「ただいま〜」 「おかえりツカサ!遅かったな?」 彼女は帰りの遅い俺を心配してか、家の前で待っていた。 「あー…”授業態度が悪い”だとかで放課後にたっぷり怒られた。あれ?親父は?」 二人で家の中に入る。 「親父さんならなんでも『休みが取れたから1週間ぐらいカナダにスキーしに行ってくる。司をよろしく』って言ってたぞ〜」 「マジか…先に言ってくれよそう言うのは…」 親父は度々そういうことをする人だ。 俺も俺でDW行きでそこそこ家を空けているので、まあ…遺伝なのだろう。 ───────── その日の夜。 「なぁ、ツカサ。」 メルヴァモンが、いつもより落ち着いた声で話しかけてきた。 「なんだよ、そんな調子で。」 「なんでアタシを外に連れて行きたがらないんだ?」 「連れていってるだろ〜?デジモンを向こうに送り返したり、一緒にヤクザ倒したり。色々やってんじゃん」 この前やった依頼はなかなかすごい額の報酬をもらってしまった。 それなりに楽しかったし、デジモン関係の人脈も増えた。 「そういうことじゃない!」 彼女は声を荒らげる。 心当たりがないわけでは…ない。 「……学校のこと言ってんの?」 彼女は無言で頷いた。 「無理だよ無理!息苦しいってクロスローダーからすぐ出てくるんだから!外ならまだ誤魔化せるけど…学校じゃ無理だ」 俺の高校は校則が比較的厳しい方だ。その都合もあって、クロスローダーを持ち込むだけでも苦労するレベルだった。 「なんでダメなんだよ!アタシは一緒にいたいだけなのに!」 「学校はそう言うところじゃないんだ!」 メルヴァモンは俺と離れることをあまり好まない。 会ったばかりの頃…彼女がミネルヴァモンだった頃はもっと酷かった。 迷い込んだばかりのデジタルワールドで俺が一人で辺りを探索していた時、大声をあげて俺を探しながら半泣きで追いかけてきたのだ。 その姿に妙な興奮を覚えた事と共に、そのことをよく覚えている。 「学校だけじゃない!それ以外の時だって…ツカサはアタシを…隠して…押し込めておこうとする。…アタシがデジモンだからか!?」 隠して、押し込める。 言われてみれば…そうかもしれない。 なぜそんなことをするのか。彼女がデジモンだから? これもまあ…否定できない。 「…………そうだよ。メルヴァモンがデジモンだからだ。この世界の大多数の人間は、人間じゃない者を受け入れる準備が整ってない。デジタルワールドのことも、デジモンのことも知らない。」 俺の話を、メルヴァモンはただ俯いたまま聴いていた。 「だから…今はメルヴァモンの好きにさせてやることは…できない。」 ここ数ヶ月で、デジモンとパートナーになっている人間が俺の知っているよりも多いことも知った。 けれど…やはり世間はデジモンを受け入れるところまでは行っていない。 「…だったらアタシ…人間になりたい!」 「は?」 急に顔を上げたかと思えば、彼女はそんなことを言い出した。 「もっとツカサが抱いてくれれば…人間のデータを取り入れられれば…!人間になれて…いつかは…子どもも…」 「何言ってんだよメルヴァモン!…お前そんな理由で俺を誘ってたのか?」 確かに、メルヴァモンが俺のデータを取り込んでいるという話は神月さんの検査で知っていた。 ただ…それは副作用的なものだったはず。 「そ…そうじゃないけど…」 そうじゃないとするならば…なぜだ? そもそも…どうして最初に彼女は俺を?今まで気にならなかったことが、急に気になり始める。 「じゃあどうしてだ?あの日…デジタルワールドにいた時!どうして俺を誘った!」 聞かずにはいられなかった。 「それは…ツカサがアタシから離れないように…だ。あの時…ラクネもイグニートモンもいなくなって…アタシ一人ぼっちだった。」 確かに…暗黒進化した彼女の攻撃から流れ込んできた記憶にそんなものがあったか。 「だからツカサがアタシの世界に来て…嬉しかった。けど…ツカサは帰ろうとしてた。だから…ツカサが、アタシから離れられなくする方法…それぐらいしか思いつかなかったんだ…」 伏し目がちにそう言うメルヴァモンの様子は、どこか庇護欲をそそると共に、どうしようもなく嗜虐心を掻き立てられるところがあった。 「そう…か。」 「でも今は!…純粋にツカサの事が好きだから…そうしてる」 進化して俺より背が大きくなっても、顔を赤くしてそう言う姿は、あの日俺が見た、小さなミネルヴァモンと変わらなかった。 「……メルヴァモン、別に人間になろうとなんて…しなくて良い。むしろ…俺が人間をやめたって良い。まだ世界はデジモンを受け入れられないって言ったよな。」 「うん…」 「俺はとっくにメルヴァモンの事を受け入れてる。…あと何年か先…俺が学生じゃなくなって、どう生きていくか決めなきゃいけなくなった時…まだ世界がデジモンを受け入れてなかったら…一緒に世界に拒まれよう。」 俺は彼女を抱き寄せた。 「俺はどこにもいかない。だから今はもう少し…我慢してくれ。」