターがいた。 そして、エクストラデッキには『スイーツ=クイーン・あんぜりか』が」 遊星ちゃんは預かったカード類を返かえすと。 「次の十六夜のターンを耐え抜けば、勝ちの可能性があった。 お前は、自ら負けに行ったように見える」 男の真意を知るため、優しい声で疑問を投げかけた。 「おれっちにはもう……」 男は膝をついたまま、自分の力で荒れ果てた店内と、怯えきった客の顔を見る。 「お客様の笑顔なんて、相応しくないんだ……」 そのまま床に突っ伏し、肩を震わせる男。 彼の着ている汚れたコック服の背に、天窓からの日の光が当たる。 遊星ちゃんの言葉は続く。 「けれどお前は、このカードをデッキから抜くことが出来なかった。 菓子をテーマとしたカードを、捨て去ることが出来なかった。 ……お前もまた、求めていたんじゃないか? お客様の笑顔を、人との絆を」 男の戦い方から、遊星ちゃんはひとつの感情を読み取っていた。 それは──『寂しさ』。 再び、自分が大切にしていた存在と繋がろうとした、強烈で不器用な心。 「……」 ジャックは腕を組んだまま、遊星ちゃんを静かに見つめている。 「も、もしかして貴方……」 床に伏せたまま震える男に、ひとりの女性客が恐る恐る近づいてきた。 「本店にいらっしゃったパティシエさん、ですよね? 私、貴方の作るマカロンが大好きで……」 その声に続くよう、他の女性客も言葉を口にした。 「首になったって聞いたけど、今日支店がオープンするから、もしかして会えるんじゃないかって……」 「私、デュエリストだった時からのファンで!」 デュエル中は男に怯えていた彼女達も、正体を知ると周りに集まってきた。 それから口々に、男の活躍やスイーツの素晴らしさを語っていく。 まるで、男を励ますかのように。 「ジャック、何か知っているのか?」 ずっと訳知り顔だった仲間へ、事態を呑み込めてない遊星ちゃんの声がかかる。 「パティシエ兼デュエリストとして、いつぞや特集を組まれていた」 「お前が他人を覚えているなんて」 「昔、御影がヤツの作った品を買えず、騒いでいたからな」 物事は穏やかに収束の方向へ進んでいた。 「それにしても……くだらん逆恨み、くだらん行動だ」 その光景を、ジャックは鼻で笑う。 「退職をもちかけたのは、君にプロデュエリストの道を再び目指してほしかったからだ」 客に駆け寄られていた男の方へ、店長が近づく。 伏せていた男は、ひげが伸び放題の顔を上げた。 「だが、私の伝え方が悪かった。 その結果、君を傷つけてしまった。 ……申し訳ない」 店長は深々と頭を下げる。 謝罪の場と人の輪に、アキさんが歩み寄った。 「大丈夫、やり直せる。 だって貴方には……こんなに素敵な居場所があるんだから」 彼女の言葉には、自分自身の体験への感情がにじんでいた。 遊星によって、『家族』という居場所を思い出せた体験が。 「おれっちは……おれは……! 店長、すまねぇ……! こんなことして『どの口が』って分かってる、分かってるけど……! 全部謝って、やり直してぇよぉ……!!」 怒りの感情ではなく、本当の気持ちを涙と共に流した。 『再び人と繋がりたい』という気持ちを。 「はいはい、身の上話と反省は後で聞くぜ。 移送車に入りな」 良いタイミングで店に入ってきたのは牛尾さん。 他のセキュリティが、大人しくなったひげもじゃ男を連れていく。 「ありがとう、牛尾」 「……」 遊星ちゃんに礼を言われると、黙ってしまい、頬をぽりぽりかく牛尾さん。 「お前、今やデュエルクイーンなんだろ? 男への態度、気をつけな」 彼女からそっぽを向きながら、そうアドバイスする牛尾さんに。 「? ああ、気を付ける」 遊星ちゃんはきょとん顔で応答した。 「じゃ、俺は行くぜ」 店内から出ると、牛尾さんは晴れた空を見上げながら呟く。 「……男ってのは現金だよなぁ。 ひとつの恋が終わったら、すぐに次の恋を見つけちまうんだから」 がくんと肩を落としながら言う男の姿を。 「……」 ジャックが窓越しに観察していた。 それから数分後。 「ケーキどころじゃなくなってしまったわね」 セキュリティが争いの現場である店内を封鎖したため、外に出されたアキさん・遊星ちゃん・ジャック。 「今回の事態を収めてくれた礼として、後日ケーキを届けてくれるそうだ。 良かった、これでクロウにも食べさせてやれる」 悩みのない顔で話す遊星ちゃん。 「龍亞と龍可の分も頼まなくちゃね」 「普段お世話になっている人達にも、分けてあげたい」 「ふふっ、それじゃあ大きなケーキを頼まないと。 それこそ、結婚式で出るみたいな」 アキさんと遊星ちゃんは、まるで同級生みたいに、はしゃぎながら会話をする。 「デュエルで出てきたドラゴンくらいに?」 「それは大変なことになりそうね!」 2人の間の空気があまりに甘ったるいので、ジャックは無言で離れていく。 この人Dホイールで来たから、ひとりで帰るつもりだぞ。 「待ってくれジャック! お前の分もケーキをもらうから!」 アキさんを置いて、彼が向かった駐車場に走っていく遊星ちゃん。 「ケーキ、要らないのか? きっと甘いぞ」 「……」 自身のDホイールにまたがり、ヘルメットを被り、しばし無言だったジャックだが。 「……俺の言いたいことが分かるか?」 ヘルメットのシールド越しに、鋭い目線と声を投げかけた。 「分かっている」 ただ言い、うなずく遊星ちゃん。 「やはり分っているか、お前は」 相手の返事を聞いた男は、Dホイールのエンジンを始動させた。 「お前は今やデュエル『キング』。 その立場その意味を、噛み締めながら振る舞いを正せ」 「それもただのキングじゃなく、『みんなのキング』、だからな」 「ふん……」 とだけ声を出したジャックの顔は、不満と満足が半々だった。 「先ほどのデュエルのせいで、甘いものなど食う気になれん。 俺の分の土産は要らん」 その言葉、言い残したのか吐き捨てたのか。 それすらも、半々。 「ああそうだ、ジャックはキングだから……」 遊星ちゃん、彼の姿が完全に見えなくなると、左手の手袋を取り、薬指をまじまじと見る。 「大きなケーキ、いつか食べられるといいな……」 寂しげにぽつり、言い残した。 「遊星! 一緒に帰りましょう!」 アキさんの声。 遊星ちゃんは手袋をつけなおすと、彼女の元へ駆けていった。 ここでエンディング……。 ってのもぜんぶ俺の妄想! 妄想妄想妄想!!!!!!!!!! ジャックと遊星ちゃんはくっつきません!!!!!! 俺はそう望んでいるのに現実が辛い! 耐えられない! Evil★Twinsになりたい