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画像ファイル名:1517606430296.jpg-(42615 B)サムネ表示
42615 B無題 Name 名無し 18/02/03(土)06:20:30 IP:119.173.*(home.ne.jp) No.1235646 del 27日16:29頃消えます
日本軍の手榴弾、地雷スレなんてどうでしょうか?
手榴弾は対戦後期のゲリラ戦法などで大変活躍して
小銃よりも活躍したらしいですが
自分も昔どこかでちょこっと見ただけなので本当かどうか説明することはできませんが…
削除された記事が4件あります.見る
無題 Name 名無し 18/02/03(土)09:23:46 IP:124.142.*(home.ne.jp) No.1235657 del
    1517617426894.jpg-(77621 B) サムネ表示
77621 B
本文無し
無題 Name 名無し 18/02/03(土)09:30:18 IP:124.142.*(home.ne.jp) No.1235658 del
    1517617818944.jpg-(25239 B) サムネ表示
25239 B
うぉりゃ〜
無題 Name 名無し 18/02/03(土)11:08:08 IP:240f:50.*(ipv6) No.1235664 del
    1517623688856.jpg-(28556 B) サムネ表示
28556 B
中身が青酸ガスですが(・w・;

「一式手投まる缶」

使用目的は対戦車(車輌)兵器…
運搬中に破損しても対処できるように
ケースに中和剤が一緒に入っていたそうです
無題 Name 名無し 18/02/03(土)11:58:00 IP:49.98.*(spmode.ne.jp) No.1235668 del
手榴弾の使い方はマカロニほうれん荘で覚えた
無題 Name 名無し 18/02/03(土)12:26:32 IP:128.53.*(nttpc.ne.jp) No.1235673 del
20年代初頭に小火器製造を始めて満州事変の電撃的な侵攻で東北銀行の準備金ごと
まるっとせしめられて、大陸での乏しい兵器供給を助けた旧東三省兵工署とか
在満の造兵廠が製造を手掛けていたという柄付き手榴弾はドイツの物とは異なり
後の人民解放軍の67式に似た簡素な見た目の物だったと聞きますが
この手の摩擦信管の柄付きはどこの部隊が支給を受けたとか詳しい情報に乏しいですよね…
無題 Name 名無し 18/02/03(土)14:28:05 IP:219.167.*(plala.or.jp) No.1235680 del
日本軍の手榴弾って凄いしょぼいよな見た目も威力も
無題 Name 名無し 18/02/03(土)15:06:14 IP:121.113.*(plala.or.jp) No.1235686 del
確か妙に小さいんだっけ
ニー・モーターの弾でやっと諸外国の手榴弾くらいなのかな
無題 Name 名無し 18/02/03(土)15:08:25 IP:153.204.*(ocn.ne.jp) No.1235687 del
てりゅうだん
いつの間にかしゅりゅうだんと言うようになった
無題 Name 名無し 18/02/03(土)15:25:42 IP:240f:e.*(ipv6) No.1235688 del
『卑怯な日本軍』が現地急造トラップ・爆雷肉攻戦術の類に詳しい
無題 Name 名無し 18/02/03(土)16:11:31 IP:203.76.*(kct.ad.jp) No.1235690 del
>「一式手投まる缶」
ビルマとかで使用された「チビ弾」とは
仕様が違うのだろうか。
無題 Name 名無し 18/02/04(日)10:12:12 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1235770 del
    1517706732677.jpg-(140871 B) サムネ表示
140871 B
自分が読んだ本では一式手投丸缶=ちび弾になってましたけれど、実は違ったりするんでしょか?

「ちび弾(別名ちゃびん)」の語源はBT戦車をひっくりかえした「テーベ―」が語源、との説か
らして、ノモンハンでの教訓が開発の契機だった兵器ではあるっぽいんですけれど…w

因みに大東亜戦争開戦直前、マレーに向かう輸送船団上で「ちび弾」の紹介講習会が開かれて
おりましたそうで、講師役の一人だった第5師団歩兵11連隊の越智晴海少尉さんによると

「私は赤線を引いた木箱から直径15センチの円筒缶の蓋を開け、ノコ屑のつまった中へ片手を
つっこみ、直径10センチほどの緑色のガラス玉をとりだした。玉の中に容積三分の一ほど透明
な液が入っている」
無題 Name 名無し 18/02/04(日)10:13:22 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1235771 del
    1517706802040.jpg-(44295 B) サムネ表示
44295 B
「ガラス玉が割れ、空気に触れると猛烈な青酸ガスが発生する。使う時には小隊長以上が命令
する。ジットラ要塞ラインで敵戦車かトーチカ攻撃に用いる、と小隊員に説明すると『投げつ
けたあと、どうするんんですか』と質問が出て、『投げたら風上へ逃げ、息をつめていろ』と
答えた。私は各分隊に二発ずつ支給、『飯盒の横に縛りつけておけ』と命じた」

…んですとか

防衛研究所に残る南方作戦の為の配当資材表によると、マレー攻略の第25軍にはチビ1万個、
フィリピン攻略の第14軍には3千個が割り当てられいる一方で、ビルマ攻略の第15軍にはチビ
弾の配当はなく、計1万3千個はこの年の全生産数8万7千個の二割程度であったそうです
無題 Name 名無し 18/02/04(日)10:15:25 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1235772 del
    1517706925175.jpg-(48465 B) サムネ表示
48465 B
チビ弾は早くも開戦当日には、コタバル海岸に上陸した侘美支隊でトーチカ制圧の為に使用
された他、「近衛歩兵第4連隊史」によれば1942年1月21日の戦闘で、エゲレス軍の戦車と
装甲車に対して同連隊第一大隊が「チビ、手榴弾を使った肉弾戦で7輌を撃破、100人を殺傷」
したそうです(同大隊戦闘詳報では1月15日〜26日にチビ10個を使用)

もっとも、例えば作戦全期間を通じて、第5師団全体での消費量はわずか34個に留まり、軍全
体での保有量に比してごく少ない量に留まっているんだそうなんですが、前述の越智少尉なん
かは実際のジットラ陣地突破戦の最中、「酸っぱいようなガスの臭い」に気付いて見てみると、
友軍の兵士が背嚢のチビ弾を敵弾に貫通され漏れ出たガスで死亡していたんだそうで、他にも
漏出ガスでの事故死が数件あり、怖くて使えなかった、と回想されておられるんですとか
無題 Name 名無し 18/02/04(日)10:18:41 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1235774 del
    1517707121634.jpg-(16954 B) サムネ表示
16954 B
危険なので後方へ置いて来たとか、本部により回収された…なんて証言も残っているんだそ
うなんですが、チビ弾が配当されたもう一方の南方戦線であるフィリピンでも、実際中々使
いづらかったようで、例えば第16師団のバターン攻略戦を取材した記者さんの手記によると

「第14軍はチビ弾を含む毒ガスの使用を検討したが、『彼我の戦線はあまりにも接近しすぎ
ており、投擲した毒ガスによって味方にも多くの犠牲者が出る』と懸念、中止」

…されたそうで、ほぼ使用されずに終わっているそうです

変わった所では1942年1月にエゲレスの陸軍情報部が米ソに通報した情報で

「日本兵を銃剣で刺した時、ベルトに付けた容器を貫くと(青酸)ガスが洩れた」

…なんてのもあるそうなんですが、ガラス容器に入れた毒物を兵隊サンが各個に持ち歩く…
というチビ弾のコンセプト自体が、ちょっと無理があったって事なんでしょかね、コレ
無題 Name 名無し 18/02/04(日)10:51:20 IP:203.76.*(kct.ad.jp) No.1235778 del
>一式手投丸缶=ちび弾
>ビルマ攻略の第15軍にはチビ弾の配当はなく、

そうだったのか修正乙です。
実際「正に風まかせ」の兵器は使いたくなかったと思う。
軍の偉い人としては対戦車装甲車にも有効との事で
活用を考えたようだが、いかんせん取り扱いに難が・・・
個人携行の化学兵器として、せめて中身を催涙剤とかに
しとけばもう少し活用機会が出来たかも。
無題 Name 名無し 18/02/04(日)12:07:15 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1235791 del
    1517713635961.jpg-(47089 B) サムネ表示
47089 B
1930年頃の話だそうなんですが、当時の日本陸軍研究所では民間会社と提携して、赤土に青
酸を吸収させたものを果樹園や船舶用の殺虫剤として商品化する「副業」も行っていたそう
なんですがw
その研究過程で、性状不安定な液体生産に2〜5%の銅粉を添加することで安定性が確保でき
る事がわかり、以後の「チビ弾」含む青酸ガス兵器の開発が容易になった、なんてエピソー
ドがあったりするそうです
因みに開戦初期以降も「チビ弾」の使用準備は続けられ、瀬戸内大久野島で同兵器の生産に
従事した加藤長四郎という技師さんの回想によると、1942年11月に自らアリューシャンのア
ッツ島にチビ弾500発を届けた際の思い出として

「ガス漏れしても大丈夫なように、木箱を輸送船の船尾に積み、いざとなれば海中へ突き落
すつもりだった」

…なんて語られているんだそうで
無題 Name 名無し 18/02/04(日)12:07:38 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1235792 del
書き込みをした人によって削除されました
無題 Name 名無し 18/02/04(日)12:08:49 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1235793 del
    1517713729076.jpg-(57916 B) サムネ表示
57916 B
また、1941年9月1日には激闘の続くガダルカナル戦用に第17軍にチビ弾500発が割当てられた
りしているんですが、前記のような使用し辛さに加えて、化学戦能力では日本を遥かに上回
る連合軍からの報復への恐れもあって、結局その後はごく散発的な使用に留まり、ビルマで
インパール作戦中にはエゲレス軍のバレンタイン戦車を撃破してたりもするそうなんですが、
1944年7月14日には東条英機陸軍参謀総長の名で、大本営の指示ある時を除き、チビ弾を含む
毒ガス兵器の全面的使用禁止と、手持ち分を後送することが全軍に命じられ(大陸指2061号)、
以後終戦までコレがほぼ守られていたようです

余談ですが戦中、大本営参謀の津野田知重陸軍少佐サンが東条サンの暗殺計画を企てた際、
習志野学校から持ち出したチビ弾で殺害する予定だったのが1944年7月25日だったそうなんで
すが、奇しくも先の毒ガス兵器禁止令を出した直後の7月18日に東条内閣が倒れ、計画は未遂
に終わったんだそうでして、下手をすると東条サンがチビ弾最後の犠牲者になっていたかも
しれない、なんて話もあるんですとか…w
無題 Name 名無し 18/02/04(日)12:09:12 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1235794 del
    1517713752391.jpg-(81382 B) サムネ表示
81382 B
こうした事情の移り変わりを反映してか、チビ弾の戦中の生産数は1941年の8万7千個に対し
て翌42年は5万5千個、43年には2万5千個に激減しているんだそうなんですが、1944年になる
と一転して4万1千個(計画)の大量生産が計画され、またそれまでチビ弾に無関心であった日
本海軍も、戦争末にサイダー瓶に液体青酸を詰めた「4号特薬ビン」を1万発ほど急造してい
るんだそうで

言うまでもなく、戦況悪化とそれに伴う本土決戦への備えだったわけなんですが、実際には
使われずに終戦を迎えたのは、恐らく寧ろ日本側にとって幸いだったんじゃあないでしょか
ねえ
無題 Name 名無し 18/02/04(日)12:27:55 IP:219.16.*(bbtec.net) No.1235796 del
第1次世界大戦終了後、第2次世界大戦終了までに殺傷能力のあるガスを実戦で使用した国って日本だけなんですよね

ドイツはサリン、ソマン、タブンといった神経ガスの開発・生産まではしたけど実戦では使わなかったし
無題 Name 名無し 18/02/04(日)13:40:33 IP:106.161.*(au-net.ne.jp) No.1235813 del
イタリアがアビシニアで使ったやん。
無題 Name 名無し 18/02/04(日)14:05:32 IP:219.16.*(bbtec.net) No.1235814 del
あ、そうでした

そのイタリアも第2次世界大戦では使わなかったから
第2次世界大戦で殺傷能力のあるガスを実戦で使用したのは日本だけって訂正します
無題 Name 名無し 18/02/04(日)16:55:14 IP:240f:50.*(ipv6) No.1235828 del
    1517730914166.jpg-(24847 B) サムネ表示
24847 B
某埼玉県の河原に未だゴロゴロ残骸が残っています四式陶製手榴弾(・w・

代替品による手榴弾って…と思ったらソ連でも陶製手榴弾、
ドイツでもコンクリート製手榴弾やらニポリト手榴弾やら…
無題 Name 名無し 18/02/04(日)18:50:08 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1235835 del
    1517737808100.jpg-(251123 B) サムネ表示
251123 B
>陶製手榴弾

大東亜戦争に先立つ事70年以上前になりますが、明治10年の西南戦争でもチビ弾と同じガラ
ス瓶製の手榴弾が使用されていたんだそうで

もっとも、「抛擲弾」と呼ばれたこの兵器、中身はもちろん青酸ではなくて、「西南戦争警
視隊戦記」によれば

「厚い硝子瓶の中に火薬、頭部を裁断した釘、厚硝子の破片等を充填し、外側には幾重にも
紙布を貼り付け、瓶の口から本菅を挿入して門線を導火線とした」

もので、西郷軍に包囲された熊本城内で新政府軍によって急造され、進入してくる敵軍の撃
退のみならず、包囲突破の際、薩軍の堡塁に対しても相当の効果を上げているんですとか
無題 Name 名無し 18/02/04(日)18:51:05 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1235836 del
    1517737865413.jpg-(36217 B) サムネ表示
36217 B
この「抛擲弾」、一説には当時城内で樺山参謀長の下で働いていた児玉源太郎参謀の発案に
よるものだとされているんですが、そのまた元ネタになったのが、当時熊本城内に長年秘蔵
されていた陶器製の「ホウロク玉」であったという話があるんだそうで
勿論作らせたのはかの加藤清正公、流石に古すぎて現物そのものは使えなかったものの、そ
れにヒントを得て作られたのが「抛擲弾」であったそうなんですな

激戦の末、遂に熊本城を陥せずに敗退せざるを得なくなった時、西郷ドンが悔し紛れに

「おいどんは、官軍に負けたのではなく、清正公に負けたのでごわす」

…なんて呟いた、という有名な逸話が伝えられておりますけれども、熊本城の堅固な構造だ
けでなく、陶器製のホウロク玉という置き土産もそうした結果に繋がっていたのだとしたら、
やはりセイショウコウさんは薩軍の方に大いに祟っていた、ってことなんでしょか…w
無題 Name 名無し 18/02/04(日)19:50:15 IP:240f:a8.*(ipv6) No.1235842 del
>ドイツでもコンクリート製手榴弾
手榴弾だけじゃなく航空爆弾までコンクリ代用があったらしいからなぁ
ドイツ
無題 Name 名無し 18/02/04(日)20:08:17 IP:219.167.*(plala.or.jp) No.1235843 del
    1517742497862.jpg-(40124 B) サムネ表示
40124 B
>ドイツでもコンクリート製手榴弾

コンクリート戦車
無題 Name 名無し 18/02/04(日)22:04:13 IP:113.42.*(ucom.ne.jp) No.1235857 del
    1517749453695.jpg-(327022 B) サムネ表示
327022 B
>日本軍の手榴弾って凄いしょぼいよな見た目も威力も
>確か妙に小さいんだっけ
一回りか二回りくらい違う
投げたり持ち運んだりするには便利だっただろうが
無題 Name 名無し 18/02/04(日)22:15:52 IP:113.42.*(ucom.ne.jp) No.1235858 del
    1517750152514.jpg-(151812 B) サムネ表示
151812 B
日本軍の手榴弾といえば個人的に不思議なのは点火方法
各国ではピンを抜くと即発火する方式(ドイツなど)やピンと安全レバーを用いたり(アメリカなど)してたけど
ピンを抜いたあとに叩いて点火するって一手間多いやり方をなんで好んだんだろう
十年式なんかは擲弾発射器で使うからそういう方式なのも分かるけど
それ以降は基本的に投擲専用なのに
九八式とか九九式乙とか他国のそれと似たような物も開発してるから技術的な問題って訳じゃないんだろうけど
無題 Name 名無し 18/02/04(日)22:18:17 IP:113.42.*(ucom.ne.jp) No.1235859 del
あと日本軍って対人地雷はあったんだろうか
対戦車地雷は調べると色々出てくるけど対人地雷はとんとみないんだが
無題 Name 名無し 18/02/04(日)22:21:45 IP:101.55.*(icnet.ne.jp) No.1235862 del
>各国ではピンを抜くと即発火する方式(ドイツなど)

ドイツの柄付き手榴弾は紐を引っ張って摩擦点火してるので、日本のとそんなに手間は変わらないんじゃないかな?
投擲性能はともかくとして
無題 Name 名無し 18/02/04(日)22:27:00 IP:113.42.*(ucom.ne.jp) No.1235865 del
>ドイツの柄付き手榴弾は紐を引っ張って摩擦点火してるので、日本のとそんなに手間は変わらないんじゃないかな?
ドイツなんかだと柄付きでも卵形でも紐を抜いたら即点火するけど
日本だとそこから叩くって動作が入るので何でかなと
無題 Name 名無し 18/02/04(日)22:34:03 IP:153.204.*(ocn.ne.jp) No.1235866 del
>日本軍の手榴弾
激発機構を省略して簡易化できるからでしょう
無題 Name 名無し 18/02/04(日)23:04:25 IP:240f:50.*(ipv6) No.1235871 del
    1517753065714.jpg-(156124 B) サムネ表示
156124 B
一応まあ、日本陸軍にもドイツ式?の手榴弾もあったんです(・w・
写真の九八式柄付手榴弾が有名ですね
無題 Name 名無し 18/02/05(月)13:55:11 IP:2001:268.*(ipv6) No.1235898 del
>日本だとそこから叩くって動作が入るので何でかなと
擲弾筒で発射する時用の機構でしょ?
発射の衝撃で点火する。
無題 Name 名無し 18/02/05(月)18:20:46 IP:180.14.*(ocn.ne.jp) No.1235941 del
ドイツの柄付きもキャップ外す事前動作はあるし、ピン抜いただけでは発火しない日本式も発火から投擲までの動作で考えればさほど不利な気もしないが。
無題 Name 名無し 18/02/05(月)18:27:09 IP:1.33.*(nttpc.ne.jp) No.1235943 del
海上に墜落して米軍が救助しようとした日本軍パイロットが手榴弾で自爆した、、という動画で、直前にその兵が何か口に咥えてるんだよね。ちょうど手榴弾のピンを抜く動作みたいに、、、、
あれは自爆じゃなくて撃たれたんじゃないかと。
無題 Name 名無し 18/02/05(月)23:03:25 IP:219.126.*(tokai.or.jp) No.1235995 del
    1517839405646.jpg-(206777 B) サムネ表示
206777 B
ソ連のRGD-33が一番面倒な気がするな。使用するには、信管入れるとこから始めるからね(工場では分離状態で出荷)。

それとも手榴弾の信管ってどの国でも現地挿入かな?
無題 Name 名無し 18/02/06(火)17:52:48 IP:122.219.*(ucom.ne.jp) No.1236069 del
>それとも手榴弾の信管ってどの国でも現地挿入かな?
ソ連は戦後も弾体とヒューズを別にしていますが、米軍は対戦中からずっと一体で個別防水紙筒に入ってますね
大戦中のドイツの柄付はコンテナに柄と弾体、ヒューズが別に入っていたような(自信なし)
無題 Name 名無し 18/02/06(火)22:00:16 IP:119.24.*(zaq.ne.jp) No.1236087 del
    1517922016859.jpg-(302961 B) サムネ表示
302961 B
こういうのがあった
無題 Name 名無し 18/02/06(火)22:13:10 IP:240f:e.*(ipv6) No.1236090 del
原書房『赤軍ゲリラ・マニュアル』でんな
一次資料翻訳だけにおもしろい内容も多いね
無題 Name 名無し 18/02/06(火)22:21:02 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236091 del
    1517923262409.jpg-(86122 B) サムネ表示
86122 B
大正9年に日本陸軍が制式採用間近の新型曳火手榴弾(=十年式手榴弾)の仕様書を作成して
いるんですけれど、コレによると新型手榴弾の売りの一つは「弾着地の状況如何に拘らず発
火確実なる」事なんだそうで

十年式の前の制式手榴弾は信管が着発式でしたので、投擲する際にうっかり足下に落とした
ら大変なことになりかねない反面、弾着地が軟弱な地盤だったりすると不発に陥ることがま
まあったんだそうでして、十年式の曳火信管採用にはブッ叩くことで確実に発火させる為、
なんて理由もあったみたいですねえ
無題 Name 名無し 18/02/06(火)22:21:54 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236092 del
書き込みをした人によって削除されました
無題 Name 名無し 18/02/06(火)22:22:56 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236093 del
    1517923376342.jpg-(205704 B) サムネ表示
205704 B
因みに同文書では信管について

「頭部に発火装置、中部に火道、下部に起爆筒を有す。発火装置は打撃若しくは発射の衝撃
(擲弾筒を以て発射する場合に依り発火し火道に点火す」

…と説明されてまして、時を同じくして採用された擲弾筒(十年式)でも発射できることが前
提で、それに対応する為の信管構造だった、ってのは既にスレ内で他の方々が指摘されてる
通りだと思うんですが、従って十年式及び改良型の91式、手投げ運用前提ながら実質的に

「時局の要求に応ずるため、取り敢えず現制十年式擲弾筒弾薬、91式曳火手榴弾に改修を加
えしもの(陸軍陸軍技術本部)」

…という事情が有った97式まで、信管の基本形式が共通だったたのもごく自然な成り行きだ
ったんじゃあないでしょかねえ
無題 Name 名無し 18/02/06(火)22:24:32 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236094 del
    1517923472869.jpg-(166797 B) サムネ表示
166797 B
更に月日は飛んで昭和14年、日本陸軍の近接戦闘兵器研究委員会が北満で実施した各種兵器
の実地検証の報告書の中で、「軽量手榴弾」なるものがありまして、「97式手投曳火榴弾と
携行の便否、投擲距離、効力等の関係を比較検討する」とされているこの「軽量手榴弾」、
この頃開発が進められていた99式手榴弾を指すと思うんですが、逆にいうと97式より軽量で
持ち運びやすく、投擲距離に優れて居る…というのが当時時期手榴弾に求められていた性能
であって、後に99式で従来より弾体が小型化した理由でもあったんじゃあないでしょかね

また、同じく試験を受けていたものに「手榴弾投擲機」なるものがあるんですが、コレも後
に「100式擲弾器」として制式化?される、99式手榴弾投擲用の小銃装着アダプターなんだそ
うで
無題 Name 名無し 18/02/06(火)22:25:29 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236095 del
    1517923529949.jpg-(184570 B) サムネ表示
184570 B
99式手榴弾が投擲距離延長の為に小型軽量化を目指し、また擲弾機でも発射できるよう開発
された、というのは当時のIJA作成の資料にも謳われているんですが、ちょっと面白いのは
前記近接戦闘兵器研究委員会の解説によると、「手榴弾投擲機」とは

「第一線歩兵が敵前至近距離に近迫し突入する迄の間に砲兵の突撃支援射撃及び重擲弾筒の
震駭射撃より手榴弾の投擲距離に入る間、即ち概ね50〜100mに於いて火力の不足期を生ずる
を以て、此の缺を補うべき一着想として」

…研究するモノとされておりましたり

この頃の擲弾筒は従来の十年式から、ほぼ専用弾使用の89式重擲弾筒に更新されて、威力も
射程も大幅に増大しているわけですけれども、逆にそれ故に擲弾筒の最低射程と手榴弾の投
げ合いになる距離との間にギャップが生じている、それを埋める兵器が必要なんだ…って事
みたいなんですね
無題 Name 名無し 18/02/06(火)22:27:01 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236097 del
    1517923621676.jpg-(208998 B) サムネ表示
208998 B
従って、99式手榴弾&100式擲弾器の組合わせに求められた性能も、かつての十年式コンビ
に求められたモノと微妙にニュアンスが変わっているとは思うんですが、それでも基本的に
擲弾器からの発射運用という点はこの時代でも変わらず要求されているわけでして

また、99式手榴弾には曳火式信管(甲)と摩擦発火式信管(乙)の2種が有ったわけなんですが、
(乙)の取り扱い説明書に依れば

「本手榴弾(※乙)は99式手榴弾(甲)に比し信管の構造簡易にして製造に設備を要せず、且つ
廉価なるのみならず、擲弾器に依る発射用に非ざるを以て、炸薬安全度に関する要求を軽減
し(略)代用炸薬の利用に便なるの特徴あり」

…なんてあったりします
無題 Name 名無し 18/02/06(火)22:29:09 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236098 del
    1517923749805.jpg-(199511 B) サムネ表示
199511 B
逆に言えば、戦時下に曳火信管の甲より、信管そのものも簡易で、製品精度や原料も低クオ
リティで済み、大量生産に向く…という(乙)の利点を十分に認識していながら、敢て従来の
曳火信管付の甲の生産を続けていたわけで、結局日本陸軍が最後まで(93式の様な例外も有
りますが)主用手榴弾の擲弾器による運用に拘り続けたのが、十年式以来の信管形式が主用
され続けてきた理由でもあったりするんでしょかね…?
無題 Name 名無し 18/02/07(水)00:17:50 IP:122.219.*(ucom.ne.jp) No.1236115 del
旧軍の手榴弾に摩擦発火式の信管があったのを初めて知りました
どういう形状をしているのかな?

映画『土と兵隊』のトーチカ潰しで、手榴弾信管上部を何かで擦って発火させて銃眼に放り込むシーンがあり、映画用のプロップなんだなと思っていましたが、あれが摩擦式信管だったのでしょうか?
無題 Name 名無し 18/02/07(水)06:54:53 IP:49.98.*(spmode.ne.jp) No.1236129 del
他国より優秀な擲弾筒がいっぱい配備されてるなら
手榴弾はそこそこでいいやってなったのかもね
擲弾筒の弾と手榴弾両方大量に持ち歩くのは重そうだし
無題 Name 名無し 18/02/07(水)07:16:53 IP:110.163.*(spmode.ne.jp) No.1236132 del
陶器手榴弾って火薬は黒色、弾殻も弱くて威力がなかったらしいけど
それ以前に投げつけたら砕けないの?
無題 Name 名無し 18/02/07(水)08:38:51 IP:1.33.*(nttpc.ne.jp) No.1236137 del
>擲弾筒の弾と手榴弾両方大量に持ち歩くのは重そうだし
素朴な疑問なのですがあれは手榴弾としても使えないのでしょうか?
無題 Name 名無し 18/02/07(水)09:25:43 IP:49.98.*(spmode.ne.jp) No.1236140 del
89式擲弾筒の専用弾で800グラム以上、97式手榴弾の2倍近い重さだからなあ
投げやすく軽くしたら今度は威力に不満が出そうだし、難しいんじゃね
無題 Name 名無し 18/02/07(水)14:53:48 IP:180.59.*(ocn.ne.jp) No.1236152 del
個人的には
・ドイツの柄付き手榴弾
・アメリカのパイナップル
・ソ連の吹き流し付き手榴弾

これらと並んで、叩いて投げる日本式は「画になる手榴弾」として推したい。
無題 Name 名無し 18/02/07(水)19:03:12 IP:1.33.*(nttpc.ne.jp) No.1236163 del
「決断」というアニメでは日本軍の手榴弾は靴の底で叩いてから投げてたね
初めて知った現用手榴弾との違い
無題 Name 名無し 18/02/07(水)19:08:49 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236165 del
    1517998129009.jpg-(262254 B) サムネ表示
262254 B
>あれが摩擦式信管だったのでしょうか?

99式手榴弾(乙)の摩擦式信管は指を入れる輪の付いた引き索を引くと、信管内で摩擦剤が
発火して点火される仕組みですので、使用に際して手榴弾頂部を擦る動作は無用だったよ
うです

この点、ドイツ式の98式(柄付)手榴弾と同じ方式なわけなんですが、1942年に陸軍技術本
部が試製98式柄付手榴弾の「マッチ」式発火装置の経年劣化について調査した際、引索の
内摩擦剤が塗布された部分が経年劣化して発火機能に影響を及ぼす傾向が判明した、なん
て報告書が残っておりましたり
無題 Name 名無し 18/02/07(水)19:11:04 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236166 del
    1517998264874.png-(186993 B) サムネ表示
186993 B
そしてその中には

「現制式99式手榴弾(乙)及び目下研究中の試製4糎打上阻塞弾は其の発火機構を改正するか
又は之を廃止するを要す」

…なんて文章が有りまして、コレからしても99式(乙)手榴弾の信管は98式手榴弾と少なくと
も基礎的構造、原理はほぼ同じだったようですから、形状についても同手榴弾のモノに近か
ったんじゃあないでしょかねえ

ただし、戦争末期に日本国内、若しくは外地で急造された即席手榴弾の中には、手榴弾頭
部を直接マッチのように点火する構造になっているものも存在したそうです

ただ、1939年製作の「土と兵隊」とは年代や当時の状況からしてもちょっとそぐわない気
が致しますが…実際どうだったんですかしらん
無題 Name 名無し 18/02/07(水)19:19:37 IP:203.76.*(kct.ad.jp) No.1236167 del
このタイプは重くて投げ難いから
危険範囲内に投擲者自身も入ってしまうという
100メートル離れてても破片で怪我とか話も聞いた
無題 Name 名無し 18/02/07(水)19:20:34 IP:203.76.*(kct.ad.jp) No.1236168 del
    1517998834704.jpg-(74329 B) サムネ表示
74329 B
画像忘れてた
無題 Name 名無し 18/02/07(水)19:35:22 IP:1.33.*(nttpc.ne.jp) No.1236172 del
    1517999722814.jpg-(234877 B) サムネ表示
234877 B
>危険範囲内に投擲者自身も入ってしまうという
撃ったらすぐに全速力で反対側へ走れ
無題 Name 名無し 18/02/08(木)12:55:20 IP:122.219.*(ucom.ne.jp) No.1236208 del
>99式手榴弾(乙)の摩擦式信管は指を入れる輪の付いた引き索を引くと、信管内で摩擦剤が発火して点火される仕組みです
あああ・・擦っているように見えたのは抜いている動作だったかも知れないです
その直後、通常型と同じように曳火して煙がシューシューとしていましたので、方式としては同じような物だと思います

>1939年製作の「土と兵隊」とは年代や当時の状況からしてもちょっとそぐわない気が致しますが
全くその通りです
個人的に旧軍モノはあまりに判らない(私が知らない)事が多すぎるので、もしや九九式以前より摩擦式発火の手榴弾(信管)があったのかな?と思ったのでした
劇中使用の弾体形状は九七式だったように思います
無題 Name 名無し 18/02/09(金)00:37:16 IP:113.42.*(ucom.ne.jp) No.1236246 del
>即ち概ね50〜100mに於いて火力の不足期を生ずるを以て、此の缺を補うべき一着想として
06式なんかはこれと似たような思想で開発されてるなぁ
無題 Name 名無し 18/02/09(金)13:32:05 IP:219.167.*(plala.or.jp) No.1236264 del
>「決断」というアニメでは日本軍の手榴弾は靴の底で叩いてから投げてたね初めて知った現用手榴弾との違い

米軍はヘルメットで叩いてからだったな
無題 Name 名無し 18/02/09(金)19:25:03 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236281 del
    1518171903171.jpg-(109938 B) サムネ表示
109938 B
一昔前に比べたら出版物書籍は充実しているしネットで簡単に見られる情報は増えたしで、
ホントに今は色々有り難い世の中になったと思うんですけれど、逆に一つの事を知れば十
の疑問が沸いてきてキリがないのがこの趣味の難しい所でもあり、面白いところでもある
んじゃないでしょかw

日露戦争の頃なんかですと、まだIJAでは手榴弾は制式装備に採用されていないんですが、
旅順要塞を巡る攻防戦の中で日露両軍とも次第に現地の資材を利用した手製の「手擲弾」
を用いるようになり、その原料も空缶や薬莢、鉄管等と様々だったそうなんですが、当時
旅順の前線に編成されていた攻城工兵廠の廠長さんの陣中日誌に、「竹筒製手擲爆弾」を
考案・配布したなんて記述が有るんだそうで

コレなんかも、果して旅順の現地に竹は生えてたのかしら?とか、それとも何らかの梱包
材、資材として日本から送られていたものを利用したものか、気になり出したらもう止ま
らなk(
無題 Name 名無し 18/02/09(金)19:27:34 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236283 del
    1518172054720.jpg-(117126 B) サムネ表示
117126 B
余談ですがこの「攻城工兵廠」、旅順で激戦が続く1904年9月25日に「迫撃砲」の製作に着
手、10月には現物を完成させているんですが、その目的は

「敵壘に接して徒手爆薬を投擲するは完全の方法にあらず。故に装置簡単、移動容易なる
軽砲を以て投擲操作に代えんとするにあり」

…とされておりまして、見方によっては迫撃砲と言うより寧ろ後年の擲弾筒に通じる部分が
ある気もするんですが、「擲爆砲」とも呼ばれたこの迫撃砲、砲身は木製で竹製の輪で補強
されたもの、弾丸は鉄板及びブリキ板を円柱形に製作したもので、内蔵の雷管に繋がる導火
索によって爆発する仕組みであったそうです

弾丸製作の為に、攻囲各部隊から「重焼パン(≒乾パン)」の空缶を集めたりもしたそうで、
ある意味地球に優しいリサイクル兵器でもあったようなんですがw
いざ実戦に投入されると、これがなかなかロシア軍相手に威力を発揮しているんだそうで
無題 Name 名無し 18/02/09(金)19:31:11 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236284 del
    1518172271435.jpg-(121445 B) サムネ表示
121445 B
こうした現地製造の「手擲弾」及び「迫撃砲」を使用した戦闘の状況を、当時の工兵第十
一大隊の報告書から見てみますと

「爆薬戦に熟練なる我工兵は、巧みに手擲弾に点火し導火索の燃焼漸く熟するを待ち(略)
之を敵中に投す(略)爆薬戦に於て我は確かに優勢を占め、敵をして(略)土嚢胸墻に據るの
止むを得ざるに至らしめ、迫撃砲弾は(略)各所に落下し、敵をして騒擾身を措く所なきに
至らしめたり」

「迫撃砲隊は(略)陣地転換を行い敵の投ずる爆薬の危険を冒して(略)堡塁より観測により
て巧に発射し、遂に機関砲を沈黙せしめたり。迫撃砲の効力偉大なりし事、此時より大な
るはなし」
無題 Name 名無し 18/02/09(金)19:33:21 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236285 del
    1518172401417.jpg-(129993 B) サムネ表示
129993 B
「占領後実見する所に依れば敵の死屍惨憺たる傷状、土嚢胸墻の弾痕なくして寸断せられ
たる、機関砲の破壊せられある、主として迫撃砲の為によるものなり」

「此の如くして我が歩兵に近き敵は我が手擲弾の為に、之に遠きものは迫撃砲の為に(略)
妨害せられ、敵は遂に北砲台を救援するの無益なるを覺らしめたり」

「Q砲台前の迫撃砲は、焼弾を発射して所謂怪物屋敷を焼夷せしめんとしたるも、其の命中
意の如くならざると、其の位置に適当の燃焼物なかりし為、焼夷の目的を奏する能わざりし
は遺憾とする所なり」

…との事で、攻撃に防御に「手擲弾(=手榴弾)」と「迫撃砲」は実に重宝されていたようです
無題 Name 名無し 18/02/09(金)19:34:42 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236286 del
    1518172482865.jpg-(105092 B) サムネ表示
105092 B
同報告書は

「此の攻撃に於て(略)我が要求に数倍する迫撃砲及び手擲弾を製作して我が攻撃に些かの
遺憾なからしめたる攻城工兵廠の盡力に対し熱心なる感謝を表す」

…と「攻城工兵廠」の努力を称賛しているんですが、遂に旅順要塞が陥落した直後の1905
年1月6日、乃木第3軍司令官からも同廠に対して

「旅順要塞に對し正攻工事開始以来(略)大作業の要求に応じ、加ふるに迫撃砲を発明し、
手榴弾攻路頭鉄板、携帯防盾等を創作し、以て要塞の攻略を幇助したり。其の功績偉大な
りとす」

…という内容の感状が授与されているそうです
手榴弾&その投射する兵器が日本の兵隊サンの心強い味方、というのは、ある意味その登
場以来最後までずっと続いた伝統だったりするんでしょかねえ
無題 Name 名無し 18/02/09(金)21:21:12 IP:240f:50.*(ipv6) No.1236307 del
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26293 B
丸缶型発煙手榴弾(・w・

対戦車用の煙幕装置だったそうで
無題 Name 名無し 18/02/09(金)21:24:24 IP:240d:1a.*(ipv6) No.1236309 del
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15761 B
>攻城工兵廠
いつのまにかwikiが詳しいですね

今澤 義雄
1901年(明治34年)10月、工兵中佐に昇進し陸軍技術審査部審査官に就任。
日露戦争開戦に伴い、1904年(明治37年)5月、第3軍攻城砲兵司令部攻城工兵廠長として出征。
旅順攻囲戦で手榴弾、迫撃砲などを開発。

>^ 生前今澤少将はかう語っていた。
>「当初は竹筒にダイナマイトを詰めて投げることを計画したが乃木希典司令官から「それは兵器ではないからいかぬ」と許可されなかった。
>その後、敵が臼砲の砲弾に点火して投げてくるようになったため、無理に許可をお願いして竹製手榴弾を使うこととなった。
>竹はそのうち枯渇し缶詰の空缶に詰めたが遂にブリキで作った。」
無題 Name 名無し 18/02/10(土)01:34:45 IP:49.97.*(spmode.ne.jp) No.1236341 del
文字通りの爆竹やなあ
無題 Name 名無し 18/02/13(火)15:18:01 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236680 del
    1518502681891.jpg-(168985 B) サムネ表示
168985 B
旅順を巡る戦いに先立つ南山の戦いでも、露軍陣地の機関銃と鉄条網の前に日本側は多く
の死傷者を出しているんですけれども、この悲報を聞いた市井の方が「竹盾」の使用を提
案した意見書が、防衛研究所に現存しているんだそうで

センゴク時代の「竹束」みたいな発想の兵器?で、傾斜させて受け止めれば敵弾や砲弾から
我が軍兵士の生命を守れるはず!というのが考案者サンの意見なんですが、流石にコレは
採用されずに終わっているようです

(多分
無題 Name 名無し 18/02/13(火)15:19:28 IP:122.135.*(mesh.ad.jp) No.1236681 del
    1518502768921.jpg-(302690 B) サムネ表示
302690 B
因みに後の大東亜戦争でも、末期になると本土防衛用の急造兵器として竹製兵器が再び復
活して、砲身と砲弾の外殻を共に竹で構成する竹製擲弾筒、竹槍の先に爆薬と信管を充填
した刺突兵器である爆槍、更にコレをロケット噴射で飛ばして飛行機を狙う「対空噴進爆
槍」まで、折角の優秀な?国産資源を活かした、様々な種類のモノが考案されているんで
すとか

ある意味、日露戦争の頃と似たような状況だったわけですけれども、考えてみれば日露戦
争から大東亜戦争までたった40年、考える事が行き着く先が似かよっていたとしても、そ
れほど不思議な事ではなかったりするんでしょかねえ
無題 Name 名無し 18/02/13(火)21:47:54 IP:125.204.*(plala.or.jp) No.1236709 del
>旅順を巡る戦いに先立つ南山の戦いでも、露軍陣地の機関銃と鉄条網の前に日本側は多くの死傷者を出しているんですけれども、
竹製バンガロール的なのが有ればと思ったけど出てきたのは
もうちょっと後か…出てきてから発射機とか発展は早かったけど
無題 Name 名無し 18/02/14(水)13:54:55 IP:180.29.*(ocn.ne.jp) No.1236749 del
>>考えてみれば日露戦争から大東亜戦争までたった40年

えっ・・・
そういわれて眺めてみると、艦船から航空機その他の兵器類だけでみても当時の日本の発達って凄まじいな。
欧米列強への追いつきっぷりが尋常じゃない。
そりゃ黄禍論も対米六割も出てきますわ。
無題 Name 名無し 18/02/14(水)20:14:36 IP:153.204.*(ocn.ne.jp) No.1236761 del
最近よく思うのは80年代から60年代を異世界としてみていた時代が20年くらいの差で
現在からバブルのころまでは30年の差があるという事
失なわれたン十年と言うのは名言かも
無題 Name 名無し 18/02/14(水)20:30:30 IP:203.76.*(kct.ad.jp) No.1236762 del
    1518607830312.jpg-(114144 B) サムネ表示
114144 B
>日露戦争から大東亜戦争までたった40年

黒船来航から88年後・・・
そういうスパンで見ると感慨深い
無題 Name 名無し 18/02/16(金)15:52:53 IP:2404:7a80.*(ipv6) No.1236857 del
    1518763973061.png-(421950 B) サムネ表示
421950 B
>黒船来航

ペリー=サンがカイコクシテクダサーイ、と浦賀にやってきた嘉永6年(1853年)年に、国学者の殿岡北
海サンという方が書かれた「榴弾私説」なる本があるんですが、西洋諸国が使用している
「手擲榴弾(しゅてきりゅうだん)」なる強力な投擲兵器の存在を紹介した上で、日本もソレ
に対抗する為に同じモノを開発・保持すべき、という内容であるんですとか

またオリジナルの西洋のハンドグレネードが鉄の外殻であるのに対して、威力では劣るも
のの軽量で投げやすく携行にも便利である、と陶器製の手榴弾を勧めていたりもするんで
すが、この陶器製手榴弾と竹製の「瓢弾弓」なる投擲機を組み合わせることで、鉄製榴弾
を使用する(西洋の)敵軍を投擲距離でもアウトレンジできる(筈)なんだそうで

言ってみれば、和製グレネードランチャーのルーツは竹に始まる、と言った所なんでしょ
うか…w
無題 Name 名無し 18/02/16(金)15:54:33 IP:2404:7a80.*(ipv6) No.1236860 del
    1518764073505.jpg-(71701 B) サムネ表示
71701 B
それから90年経って、「大東亜戦争」で再び竹と陶器と爆薬、ついでに大和魂を頼りに「
夷敵」と戦おう…というシチュエーションが生じたわけですが、それから更にほぼ同じ位
の時が流れた現代、仮に同じ材料で同じような兵器を考案した場合、どんな感じになるん
でしょかね

軽量セラミック製弾体に高性能爆炸薬、竹はちょっと反則して高弾性カーボン等に代えて
組み合わせて、人間の腕力に代えてモーターで投擲したら、案外強力な無音・無煙の発射
器が出来たり
ないですかしら(真顔
無題 Name 名無し 18/02/17(土)07:50:37 IP:180.29.*(ocn.ne.jp) No.1236880 del
「手」榴弾という呼び名がいつまで残るのか、といったとこですかね。

案外、手榴弾の形態は変化せず、パワーアシスト装備リンク機能その他の発達でセンサー情報の投影によって、歩兵が手で投げるけど、飛距離も精度も格段に向上、なんてことになるかも。
炸薬の進歩でより小型にもなり、発射装置要らずで音も熱も発しない。
しかし、相手もそれを個別装備の超小型レーダーで探知し、手持ち式の対空迎撃投げ矢で撃ち落とす・・・

そうか! アインシュタインの言っていた「第四次世界大戦」の正体はこれか・・・!
無題 Name 名無し 18/02/17(土)18:32:17 IP:49.98.*(spmode.ne.jp) No.1236903 del
核手榴弾(ボソッ)
無題 Name 名無し 18/02/17(土)18:50:59 IP:153.204.*(ocn.ne.jp) No.1236904 del
「主」榴弾
 一種の電磁波発生装置で爆発の周囲にいた者は脳に影響を受け宗教に目ざめる
「おお主よ私は何という事をしていたのでしょう・・」
と地に付し戦意喪失してしまうというSFガジェット
無題 Name 名無し 18/02/17(土)21:15:09 IP:125.8.*(home.ne.jp) No.1236907 del
>どんな感じになるんでしょかね
スピーカにまでAIがおわします昨今
自律式手榴弾(いじめてくん型)
自走式手榴弾(AIB●型)
くらい進んでてもおかしくないのでは
「手」の部分はどこいったという感じですが…
無題 Name 名無し 18/02/18(日)10:18:37 IP:1.33.*(nttpc.ne.jp) No.1236933 del
強化外骨格でダルビッシュもびっくりの高速で投げられるようになるかもしれない
無題 Name 名無し 18/02/18(日)11:23:01 IP:2400:4137.*(ipv6) No.1236937 del
    1518920581577.jpg-(56447 B) サムネ表示
56447 B
投擲機で手榴弾を打ち出すのは
意外と効果ありそうですね
無題 Name 名無し 18/02/18(日)11:25:30 IP:2400:4137.*(ipv6) No.1236938 del
    1518920730178.jpg-(26675 B) サムネ表示
26675 B
最新のジャンプ式手榴弾
スウェーデン製で効果抜群
無題 Name 名無し 18/02/18(日)11:28:23 IP:2400:4137.*(ipv6) No.1236939 del
書き込みをした人によって削除されました
無題 Name 名無し 18/02/18(日)11:28:41 IP:2400:4137.*(ipv6) No.1236940 del
    1518920921088.jpg-(48287 B) サムネ表示
48287 B
イスラエル製の手榴弾着脱装置
専用ポーチ
間違ってはずれることがないので高い評価を得ています
無題 Name 名無し 18/02/18(日)11:29:27 IP:2400:4137.*(ipv6) No.1236941 del
二重ロック構造の保持用トップカバーなど
5つの安全構造はアメリカ軍で高い評価をえました
今後世界の主流になるかも
無題 Name 名無し 18/02/19(月)00:19:58 IP:240f:71.*(ipv6) No.1236996 del
    1518967198741.jpg-(190802 B) サムネ表示
190802 B
手榴弾も長年変わってないようでコッソリ進化しているね。
これは米軍の特殊部隊が使ってる「SOHG」モジュラー式手榴弾。
何個も連結させることが可能で、最後に信管パーツを付けると
無題 Name 名無し 18/02/19(月)00:21:30 IP:240f:71.*(ipv6) No.1236997 del
    1518967290003.jpg-(118425 B) サムネ表示
118425 B
こんな感じに手榴弾として使用できます。
無題 Name 名無し 18/02/19(月)00:27:48 IP:240b:10.*(ipv6) No.1236999 del
ふと思ったんだけど、投石器を使って投げる手榴弾というのは無かったんだろうか
無題 Name 名無し 18/02/19(月)00:35:55 IP:240f:71.*(ipv6) No.1237000 del
    1518968155124.jpg-(127670 B) サムネ表示
127670 B
コチラはロシア製の手榴弾。
左からF1、RGD-5、RGO、RGN。
F1とRGD-5は長年使われて来たベテラン。
RGD-5は現在、世界で最も多く使われている手榴弾らしい。
新登場のRGOは防御型手榴弾で約500g。
RGNは攻撃型手榴弾で約300g。
RGNの方が軽い分だけ遠くまで投擲できるので攻撃型。
無題 Name 名無し 18/02/19(月)02:06:25 IP:219.167.*(plala.or.jp) No.1237003 del
↑のは東欧やら中東やらで元のライセンス生産やコピーのせいで紛争地やらでゴロゴロ見かけるAKとかと並んで
無題 Name 名無し 18/02/19(月)07:58:48 IP:1.72.*(spmode.ne.jp) No.1237010 del
日中戦争が長引いて、農村部の体力ある若者じゃなくて、都会の貧弱な若者まで徴兵する事になった結果、重い手榴弾じゃ遠くまで遠投出来なくて軽くなっていったんだっけ?
無題 Name 名無し 18/02/19(月)10:13:56 IP:2400:4137.*(ipv6) No.1237011 del
書き込みをした人によって削除されました
無題 Name 名無し 18/02/19(月)10:14:51 IP:2400:4137.*(ipv6) No.1237012 del
最近は女性兵士問題が影響を受けています
腕力のない女性が手榴弾を10メートル先に投げるのは大変なんです
無題 Name 名無し 18/02/19(月)13:12:22 IP:157.65.*(nttpc.ne.jp) No.1237020 del
    1519013542695.jpg-(34168 B) サムネ表示
34168 B
>最新のジャンプ式手榴弾
「SHGR07 airburst hand grenade」
https://youtu.be/_sE4sLQkdsg
いやすぎだな…
無題 Name 名無し 18/02/19(月)21:49:12 IP:27.143.*(home.ne.jp) No.1237031 del
もう安全レバーを飛ばした手榴弾をすぐ投げずに我慢して
爆発寸前の状態で相手に向かい投げエアバーストさせる
手榴弾の料理なんて職人芸は要らない時代なのか・・
無題 Name 名無し 18/02/20(火)20:46:48 IP:203.76.*(kct.ad.jp) No.1237073 del
    1519127208791.jpg-(82778 B) サムネ表示
82778 B
meshさんの竹製手榴弾の話で思いだした
戦中の建築物には鉄不足で鉄筋ならぬ竹筋コンクリートで
作ったものが多数存在し、中には画像のように今も現役の
ものもあったり・・・変なところでクオリティ高いな・・・。
無題 Name 名無し 18/02/20(火)21:14:25 IP:153.204.*(ocn.ne.jp) No.1237077 del
>最近は女性兵士問題が影響を受けています
それじゃ
>「SOHG」モジュラー式手榴弾
にポテトスマッシャーのような柄の様なアタッチメントをつけなくては
無題 Name 名無し 18/02/21(水)00:01:57 IP:220.216.*(thn.ne.jp) No.1237092 del
    1519138917311.jpg-(301616 B) サムネ表示
301616 B
正しいフォームで投擲しよう
無題 Name 名無し 18/02/21(水)00:07:09 IP:220.216.*(thn.ne.jp) No.1237094 del
    1519139229068.jpg-(572195 B) サムネ表示
572195 B
本文無し
無題 Name 名無し 18/02/21(水)00:32:56 IP:240f:71.*(ipv6) No.1237095 del
>戦中の建築物には鉄不足で鉄筋ならぬ竹筋コンクリートで作ったものが多数存在し、
竹筋コンクリじゃないけど、香港のビル建設現場では今でも竹で足場を組んでるそうだね。
ある意味すごいテクノロジーだ。
無題 Name 名無し 18/02/21(水)15:33:22 IP:2404:7a80.*(ipv6) No.1237124 del
    1519194802812.jpg-(112516 B) サムネ表示
112516 B
>竹筋コンクリート
東京建設業協会編集の東京建築史に、

「鉄筋コンクリートならぬ竹筋コンクリートビルが建設されたという。日本建築学会編『
日本建築学発達史』(略)に、『南方諸国と違い、わが国で竹材を主体構造にあまり使わな
いが、太平洋戦争中には、竹を代用資材としてにわかにその利用が着目された。鉄筋に変
わる竹筋コンクリートであり、南方の占領地域に建てられる施設の構造材料としての可能
性をみきわめる調査研究が行われた』との記述が有る」

「東京でも竹筋コンクリート造ビルが建設され、昭和30年代の終わりころまで残っていた
と、ある建築家から教えて貰ったことがある(略)橋の欄干を竹筋コンクリート製としたと
いう話も聞いた」

…なんて有るんですが、現存している構造物がまだあるんですねえ
ある意味、こういうのも戦争遺跡なんでしょか…w
無題 Name 名無し 18/02/21(水)21:33:05 IP:203.76.*(kct.ad.jp) No.1237157 del
    1519216385029.gif-(74674 B) サムネ表示
74674 B
日中戦争の頃から鉄材不足の影が付きまとってたんだなぁ・・・

それでこの記事、誰うま・・・
無題 Name 名無し 18/02/23(金)14:08:26 IP:218.46.*(odn.ne.jp) No.1237259 del
最近、木材でビル建設目指すって企業出てきましたね・・・
無題 Name 名無し 18/02/25(日)08:22:19 IP:219.167.*(plala.or.jp) No.1237370 del
>日中戦争の頃から鉄材不足の影が付きまとってたんだなぁ・・・

そういえば陶磁器の手榴弾は実際に使用されたり効果あったの?

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