あなたは怪しげな文書を読み始めた。 2000万オレンの借金を背負わされて1年が過ぎた。 一時は悲嘆に暮れる債務者としての人生を歩むのかとも思ったが、幸いにもそこまで凄惨な状態にはなっていないようだ。 借金とは、信用の裏返しとも言える。極端な話ただの数字だ。 品行方正に生きてきた自分の生きざまが数字になっただけに過ぎない。 つまり、これもまたステータスなのだ。 開拓地で出荷された物品の帳簿をめくる。 横に並んだ8桁の数字に比べ、あまりにもささやかな数字に目眩がする。 品行方正に生きてきた者への仕打ちか?これが。 ……天を仰いで深呼吸。 なに。別に悲観することばかりではない。 とぼけた顔のあの冒険者は、ただの原っぱだったこの地に様々なものを持ち込んだ。 特にこのワイン樽が最たるものだ。 あいつは干した魚を削り醸造するという奇怪極まる方法で新たなワインを生み出すことに成功した。 その怪しげな酒は今や各地の都市においても評判は良く、 “酒とは何かを改めて世に問う逸品” “ワイン樽に投げ込まれたデカすぎる一石” “温めて米酒を割ると美味” “たらばがに?“ など様々な賞賛を受け今や出荷額はうなぎ登りとなった。 時間はかかろうが、借金の返済もいずれ目処が立つであろう。 「ロイテル様、おはようございます」 金色の髪をゆるく編んだ少女が、野良仕事の格好で醸造庫に入ってきた。 冒険者と同じくあの二人が連れてきた子だが、フラフラしているあいつとは正反対のよくできた娘だ。 「今日の薪、こちらに置いておきますね」 ありがとう。冒険者は今日も出かけているのか? 「はい。先輩は『腕が新しく生えたから記念に600bpmで太鼓ベイベーする』と言って出て行かれました」 何の話だ? 「たまに先輩がわからなくなります」 あいつの言うことを真に受けると狂うぞ。 「あと、こちら今日の新聞です」 改めて礼を告げ、薪と新聞を受け取る。 パルミアタイムス。いつも胡乱なことばかり書いている三流紙ではあるが、世の動向を知る為には欠かすことはできない情報源だ。 占い、漫画、アンケート……代わり映えのない取るに足らない記事の中で、とある見出しが目に止まった。 『フォーチュン・ベルにて新アトラクション プチレース開催!』 楽しみといえば、酒を飲み暴れ所構わず鳥を眺めるしかないこの野蛮な世界にも一端の文明的な娯楽がある。 それがこのカジノだ。 賭博になど興味はないが、人々の関心の行き先としては興味深い。 最後のかつおぶしを樽に詰め、私も荷物をまとめることにした。 まさかとは思ったが、カネの臭いがする場にこいつは現れるらしい。 いつもとぼけた顔で徘徊している不審者こと我らが冒険者が、真っ白になって金色の樺に逆さに吊るされていた。 いっそひと思いに埋められていればまだ名誉も保たれたろうが、こうなってしまっては地に堕ちたものだ。 おい、生きているか?何。3000オレン貸してくれ?債務者から金を借りようとするやつがどこにいる。 まったくこのような賭博で身を持ち崩すほどバカなことはない。 いい大人ならもっとマシな金の使い方をするべきだぞ。 冒険者に説教をしていると、その懐から足下へと紙が一枚、ひらりと舞い落ちた。 『パルミア賭博営業ライセンス』と書かれたそれに、目が吸い寄せられる。 『世界で一番儲かる仕事』とは何だ?様々な意見があろう。 だが世界共通で言える答えが一つある。それは賭博の胴元になることだ。 お前、やったのか? 冒険者は何も言わず、ただ十数個のサムズアップが返ってきた。きっと疲れ目だろう。 冒険者の肩越しに、新しく建てられた新コーナー「フォーチュンベルレース場」がギラギラと輝いている。 ここで飛び交う金が……こいつの指先三寸で動くというのか? 震えすら覚えた私の足元に、柔らかいものが触れた。 毛むくじゃらのプチだ。雪プチというらしい。吊るされたままの主人を助けに来たのだろうか。 この忠義者を撫でてやろうとしゃがんだ私の耳元に、冒険者はささやいた。 ――こいつに3000オレン出してみろ、と。 お前と組んでずいぶん経つが、私もずいぶん見くびられたものだ。 30000オレンで様子見だ。 自分の小さな店。風光明媚な地。テラスでボスチェアに腰掛け、愛するオルヴィナのワインをグラスに注ぐ。嗚呼、身軽な身がこんなにも素晴らしいとは! 昼から酒を楽しむ自由を謳歌し、開拓地が賑わっていく様を眺めて過ごす。嗚呼、幸せな引退とはこのようなものか! 「あの。ロイテル様」 おはよう。今日も精が出るね。 「その、ロイテル様宛にお手紙がたくさん届いてます」 ほう?イルヴァいちの名伯楽と名高い私への取材だろうか。 「読み上げます」 「施設の改修費についてフォーチュン・ベルから請求書が」 「経費の計上理由が不明であるとパルミア税務署より質問状が」 「レース閉会後のプチの行方についてプチ愛護協会から告発が」 「ミシリア王宮から公益金として券売上の25%の要求が」 天を仰いで深呼吸。  ――冒険者のアホはどこだ!! 「先輩は昨日からイルカの絵を売ってくるとルミエストに……!」 あなたは怪しげな文書を読み終えた。 怪しげな怪文書はプーチースタリオン(残り0回)だと判明した。 プーチースタリオンは塵となって消えた。