ジャック [メイン川辺]
「……」
「楽しかったな」服を着た後ではあるが、素足になって脚だけ川に漬けて
向こうの茂みの方でいかがわしいことをしている男女がいるらしいが……正直その現場に突っ込んでいくのはだいぶ気が引ける
なので様子を見て終わってから注意するか……という判断の元、待ちの構えである
「……」耳を澄ませば結構はっきり聞こえてくるな、という顔
「……」ぱしゃ……と一人で水面を蹴るが一人だとそんなに音も立たないのでまだ聞こえるな……という顔
嬌声と言うのはこれほど大きく響くものか。先に自分が聞きつけたのが健全な少年少女の戯れる声だったのはあるいは非常な幸運だったのかもしれない。
数々の死地をかいくぐり、生き残らせてきた己の聴覚が今は恨めしかった。
人数は……2人ではない、3人か。
女が二人。年若く大きく嬌声を上げる女が一人、静かに何事かを呟く女が一人。そして男が一人。
男女の営みというのは1対1で行われるものだと思っていたが、違う場合もあるらしい。
あまり得たくない学びを得た。
そして声がでけえ。
猛獣がいないのは確認済みだが、(おそらく)丸腰の相手を放置して去るのも気が引ける。
一度ここを離れ、山小屋で物資の補充を済ませている間に予期せぬ何かが起こらないとも限らない。
(……先ほどは、楽しかったな)体感時間が……凄く長い……!という思いの中、また水面を蹴る
声がでけえ。
耳をふさいでも貫通してきた。
(何をしているんだろうな、僕は)軽いめまいを感じて眉間を抑える
嬌声が止まり、荒い息遣いに混ざる声だけが漏れ聞こえてくるようになった。
頃合いだろうか。いや、まだ早いかもしれない。
そもそも何の頃合いだという話もあるが。
正直自分から行きたくないので着替え終わったら向こうから戻ってきてほしい気持ちすらある。
ぱしゃ、と向こうからも水の跳ねる音が聞こえてきた。
多分川で水浴びをしている音だろう……そうだよな?と自然に対する自分の知識すら若干疑い始める
ということは恐らく情事そのものは終わったのだろう。
いたたまれない空間は終わった。
しかしそれは、情事を盗み聞きしていた上にそれに関する注意をしなければならないという次なるいたたまれない空間がすぐ目前に迫っているということでもある。
(いっそ死地の方がどれだけ楽なことか)肩に柄を預けた愛用の得物の刃先が、ジャックの背中で所在なさげに揺れた。
異性を求める感覚、というものは幸か不幸かこれまでの人生において体験したことがなかったが。
興味のあることだけに特化するグラスランナーらしいと言われればそうなのかもしれない。
”らしくない”と称されることの多い自分にもその業があったのだな、と今更ながらに認識した。
足音が聞こえた。
……衣擦れの音は聞こえなかった気がしていたが、聞き逃しただろうか。
中々戻ってこないものだ。事後、というものだろうか。
あまり増えてほしくなかった知識が今日だけで二つも増えた。