あらすじ 死の覚悟でなく、生きる決意を決めたほむらに呼応し、ブラックシャウトモンはベルゼブモン:ライブモードへと進化した。 それを目の当たりにしたエルダーワイズモンは、自分の知らない”新たな未来”が生まれていることを悟る。 母親に会うため。 パートナーを守るため。 パートナーに幸せであってもらうため。 彼らは運命の地、天沼矛に向かう。 ━━━━━━━━━ 「ダークエリアへつながるゲートを開くのは少し難しい。ベヒーモスを呼び出せれば多少は楽なのだが…」 「ベヒーモス?なんだそりゃ?」 「おや、知らないのかいベルゼブモン?ベルゼブモン種はベヒーモスというバイクを扱えるはずなのだが…亜種だからデータに違いがあるのだろうか…?」 エルダーさんは首を傾げる。 「あの…そのベヒーモスってやつ、錬金術で作れたりしませんか?」 「不可能ではないが…私の調子は万全ではない。それに…今の君たちでは、ゼロから作り出すのは難しいだろうね。」 「だったら私、考えがあります。」 原型となるものがあれば錬成の難易度は下がる。 デジモンの進化のように形を発展させていけばいい。 そう、鏡華さんの手帳に書かれていた。 「…そうかい。じゃあ、そっちは君に頼んだよ。ほむら、夏に君に渡したゲート生成装置があるはずだ。持ってこられるかい?」 「あ…はい、これですよね?」 「よし…私はそれに少し加工を加えておくよ。」 私はエルダーさんに装置を渡し、部屋を出た。 ───────── ガン! 「いってぇ!!」 ベルゼブモンが天井に頭をぶつけていた。 「もー…大丈夫?」 「急にデカくなったからな…ちょっと勝手がちげえや…」 そんな会話をしながら、駐輪場に向かう。 「自転車か。コイツをどうするんだ、ほむら?」 「原型があれば錬成はしやすいってあれに書いてあったの。自転車元にしてベヒーモス作ろうと思ってさ〜」 「なるほどなぁ〜考えたなほむら。…でもよ、ベヒーモスってやつの形わかってんのか?」 「わかんないよ?」 「それでどうやって錬成する気なんだよ…」 そこもしっかり考えてある。 「さっきエルダーさんが言ってたでしょ?ベルゼブモンがベヒーモスを使えるなら、君のデータにもベヒーモスの情報が入ってるはず。二人で錬成すれば、きっとできるよ。」 「俺も錬金術使うのか?出来っかなぁ…」 「大丈夫だって!ほら、私の後に続いて唱えて?」 「せーのっ、「万物は我の観測により生まれ、万物は我の意のままに姿を変える。転換せよ、ベヒーモス!」」 タイヤが大きく厚みのあるものになり、それに合わせて全体が巨大化していく。 マフラーと共にエンジンが形成され、唸りを上げた。 「よくわかんねぇけど…これで完成したのか?」 「多分…そう?」 完成形がわかんないと完成してるかもよくわかんないな… 「無事にベヒーモスを錬成できたようだね。さすがだ、ほむら。」 デジタルゲートの生成装置を持って現れたエルダーさんは、私たちが造ったモノを見てそう言った。 よかった、これであってたんだ。 「では、最後の仕上げだ。」 彼は指を鳴らし、錬金術でその装置をベヒーモスに組み込んだ。 「うっ…!ぐ……!」 「エルダーさん!?」「おい大丈夫かよお前!」 錬金術を使った途端、エルダーさんは倒れ込んだ。 「平気…だっ…!まだ…体が治りきっていないだけだよ…。ほむら…またすこし…間借りさせてもらうよ…」 彼はそう言って、またデジヴァイスの中に入っていった。 「大丈夫…ですか…?」 『問題ないよ。しばらくリアライズは出来なさそうだが…私のことは心配しなくていい。オノゴロ島の付近まで行くんだ。あそこならDWとの境界が薄い。そこでダークエリア行きのゲートを開く。』 それを聞いたベルゼブモンはベヒーモスにまたがり、私も乗るよう促す。 「よっしゃあ!行くぜほむら!」 ベルゼブモンはアクセルをふかし、ベヒーモスが走り出してゆく。 「ちょっ…スピード出しすぎ!!信号無視しない!」 「んなコト知るかぁ〜〜!!!!デジモンに法律は関係ねえんだよ!!」 「そんなこと言ってもこれじゃカーブ曲がれないよ!」 「問題ねぇ!!!」 彼はギターを手に取り、地面に突き刺す。 「オラァァァ!!!!」 それを支柱にした、強引な方向転換。 「君の運転してるバイク…私二度と乗らないからね…!」 爆走…というかほぼ暴走しているバイクから振り落とされないよう、私は必死に彼の背中にしがみついていた。 ━━━━━━━━━ ほむら達が出発する数時間前。 天沼矛中層部、金行研究区画。 「最近、あまり研究が進んでいないようですね、鏡華さん。」 雑多に積み上げられた資料の山の中に、金行次席こと、八重練・H・鏡華の姿はあった。 「あら…こんなところに来ていて良いのかしら、夭下。例の話、実行されるのでしょう?」 そして、金行筆頭こと、朽業夭下の姿もそこにあった。 「ここの浮上にはまだ時間があります。鏡華さんこそ、直接見学しないのですか?」 「…私は私の方法で死者蘇生を目指す。クオンの計画も、まだ成功すると確定したわけでもないしね。」 ━━━━━━━━━ 「ヒャッホ〜〜ウ!!!最高だなぁ!このベヒーモスってやつはよぉ!!」 制限速度をはるかにぶっちぎったベルゼブモンの運転のおかげで、ほむら達は普通に行った時の5倍は早くオノゴロ島の付近に辿り着いていた。 『乱暴な運転だが…おかげでそろそろゲートを開ける座標だ。ベルゼブモン、426m先を左折だ。』 「OK!!!」 またもやベルゼブモンは強引にカーブする。 「ちょっと…!ほんとに…加減してって…!!!」 遠心力で吹き飛ばされそうになりながら、ほむらはなんとか背中にしがみつき続けていた。 「よし、ここの道は長い直線だ。23.5秒後にゲートを開く。それまでにできるだけ加速してくれ。」 「わかった!飛ばすぜぇぇぇぇ!!!!!」 「まだスピード出さなきゃダメなんですかエルダーさん!?」 エンジンは獣の咆哮のような音を立て、回転数を上げ続ける。 『ああ。スピードが肝要でね。3…2…1…デジタルゲート、オープン!』 一瞬周囲が光ったかと思うと、景色が変わる。 「ここが…ダークエリア…?……空気が…重い。」 彼女は、過去に何度か行っていたデジタルワールドとそこの違いを、肌で感じ取っていた。 「なんだか薄気味悪ぃな…」 彼もまたその不気味な空気感に当てられているのか、明らかにスピードを落としている。 「………ずっとこれぐらいのスピードで走ってくれればな…。」 ほむらは小声でつぶやいた。 『そうだ、君たちの役に立ちそうなものがあった。後ろを見てごらんほむら。』 エルダーワイズモンの言う通り後ろを向いた彼女は、異様な光景を目にした。 「え…エルダーさん!なんですかアレ!?」 空を埋め尽くすほどの大量のドローン。 『FE社のアイドル部門が開発していたドローンだよ。軍用の機体を転用しているから、多少の攻撃では破壊されない。ネットワークに侵入して制御を奪取しておいた。スピーカーを搭載していてね。君たちの歌をあそこから出力すれば、錬金術や戦闘の補佐にもなるはずだ。早速実用してみよう。』 彼はそう言って、ベヒーモスの進路の脇を固めるようにドローンを配置する。 『このまま下を走っていても時間がかかる。錬金術で道を作るんだ。できるね?』 「…わかりました、やってみます!万物よ…我に応えよ。地よ…我らを導く礎となれ!」 彼女の声がドローンからも同じように出力され、ベヒーモスの目の前には道が形成された。 「さすがじゃねえかほむら!飛ばして行くぜ!」 「これ以上スピード出したら脇腹殴るよ。」 「わーったよ…」 ───────── 錬金術で空中に作られた道を走り続けて十数分。 彼女らの目の前に、その名の通り矛のような形状をした異質な建物が姿を表した。 「あれが…天沼矛ってヤツか?」 『妙だね。認識阻害が効果を発揮していない…だが好都合だ。このままの高度で直接金行の研究区画に突撃する。」 「そんなことして大丈夫なんですか!?」 『錬金術で壁に穴を開ければ良い。今この道も君が作っているんだ、出来るよ。』 「わかり…ました…!」 『では私はそれに合わせてセキュリティシステムを一瞬ダウンさせて……おや?』 エルダーワイズモンは訝しげな声を上げる。 「どうしたんですか?」 『どうやら…すでに侵入者が複数いるようだ。…着実に、崩壊の未来が近づいている…ということだね。』 「だったら急がねぇとな!」 ベルゼブモンは一気にアクセルをふかし、建物に突っ込んだ。 「スピード出すなって言ったのに…!万物よ…我に答えて…!開け!穴!!」 悲鳴まじりの詠唱に呼応し、外壁は口を開けて彼女たちを受け入れるかのように動いた。 『やはり君は鏡花の娘だね…飲み込みが早い。』 そんな強引な侵入と時を同じくして、天沼矛は浮上を開始していた。 ───────── 「はぁ…死ぬかと思った…。…帰りは絶対、私が運転するからね。」 無理やり止めたベヒーモスから、ため息をつきながら降りるほむら。 「悪かった…どうも俺様…ああいうのに乗ると歯止めが効かなくなっちまうみてぇだ…」 申し訳なさそうにするブラックシャウトモン。 「…ねぇ、シャウトモンに戻ってるけど…大丈夫?」 「うわ、マジじゃねえか…ベルゼブモンはラウドモンより持たないのかもしんねぇな…」 天沼矛の中層部。 金行が研究区画として使用しているエリアに、ほむら達はいた。 『ベヒーモスに搭載したゲート生成機が破損している。負荷に耐えきれなかったか…』 デジヴァイス越しにスキャンした結果を、エルダーワイズモンは暗い声で告げた。 「じゃ、こっちで帰り方を探すしかねぇってことか…まぁなんにしろ…今やるべきことは一つだよな、ほむら。」 シャウトモンはパートナーに目配せをする。 「そうだね。…エルダーさん、鏡華さんはどこにいるんですか?」 『さっきから調べてはいるのだが…システムがロックダウンしている。職員の所在地が確認できない。』 「だったら覗いてみるしかねえんじゃねえか?片っ端からよ。」 「…そうするしかないよね」 一行はフロアの探索を始めた。 ───────── 「汚ねえなこの部屋…デスクに書類が積み上がってやがる。」 シャウトモンは周囲を見回し顔をしかめた。 ほむらは書類の山から適当に一冊手に取り、ぺらりとめくる。 「この資料…鏡華さんの字だ…!」 「なんて書いてあんだ?」 「えーっと…”現在、死者蘇生には行き詰まっている。死者の肉体の再現に関しては一定の成功を見ているが、器を作ろうと魂が定着しない。また、人体錬成の効率化に関しても未解決の課題が多い。”だって…。」 「……よくわかんねえけど…苦労してるみてえだな。…ん?」 ほむらと会話しながら室内を歩いていたシャウトモンの爪先に、あるものが触れた。 「これ…なんだ?」 「それ…薬のビンだね。しかも…たくさん。」 カラになった薬瓶が、机の上にはもちろん、床にもいくつか散乱していた。 二人がそれに気を取られ、背後に誰かが迫っていることに気が付いていなかった。 「あなた達…私の研究室で何をしているの。」 その声に驚き振り返ったほむらの目に写ったのは、金行次席、八重練・H・鏡華の姿であった。 「……鏡華さん…!」 「───!?……あら、出海さん。こんな所に来るよう命令した覚えはないけれど。」 鏡華は彼女の姿を見て、一瞬驚愕したような、ひどく恐ろしいものを見て慄いたかのような、そんな表情を見せたものの、平静を装いそう言い放った。 「私、鏡華さんに会いに来ました。私の…お母さんに!」 「……………………」 その言葉を聞いた彼女は何をするでもなく、ただしばらく黙っていた。 「…私は…………私は、あなたの母親じゃないわ。」 ようやく口を開いた鏡華の言葉はひたすらに冷たく、血の通わぬものだった。 「私、全部知ってます。今まで助けてくれてたことも、私を生き返らせてくれたことも!」 「はぁ…ワイズモンに唆されたのね。……全部知っているのなら、私がどうやってあなたを作ったかも聞いたのかしら。」 「…はい。」 「だったらわかるはずよ。私はあなたの母親じゃない。今まであなたを助けていたのは、あなたが貴重な成功例であるから。わかったらさっさとここから出ていきなさい。天沼矛はあなたがいるべき場所じゃない。」 「おい、テメェ…さっきから黙って聞いてりゃ随分と好き勝手言いやがるな!母親じゃねえだァ?ほむらを作ったのはお前だろ!」 『そうだ鏡花。君は間違いなく、ほむらのことを愛しているはずだ!』 怒りを抑えきれない様子で声をあげたシャウトモンに同調し、デジヴァイスの中からエルダーワイズモンも鏡華に語りかけた。 「ワイズモン…あなた、随分と余計なことをしてくれたわね。」 鏡華はそう呟くと、どこからともなくクロスカドゥケウスを取り出し、ほむらに向かって構えた。 すると、シャボン玉のようなフィールドが彼女らを覆う。 「待ってください…!鏡華さん!」 「私はあなたを愛したことなんて一度もない!」 「───────!」 「…わかったら…もう帰りなさい。」 その声と共に周囲の空間が歪み、ほむら達はその場から消えた。 「これで良いのよ。さようなら、………ほむら。」 そのつぶやきは、誰にも聞こえることはなかった。 ━━━━━━━━━ 「どこだ…ここ…」 天沼矛最上層部、ステーションエリア。 俺達はそこにいた。 『どうやら空間錬成で飛ばされてしまったようだね…』 エルダーのやつは冷静に状況を分析している。 「大丈夫か、ほむら。」 「うん、平気。…ああいうこと言われ慣れてるからさ。でも…鏡華さんに言われると…ちょっと辛いかも。」 さっきの一言で、ほむらは流石にショックを受けたらしい。 平気とは言っても、へたり込んだままなのがその証拠だ。 あれが本音なのかどうか、俺にはよくわかんねぇ。 けど、このまま引き下がったら、ほむらはしばらく立ち直れねえ気がする。 だったら答えは一つ。 「ほむら、行くぞ。」 「行くって…」 「お前の母親のとこにだよ。じっくり本音を聞いてやろうじゃねえか。そうだろ、エルダー。」 『ああ。鏡花はおそらく…君に嫌われようとしたのだろう。あれは…鏡花の本音ではない。』 「なんで…鏡華さんはそんなこと…」 『わからない…私は何もわかっていなかったのかもしれない。彼女のことを。』 俺はほむらに手を貸して立ち上がらせる。 「なんでかなんて、本人から聞けば良いじゃねえか。な、ほむら。」 「………うん、そうだね。もう一回いこう、シャウトモン。」 「そうと決まれば話は早い。ここからは私もリアライズしてサポートしよう。」 そう言いながら、ヤツはほむらのデジヴァイスから出てきた。 「エルダーさん、もう大丈夫なんですか?」 「問題ない。私のことは気にするな。」 エルダーはそう言ってるが、多分コイツは無理をしてやがる。 パートナーのためには、多少の無理も無茶もしちまうのが俺たちデジモンだしな。 ともかく、俺たちは再び中層部に向かいはじめた。 ━━━━━━━━━ 「今日は随分と来客の多い日ね。」 ほむら達を空間錬成によって飛ばした後、またしても鏡華の元を訪れる人物がいた。 「気配は消していたはず…さすがはここの幹部、と言ったところかしら、出海鏡花さん。」 その人物は、わざと彼女を過去の名前で呼んだ。 「名張茜…私のことを色々と嗅ぎ回っていたのはわかっているわ。何が目的?悪いけれど、情報も技術もあなたに渡す気はないし、大人しく捕まる気もないわよ?」 そのことに彼女はすこし驚いたものの、表面上は平静を崩さずに会話を続けた。 「娘さんの事、色々と調べさせてもらったわ。」 「なんのことかしら。私は独り身よ?娘なんていないわ。」 「出海ほむらさんはあなたの娘。そうなんでしょ?」 「ふーーー……」 鏡華はその問いには答えず、長く息を吐いた。 「我の僕たる電脳核よ、我の望む形を取れ。」 彼女が一言そう唱えると、それに呼応して、茜を取り囲む様にゴーレモンが複数錬成される。 「レナモン、例の技…準備はできてるわね?」 「はい、主殿。」